第9話 配信 想定外の結果

【双竜の試練 第一ステージを突破しました。おめでとうございます】


「えっ」

「第一ステージ?」


 突然流れてきたアナウンスに困惑の声を上げる。

 アナウンスもつかの間、周囲を支配していた濃霧がどんどん晴れていき、やがてツインヘッズドラゴンがその姿を現した。そしてその眼光で俺たちを捉えると、迷いなくこちらへと突っ込んでくる。


「Fshhhhhhh!」

「ちょまっ……」


『お出ましだあああ』

『来る来る来る』

『逃げろおおおお』


 しかし相も変わらず、俺たちの恐怖状態は解除されない。

 ツインヘッズドラゴンはすぐに俺たちの元まで詰め寄ってくると、その双頭で俺たちを丸呑みに───




【YOU DEAD   五秒後にガズル村へと転送します】




 ツインヘッズドラゴンに攻撃された瞬間に、視界が暗転しその文字が浮かび上がってきた。


(死んだのか……そりゃそうだよな)


 レベル63のモンスターに攻撃されてしまえば当然死ぬだろう。

 しかしVRゲームで死を体験したのは初めてだったが、なんとも言えない感覚だった。ここはゲームの中とはいえ、高度に再現されたVRワールドだ。設定で軽減された軽い痛感と共に、巨大な生物に吞み込まれるという恐怖はしっかりと脳に刻まれている。悪夢から覚めた時のような震慄が身を過ぎった。


「……あ」

「ふう」


 そんな回想をしているうちに、俺たちはガズル村へと転送された。思わず腰が抜けてへたり込んでしまいそうになったが、何とか踏ん張る。


『怖かった』

『ちょちょちょちょっとトイレ行ってくる』

『大丈夫?』

『ありがとうございます』

『ホラーゲーム』


「……いや、ホント。怖すぎでしょあれは……」


 何とか絞り出したようなネイカの声。

 伊達に配信者をやっているわけじゃないといったところだろうか。とてもじゃないが、俺には声を出すことができなかったのだった。





 一分ほどそのまま茫然とした後、気を取り直したネイカが息を吐く。


「そういえば、さっきよりは随分減ってるねー」

「……そうだな。それでも村って光景じゃないが」


『村(都会)』

『見られてますよーーー』

『プレイヤー多すぎw』

『これでも減ったのか』

『眼福』


 俺もいつまでもふけっている場合ではないと自分に鞭を入れ、なんとかネイカの話に相槌を打つ。


「とりあえず、これからどうしよっか?」

「結局十種類は見つけられなかったし───ん?」

「どったの?」


 ツインヘッズドラゴンに殺される直前。俺たちは、第一ステージを突破したというアナウンスを聞いたはずだ。十種類に満ちていないことを確認しようとスキルページを開いた時、俺はその意味を理解することになった。


「ネイカも聞いただろ?第一ステージがなんとやらってやつ」

「あー、そういえば」

「実績でその報酬が貰えてるっぽいな。5スキルポイントだけど」

「……ホントだ。でも5かあ」


『おお』

『棚ぼた』

『運営に感謝』

『立ってるだけで貰ってて草』


 確かに儲けものではあるが、デスぺナに対して5スキルポイントじゃ割に合わないだろう。それに、どうせいずれは獲得できたであろうポイントだ。


「これだけじゃあしょっぱいよなあ」

「そうだけど……よく見てよお兄ちゃん」

「ん?」

「この実績、最終ステージクリアでも5スキルポイントだよ。ちょっと割に合わなくない?」

「んー、そうだな。報酬よりは攻略を楽しめって話か?」

「いやいや、ちゃんとデスぺナも付くしそれはないでしょ」

「だったら……他にも報酬が用意されてるかもってことか?」

「そうそう!」

「……あり得るな」


『絶対ある』

『5Pってそんなしょっぱいのか』

『まあこちとら身ぐるみはがされるわけだしな』

『ありがとうありがとうありがとう』


「そうそう、身ぐるみ……」


 ネイカがコメントに反応しようとして、その口を閉ざした。

 その視線は自分の身体を見つめており、肩をわなわなと震わせている。


「……あー」


 俺もネイカを見てその理由を理解せざるを得なかった。

 というか、さっきからよくわからんコメントが多いと思ったらこれのことか。

 要は、俺たちはデスして装備をロストしたわけで……装備を全部解除した状態。つまりはインナー姿で村のど真ん中に立っているというわけだ。


「もっと早く教えてよ!!!」


『いやあ』

『感謝感謝です』

『教えても、ねえ?』


 自分の身体を隠すように身もだえるネイカ。

 あくまでこれはアバターだし自分の身体ではないのだが……このアバターで普段から配信活動をしているネイカにとっては自分の身体も同然なのだろう。


「お兄ちゃんも見てないで助けて!」

「いや……どうしようもなくないか?」

「お兄ちゃんは私の裸が皆に見られてもいいって言うの!?」

「いや、裸ではないだろ」


『焦ってるネイカたそかわゆす』

『お兄さん堂々としすぎw』

『不動の兄』


 インナー姿でも比較的肌色が抑えられている女性アバターに対して、男性アバターはパンイチだった。だからといって罰に恥じらいが芽生えてくるものでもないが。所詮はアバターだ。

 少しの間慌てふためくネイカを見守っていると、一分もしないうちに落ち着きを取り戻したようだった。


「やだ、何か服とかないの……?」

「ないんじゃないか?」

「無一文だし……え、このまま次の街まで行くの……?」

「嫌ならここで討伐依頼を受けてもいいぞ?その場合俺は戦えないが」

「…………」


『堂々と言うなw』

『次の街行け』

『シンキングタイム』

『公開処刑だあ』


 ネイカが唇を噛むようにして俯いて数秒。ネイカは意を決したように凛とした表情に変わった。


「時間が惜しいから、次の街目指そ」

「了解」


『ネイカちゃんキメ顔w』

『切り抜き』

『切り抜き職人仕事の時間だぞー』

『きたああああああああ』

『これはバズる』

『SFO最高!!!!』


 今日一の盛り上がりを見せるコメント欄。

 兄としては複雑な気持ちだが……あまりに異様な盛り上がりっぷりに苦笑いをすることしかできない。


「はあ……これは想定外だったなあ」


 そんなネイカの悲し気な呟きが、バーチャルの空に溶け込んでいった。

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