第30話 配信 キャビーの事情


「アタシの一族というか、帝国のナイトキャットはみんな貧困してるにゃ」


 開口一番、重たい話がキャビーの口から飛び出してきた。


「元々色んな小国が集まってできたのが帝国だと言ったんにゃけど、もちろんその小国同士のバランスは一定じゃないにゃ。その中で大きかった国もあれば、小さかった国もあるにゃ。その中でもナイトキャットが築いていた国は吹けば消えるような小さな国だったのにゃ」


 そう語るキャビーの口は淡々としていた。それはキャビーにとって遥か昔のことで、今では想像もつかない出来事のようだった。


「もちろんそんな国の立場は下にゃ。それでも、その時は帝国に入れてもらえるというだけで独立しているよりはマシだという状況だったのにゃ。先祖たちは帝国のために必死に働いて、帝国の発展に尽力したそうにゃ」


 俺はその話を聞いて、社会に出てきた頃の自分を思い出していた。

 あの頃は言われるがまま働いて、とにかく成果を出そうと頑張っていた。それは本来目的ではないのだが、それこそが目的であると勘違いしていたのだ。

 だが、ある意味ではそれも正解かもしれない。あの頃の自分は、仮初でも充実していた日々を過ごしていたような気がする。


 俺がそんなことを考えている内にも、キャビーの話は続いていく。


「それでようやく帝国が安泰になってくると、今度は内輪で揉めることが多くなってきたそうにゃ。余裕が生まれて周りが見えるようになってくると、どうしても周りと比べてうちは割に合わないとか、そういう感情が生まれてくるにゃ。そんな小競り合いが続く中、ナイトキャットの立場は徐々に酷くなっていったのにゃ。……本当にそれだけで、劇的な事件とかがあったわけでもなく、ただどんどん苦しくなっていっただけにゃ」


 物語として聞くにはあまりにもコメントに困るその話に、俺もネイカも、そしてリスナーたちですら口を完全に閉ざしてしまっていた。

 キャビーはそんな俺たちを見てか、肩の力を抜くようにあっけらかんと言った。


「まあ、それはどうしようもないと思うにゃ。負のスパイラルというか、力がないから扱いが酷い。酷い扱いをされるから力がつかない。それを打開できるのは自分たちだけの力じゃ足りなくて、外からの影響も必要だと思うのにゃ」

「うんうん」


 キャビーが和らげた雰囲気に便乗するように、ネイカがわざと声に出して相槌を打つ。

 それによってどこか強張っていた空気は消え去り、俺も気持ちを持ち直すために少し座り直して水を飲んだ。


「実際アタシも、小さい頃は泥水とかを啜って生きてたのにゃ。今こうしてるのは、ただ偶然転機があっただけなのにゃ。だから、アタシは……この状況に便乗して、少なくともこの街の中だけでも、ナイトキャットの立場を上げる。そのきっかけを作り出したいにゃ」


 つまり、キャビーは内輪揉めをさせたい側だということだ。

 だが、キャビーはこの街が崩壊するのも嫌だと言っていた。それらを合わせて考えると、キャビーは非常にバランスの難しいところを目指しているということになる。

 そんなキャビーの意志を聞いたネイカは、難しそうな顔をした。


「……なるほどね。なんていうか…………ごめん、よくわかんない!」


『おいw』

『キャビーかわいそう』

『だろうな』


 ネイカが勢いよく謝ると、先程まで流れが遅かったコメントが加速し始めた。


「でも、私的にはおいしそうな話だから、全力で協力するよ!」


 目を丸くするキャビーに対して、ネイカは真っ直ぐ見つめながらそう言った。

 キャビーは数秒固まりながら目をぱちくりさせると、困ったように微笑んだ。


「にゃ……むしろ清々しいにゃね」


 その表情は決して悪いものではなく、温かいものだった。

 ネイカは馬鹿正直というか、これだから憎めないし妙な魅力があるのだ。

 きっと今、キャビーも俺と同じことを考えているだろう。

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