第29話 配信 アールの街の背景
キャビーに案内されたのは『アールキース』という店で、中に入ると仕込み作業中の大柄の男の人が立っていた。
「……ん?悪いがまだ……って、キャビーか」
「にゃほー。お邪魔するにゃ」
「……邪魔だと思うなら帰ってくれ」
「水出しながら言うことじゃないにゃね」
「……ふん」
『ツンデレ』
『男のツンデレはかわいい』
『お兄さんとキャラ被ってるな』
口ではそんなことを言いながらももてなしをするその男に、リスナーたちが湧き上がる。
だが俺にはなぜ湧き上がっているのか理解もできないし、キャラ被りもしていない。断じて。
「……で、そいつらは……」
「アタシの仲間にゃ」
「……そうか」
その男は寡黙な男のようで、それだけ言うと仕込みの作業に戻って行ってしまった。
その姿を見届けながら、ネイカが口を開く。
「えっと、あの人は?」
「にゃにゃー……グレスっていうヒューマンで、元同僚?とかそんな感じにゃ」
「前まで自由団に居たってこと?」
「違うにゃ違うにゃ。アタシは元々パーティーを組んでここのハンターズギルドでトップを張ってたのにゃ。グレスはその時のメンバーにゃね」
『つよそう』
『筋肉料理人が弱いわけないだろ』
『筋肉方程式な』
リスナーたちが何を言っているのかは理解できないが、つまりはあのグレスという男もキャビーほどの強さを誇っているということだろう。
「まあ、今はその話は置いておくにゃ。アタシもグレスもハンター活動は隠居してるしにゃ」
「ん、おっけー。これからの話だっけ?」
「そうにゃ。でもその前に現状の確認にゃね。とりあえずアタシから言えるのは、さっき確認してきたハンターズギルドの考えと自由団の対応と……この街の背景にゃ」
「うんうん」
ハンターズギルドというのは国という枠ではなく、一つの会社が全世界に店舗を展開しているようなシステムで、例えば帝国内のハンターズギルドも帝国が運営しているというわけではなく、ハンターズギルドのトップが運営をしているというわけだ。
つまり、その国の中にあるハンターズギルドでも運営している機関はその国とはまるで違うというわけだ。
「ハンターズギルドは基本的に、異業をどんどん引き込もうというのが方針にゃ。死んでも蘇る異業は戦力として計り知れないものがあるから当然のことにゃね」
「それはそうだよね。命を張る仕事だし、死んでも蘇る人材なんていくらいてもいいよね」
「まあ元トップハンターとして言わせてもらえばそんな単純な話でもないと思うんにゃけど……死んでも蘇るなんてそれを度外視してもいいと思えるくらい魅力的なアドバンテージにゃ」
キャビーは少し考え込んだ後、少し逸れた話を戻すように咳払いをした。
「それでこの街のハンターズギルドの方針にゃけど、急遽この街近辺の村なんかに拠点を移そうとしているそうにゃ」
「それは……ここのハンターズギルドは放棄するってこと?」
「違うと思うにゃ。ハンターズギルドとしては、ここを少し離れる異業を取り込もうという作戦らしいにゃね。本来なら大きな街にしか拠点を置かないんにゃけど、アールの街のギルドを一旦停止させて、周辺に臨時拠点を置こうとしているにゃ。従業員の仕事先の確保って意味もあると思うにゃけどね」
『賢いね』
『有能』
実際、少し落ち着くまでアールの街を離れて近隣のセーフエリアに避難という行動を取るプレイヤーは多いだろう。その間に遊べるコンテンツとしてハンターズギルドがあれば使うに決まっているし、ハンターズギルドのその対応は概ね目論見通りの結果が得られると思えた。
「ただハンターズギルドも領主と真っ向から争うつもりはなくて、あくまで意見が真逆なだけといった感じだったにゃ」
「うーん、でも結局は真逆だから争うってこと?」
「にゃにゃ……ハンターズギルドとしてははっきり話し合って落としどころを見つけたいって感じにゃね」
あくまでハンターズギルド側には争う意思はないと、そういうことだろう。
「でも、それはあくまで本心の話にゃ」
「本心の話?」
「そうにゃ。なにも、常に本心が表出される意見というわけじゃないにゃ。でっちあげ、印象操作、デマ。色々思惑とはかけ離れて意思が伝わっていくことは多いと思うんにゃけど、今回のハンターズギルドは看板として勝手に持ち上げられてるってイメージにゃね」
キャビーはそこで一息置くと、今度はこの街にある背景の話を始めた。
「……元々帝国っていうのは、周囲の国や脅威に対応していくためにいくつもの小国が集まってできた国なのにゃ。それもお互いに納得してというよりは、手を組む必要に迫られて仕方なくと言った方がいいやつにゃね。それで一応一つの国としてトップを作ったわけにゃけど、その実態は一枚岩ではないにゃ。ある程度力を持った者たちが領地を分割して統治していて、この街に住む領主は帝国領の南西を統べるかなりの力を持った人なのにゃ」
「じゃあ、帝国内部にはそのいざこざがまだあるってこと?」
「あるにゃねー。大いにあるにゃ。むしろその対立が帝国を発展させてきたともいえるんにゃけど……今回の場合はまずい方向に転がってるにゃね。今ここらの領地の実権を握ってる派閥は異業排除を掲げていて、それに好印象を抱いてない集団がハンターズギルドを看板に掲げて真っ向からそれに反抗してるっていうのが今の実情にゃ」
なるほど。と素直に飲み込めるようなものではなかったが、言っていることは十分に理解できた。
しかし、だとすると争点はかなり下らない理由だ。当事者にとっては大事なのかもしれないが、こちらとしてはどうぞ勝手にやってくださいといいたいところである。
「あとは自由団としてにゃけど……特にないにゃ」
『wwww』
『特にないにゃ』
『特にないにゃ』
それを聞いたネイカが、うなり声を上げる。
「んー……キャビーとしてはどうなの?」
「アタシはこの街が崩壊するのはちょっと抵抗があるにゃねー。生まれ育った街にゃし」
「うんうん。それなら私たちはキャビーに協力するよ。面白そうだし」
「理由が理由にゃね」
「でも、むしろ信用できるでしょ?」
「まあ……そうにゃねえ」
『キャビーを裏切るわけがない』
『キャビーすき』
『とはいえどうすんだよ』
むしろも何も、俺たちにとってはそれが全てなのだ。
とはいえ協力すると言っても俺たちにできることは少ないし、キャビーがどうしたいのかもまだわかっていない。
現状維持を目指すのか、革新を目指すのか。
それを問うと、キャビーは一つ一つ言葉を選ぶように自分の意思を語りだした。
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