第31話 配信 アレックス
「グレスさん!!」
俺たちがお互いの意志を確認し合った直後、一人の男が店に突入してきた。
その男はまさか先客がいるとは思わなかったのか、俺たちの姿を見るとギョッと驚いて顔を強張らせた。
「あっ、すみません。誰かいるとは思わなくて……」
「気にしてないにゃ」
「それはそれは……って、『にゃ』?」
特徴的な語尾で喋るキャビーに何か引っかかるものがあったのか、若干下の方を向きながら謝罪の句を述べていた男はゆっくりと顔を上げた。
そしてキャビーの姿を確認すると、その男はこれでもかというくらいに目を見開いた。
「あ、あなたは……『稲妻猫娘』!?」
「稲妻……猫娘?」
「……昔の話にゃ」
『二つ名で草』
『かっこいい』
その男のセリフに対して、キャビーが照れたように答えた。
そして、ちょうどそのタイミングで厨房の方からグレスがやってくる。
「……何の用だ」
「あっ、グレスさん!昨日の放火犯が、また城に現れたみたいなんです!しかも、仲間を引き連れて!」
「……そうか」
『やば』
『同一犯?』
『どんだけ暇なんだよ』
その男の発言を聞いたキャビーは、顔をしかめた。
一方でグレスは表情筋一つ動かすことなく、何なら身じろぎ一つ取らなかった。
「そうかって……グレスさん!今回こそは協力してくださいよ!……そうだ、稲妻猫娘さんと、あなたたちも!」
「……よくわからないけど、まずはその名で呼ぶのをやめろにゃ」
突然話の矛先が向いてきたキャビーが、嫌そうにそう言った。
『稲妻猫娘』。俺はかっこいいと思うけど。なんか速そうだし。
「えっと……」
「キャビーにゃ」
「私はネイカ。こっちはお兄ちゃん」
「キャビーさんにネイカさんとお兄さん!あ、俺はこの街の警備兵のアレックスです!」
「ケッ、あの男の犬かにゃ」
「ええっ!?犬って……いや、そうかもしれませんけど……」
『www』
『キャビーちゃん上層部嫌いそうで笑う』
『犬w』
『お兄さんはどこ行ってもお兄さんなのな』
突然毒を吐いてきたキャビーに、アレックスが困った表情を浮かべた。ちなみに、相変わらずのお兄さん呼びに俺も困った表情を浮かべている。
キャビーに対して取り付く島を失ったアレックスは、俺たちに視線を向ける。
「キャビーがパスならパスかなー」
「……だそうだ」
「そ、そんな……」
俺たち三人に断られ、今にも泣きそうなアレックスは最後の頼みの綱であるグレスの方へと向き直した。
「グ、グレスさんは……!」
「……店がある」
「……そんな」
絶望の表情を浮かべるアレックス。
そんなアレックスを見て、キャビーが一瞬だけ邪悪な笑みを浮かべた。
「……仕方ないにゃ。その協力ってやつの内容次第ではアタシたちが手伝ってやってもいいにゃ」
「えッ!?本当ですかッ!?」
キャビーの言葉に、アレックスがわかりやすく声を張り上げた。
その声にキャビーは耳をぴくんと動かして、本当に嫌そうな表情を浮かべた。
「……本当だから、ちょっと静かにしろにゃ」
「あっ!すみません!」
『うるせえw』
『こいつ馬鹿だろ』
『嫌いじゃない』
謝りながらも、アレックスの声は普通に大きかった。
そんな馬鹿なアレックスが、気を取り直して協力の説明を始める。
「協力っていうのは、シンプルに放火犯を撃退してほしいんです!奴らは蘇地を守るように陣取っていて、なかなか手が出せず……それに、放火犯をサポートする手練れも混ざっているんです!」
「……でも、相手の攻撃は無効なんじゃないの?」
アレックスの話を聞いていたネイカが、ぽつりとそんな質問を飛ばした。
しかし、言われてみればその通りだ。プレイヤーは仕様として、セーフエリアではダメージを与えられない。だとすると、いくらプレイヤーが束になろうが意味がないはずだ。
だが、アレックスはネイカの質問にぽかんと口を開けただけだった。
「……えっと、どういうことですか?」
「どういうって……逆に、攻撃はくらうの?」
「はい……もちろんですが……」
「……」
そんな馬鹿な。と言いたいところだが、俺にはアレックスが嘘をついているようには見えなかった。
だとすると、アレックスたち宮廷護衛兵はプレイヤーからダメージを受けるということになる。しかし、SFOの仕様にはセーフエリアではPKが行えない仕様になっているはずだ。そうじゃないと常にPKに怯えなければならないし、それはただただ面倒なだけだ。
そして掲示板を見る限り、放火犯はNPCにリス狩りされていたはずだ。つまり、これらをまとめると、
プレイヤー→NPC
NPC→プレイヤー
への攻撃は可能であり、
プレイヤー→プレイヤー
への攻撃は不可能ということになる。
おそらく、このゲームの質を踏まえるとNPC同士の攻撃は可能であろう。
つまり、セーフエリア内でNPCと争うという状況においては、こちらだけがフレンドリーファイアなしというハンデを貰った状態で争えるわけだ。
「……それはきついな」
「そうなんですよ!ですから、師であるグレスさんに協力をしてもらおうと思ってきたんです!」
……いや、そういう意味じゃなかったんだが。
と俺が言う前に、キャビーが口を開いた。
「わかったにゃ。城を守る方なら協力してやるにゃ。ごちゃごちゃした戦いはしたくないにゃ」
「わかりました!そういうことでしたら、城の方の護衛をお願いします!兵長には俺から言っておきますので!」
「あと、アンタとは別の場所が良いにゃ。うるさいのにゃ」
「なッ!……いえ、わかりました!協力していただけるだけでもありがたいですから!」
『こいつ大丈夫か?』
『アレックスにっこにこで草』
『騙されてんぞww』
あからさまに何かを企んでいるキャビーの要望を、全て二つ返事で許可するアレックス。
その姿は、いっそのこと哀れだった。
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