第18話 配信 異業とNPC


「この辺なら大丈夫かにゃ」


 デュエルの決戦場としてキャビーに連れてこられたのは、アールの街から少し離れた平地だった。


「さて、ここでデュエルをするのは構わないにゃ。でも、一つだけ……というか、ルールはこっちで決めさせてもらっていいかにゃ?」

「構わないですよ」


 相も変わらず余裕は態度を崩さないキャビーに対して、俺は気が気ではなかった。

 ネイカが装備を持っていない以上俺が戦うのは仕方のないことだが、正直まともに戦える気がしない。それが相手の空気に飲まれてなのか、本当で相手の力を感じ取っているからなのかは俺にもわからなかったが。

 そんなキャビーからいったいどんなルールが出されるのかと身構えていたが、キャビーが提示したルールは至ってシンプルで、こちらを馬鹿にしたものだった。


「ルールは簡単にゃ。そっちが全力の一撃を放って、アタシがそれを体で受け止める。それだけにゃ。そもそもアタシが攻撃したら、どんなに加減してもそっちは一撃で死んじゃうからにゃあ」

「……」


 ここまで来たら、もう認めざるを得ないだろう。キャビーはNPCであり、現時点ではプレイヤーが到達することのできないほどのレベルを持っている。だからこその余裕なのだと。

 それはキャビーにとっては当たり前であり、今までの言動もこちらを馬鹿にする気なんてない自然な対応だったわけだ。もしプレイヤーでここまでハッタリを通しているのなら大した肝であり、馬鹿でもある。

 キャビーにとってこのデュエルは、俺たちに確認をさせる作業でしかないのだ。


「……メル!」


 メルを呼び出して、ブレイブアタックをキャビーに放たせる。

 それは寸分の狂いもなくキャビーに炸裂し、キャビーのHPゲージをミリだけ削った。


「これで満足かにゃ?」

「……はい」

「そっちのお嬢さんもいいかにゃ?」

「うん、あなたがNPCってことはわかった」


『ひええ』

『チート級』

『これ味方なの?』


 馬鹿げたキャビーとの力の差に、コメントも騒然となる。

 その差に俺は畏まってしまいそうだったが、ネイカはブレずに凛とした態度を貫いていた。


「にはは、それじゃあ本題にゃ。って言ってももう言ってるけど、うちの団に入らないかにゃ?」

「その団っていうのは何なの?」

「にゃー、名前は『自由団』にゃ」


『自由団w』

『センスwww』

『自由そう』

『入ろう』


 見合っているような緊張した空気の中で飛び出してきたそのなんとも間抜けな名前に、思わず吹き出しそうになってしまった。

 それはネイカも同じようで、若干口元をひくつかせている。


「活動内容はー……自由にゃ」


『なんだそれw』

『無じゃねえか』

『宗教勧誘よりひどい』


 キャビーの発言に遂に限界を迎えたのか、ネイカは手で顔を抑え込むように覆い込んだ。


「それは……何?」


 先程とほとんど変わっていないような質問をするネイカ。

 かく言う俺も、何も理解できていなかった。


「説明するとちょっと長くなるにゃ」

「長くなるような話がその団にあるの?」

「にゃにゃ!?馬鹿にしてるかにゃ!?」

「してないしてない」


『してるw』

『煽るなw』

『これでも彼女は強いんです』


 ネイカを嗜めるように……いや、嗜めているのかもよくわからないコメントが流れる。

 ネイカの発言を聞いて、キャビーは心外だとばかりに唇を尖らせた。


「自由団はこれでも世界的に……あー、やっぱりもういいにゃ。説明だけするにゃ」


 いったい彼女の中で何があったのか、一瞬で冷めたような目つきに変わるとその『長くなる話』をし始めた。


「これからこの世界では、異業を奪い合う駒取りゲームが始まるにゃ」

「駒取り?」

「そうにゃ。今はこの世界のバランスは保たれているけど、異業が現れたことでそのバランスは崩れることが必至にゃ」

「……なるほど」


 たしかに、それは尤もな話だ。

 極端な話、異業───つまりはプレイヤー全員がクルド帝国に味方をするという行動をとったら、瞬く間にクルド帝国が世界を支配するだろう。つまり、どれだけプレイヤーを自国に引き入れることができるかで、今後の国力に多大な影響を及ぼすわけだ。なんといっても、プレイヤーはただの人ではなく、何度死んでも蘇ってくるのだから。


「まあ、異業が現れたことを知っているのはまだ自由団の他にいくつもないと思うけどにゃー」

「そうなの?」

「にゃにゃ。うちには予言の巫女が所属しているのにゃ!どうにゃ?すごいかにゃ?」

「え……ちょっとよくわかんない」

「にゃにゃー!?」


『両手上げてて草』

『絵に描いたような驚愕』

『顔www』


 びっくり仰天!とばかりにオーバーリアクションをとるキャビー。

 そのキャラクター性は、俺たちというよりもリスナーの心を鷲掴みにしていたのだった。


「それで、自由団は私たちを加えて何を狙ってるわけ?」


 気を取り直すようにそう質問したネイカだったが、またも締まらないキャビーの返答に顔をゆがませることになる。


「にゃー、特にないにゃ」

「……は?」

「なんか、せっかく予言できたんだし見込みのありそうな奴を手中に入れとこうと思っただけにゃ」


『自由www』

『もったいない精神ってやつか』

『やべえ団』

『入れ』


 他人事だと思ってやたらと煽ってくるリスナーたち。……いや、こいつらにとっては他人事か。

 そんなリスナーを他所に、ネイカは一つ気になったことがあるようだった。


「……見込みあるって、何を知ってるの?」


 まるで、何かを知っていることを確信しているかのような口ぶりのネイカ。

 ネイカの言葉を聞いたキャビーは、難しそうな顔をした。


「それはむしろこっちが疑問なのにゃ。アンタたちは他の異業にはない竜力を持っていたから声を掛けたんにゃけど……アタシの竜力は見えてないのかにゃ?」

「竜……力?」


 俺とネイカが顔を見合わせると、キャビーは驚き散らかすように目を見開いた。


「そこからにゃ!?」

「う、うん……」

「にゃにゃ……竜爺のとこには行ってないのにゃ?」

「誰?」

「にゃにゃにゃにゃ……」


『にゃにゃ』

『竜爺?』

『強そう』


 キャビーはしばらく頭をぐるぐると動かすと、ぽつりぽつりと『竜』について語り始めた。

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