第21話 配信 案件の意味


 アックスコボルトを残さず殲滅したネイカは、彼女たちに向かって重たく口を開いた。


「えっと……シアーズの秋月凛花さんとエリーシャさんだよね?」


 ネイカがその名前を口にすると、薄い青色の髪をした方の少女がこくりと頷いた。


「はい。私がシアーズライブ所属のエリーシャ・コーベルトで、こちらが秋月凛花です。……その、ありがとうございました。それと、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「……気にしないで。私はネイカ。個人でゲーム配信をしてるんだけど……」

「もちろん存じ上げています。私たちは今配信しているんですけど……」

「大丈夫だよ。ていうか、こっちもしてるんだけどそっちの方が心配で……」

「もちろん大丈夫です。迷惑をおかけしているのはこちらですので……」

「よかった。えっと、それでこっちはお兄ちゃんね」

「……ネイカの兄です」

「初めまして。えと……お兄さん?」


『みんなのお兄ちゃんになりつつあるな』

『あれ、本当の名前なんだっけ』

『忘れた』


 おい、お前ら……俺も覚えてないけど。

 なんて口に出すわけにもいかないことを思っていると、ネイカがそれまでの少し和やかな雰囲気を断ち切るように言った。


「それで、状況を説明して欲しかったりするんだけど」


 至って真面目な声でネイカがそう言うと、エリーシャは少し俯いて、ぽつりぽつりと経緯を語り出した。


「私たちは、討伐依頼っていうのでここまで来たんです。っていうのも、一回死んじゃって持ち物とか全部なくしちゃって……」

「待って。その死んだっていうのは?」

「それは……」

「……殺されたのよ」


 そう呟いたのは、ずっと俯いていたもう一人の赤い髪をした少女───秋月凛花だ。


「今回も同じ!私たちは殺されたの!どうせ───」

「凛ちゃん!」


 拳を握りしめて叫び出した凛花の言葉をかき消すように、エリーシャが強く怒鳴りつけた。

 凛花はエリーシャの声で我に返ると、俺とネイカの顔色を窺ってから再び俯いて口を閉ざしてしまった。


(どうせ、か……)


 俺には、凛花が何を言いかけたのかはわからない。しかし、何か思い当たる節があるというのはその口ぶりから確実だろう。

 そして、それが言ってはいけないことだということも。


「なるほどね。状況は理解した。けど……それは全部自業自得でしょ」


『まずい』

『発作』

『やめたげてよお』

『切り抜き確定』

『これ大ごとにならない?』


 ネイカが鋭い目つきで二人を見る。

 俺は三人から目を逸らすようにして、上を見上げた。

 そうだ。会って話すのも随分と久しぶりだったから忘れていたが、ネイカはこういうやつだった。気高いというのだろうか。悪意を持つ人よりも、悪意に付け入れられる人を嫌う。そういうやつだ。


 ネイカの言葉に二人は反論をするかと思ったが、凛花はすでに意気消沈してしまっており、エリーシャは何か思うところがあるのか、唇を噛みしめるようにしてネイカのことをじっと見つめていた。


「失礼だけど、エリーシャさんも凛花さんもゲームはあまりやらないよね?」

「……はい」

「そんなあなたたちになんでSFOの案件が来たのか、わかってる?」

「それは……SFOはゲーム初心者でも楽しめるってことを宣伝するためです」

「だよね?……だったら、どうしてこんなところにいるの?」


 SFOは、まだサービスが開始されて一日も経っていない。俺はネイカに言われるがままこうして帝国まで来て色々と活動しているわけだが、もし一人でやっていたらどうだっただろうか。

 未だに噴水広場とまではいかなくとも、帝国までたどり着くことはないだろう。


「それは……リスナーの方々が……」

「でしょうね。リスナーが効率重視の指示を出した。……それに従うのは、初心者の遊び方なの?」

「……違います」


『指示厨さあ』

『ちょっと可哀想』

『なんでネイカが怒ってるの?』

『落ち着け』

『これは𠮟るべき』


 ネイカをなだめるようなコメントも、煽るようなコメントも、たくさんのコメントが流れてくる。

 ネイカはちらりとコメントを見るように視線を動かすと、自分を落ち着かせるようにため息をついた。


「……わかったら、解散して」

「え……」

「パーティー解散。何にせよアックスコボルト狩らなきゃいけないんでしょ。手伝うから」

「……!ありがとうございます!ほら、凛ちゃんも!」

「あ、ありがとう……」


『ツンデレ』

『やさしい』

『捨て置け』


 ネイカはそれからどういう風の吹き回しか、シアーズの二人にアックスコボルトを狩りながら手取り足取り武器の扱いや立ち回りを教えていた。

 それこそネイカがレクチャーしてしまえば初心者の域を超えてしまうのでは……とも思ったが、そんな無粋なことを言えるはずもなかった俺はただ一人黙々とアックスコボルトを狩るのだった。

 いや、リスナーたちと雑談していたから断じてぼっちとかではないが。

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