第8話 配信 双竜の試練


「それじゃあ……行くよ」

「おう」


『いけえええええ』

『うおおおおお』


 ネイカの掛け声を合図に部屋に飛び込む。

 そこで俺たちを待っていたのは、細長い胴体に赤い頭と青い頭を生やした、ツインヘッズドラゴン(レベル63)───一匹の双頭竜だった。


「うおおおおおおい!!!!」


『wwwww』

『双(頭)竜』

『騙されてて草』


 いきなり目論見全部崩れたじゃねえか!

 なんて俺の叫びも意に介していないようなツインヘッズドラゴンが、ちらりとこちらを見る。


「……!」

「これは……すごいね」


『?』

『迫力すごい』


 ツインヘッズドラゴンの眼光には、例えるならば逆らえない上司を目の前にした時のような、それでもそれとは比べ物にならないほどの圧力があった。

 そのプレッシャーに足が動かなくなる俺とネイカを前に、ツインヘッズドラゴンは───


「いや、お兄ちゃんこれバッドステータスだよ!」

「え?」


 ネイカに言われて確認してみると、たしかに俺のステータスには『異常状態・恐怖』が付与されていた。


「恐怖って……どう解除するんだ!?」

「わからないよ!多分無理!」


『オワタ』

『どうなってるの?』

『そりゃ恐怖もしますわ』

『見てるだけじゃあんまわからないな』


 これも恐怖の効果か、やたらと焦る俺とネイカ。

 いや、恐怖というバッドステータスを抜きにしても、このツインヘッズドラゴンからは十二分な迫力があった。


「Fshhhhhhhh」


 そんな俺らを見ていたツインヘッズドラゴンが、ドラゴンというよりは蛇に似た鳴き声を出した後、その双頭の赤い方から赤色の息を、青い方から紫色の息を吐き出してきた。


「なんだ!?毒か!?」

「まずい!どうしよ!?」


『強すぎる』

『負けだあ』

『こわ』

『収穫ゼロです』


 どんなに焦っても、恐怖の効果で身体は動かない。どうしようもないもどかしさを感じながら、迫り来る息を見守ることしかできなかった。


「うっ」

「視界も悪いね、これ……」


『見えない』

『息というより霧』

『ただの毒じゃなくてこういう効果もあるのか』


 何もできないまま息がこちらまで到達してくる。その息の中ではまるで濃霧の中にでもいるようで、すぐ隣にいるネイカのことすらうっすらとしか見えなくなるほどだった。


「ステータスは……やっぱり毒だ!あと……双竜の怒り?」


 きっと紫色の方が毒だろう。赤色の方は……名前からしても色からしてもわからなかった。

 しかし、今は双竜の怒りというのを考えている場合じゃない。一刻も早く恐怖を解除しないといけないのだが、どうすればいいのかは全く分からない。恐怖が解除される見込みもなく、このまま毒殺されるのか……と諦めかけた矢先、ネイカが啞然としたように呟いた。


「あれ?HP減ってなくない?」


 ネイカの言葉を聴いて、俺も慌てて確認をする。

 するとネイカの言う通り、いくら見てもHPが減る気配はなかった。


「でも、毒にはなってるよな?」

「うん……」


『どゆことー』

『毒とは』

『毒は移動速度デバフとか?』


「動けなくさせといて移動速度下げてくるかな……?」

「いや、毒は継続ダメージだったはずだが……」


 俺たちは身動きが取れず、ツインヘッズドラゴンも毒の息を使ってからこちらに近づいてくる気配はない。いや、何やら暴れている音は聞こえてくるのだが、どうやら向こうも視界が悪くなっているようで手あたり次第暴れているという様子だ。

 そしてしばらく妙な沈黙が続くと、一つのコメントが流れてきた。


『調べてきたけど、毒は一定時間ごとに最大HPの1/100ダメージ。双竜の怒りについては情報なし』


「1/100……って、まさか端数切捨てか?」

「あー、それなら説明がつくね」


『なるほど』

『有能』

『ナイス』


 俺たちの最大HPはどちらも二桁しかない。端数切捨てで一定時間ごとに0ダメージをくらっているということだろう。

 相変わらず双竜の怒りに関してはわからないが、毒死することがないとわかっただけでも少し落ち着きを取り戻すことができた。


「……とはいえ、これはなかなか恐怖だね」

「そうだな……」


『どうするのこれ』

『拷問』

『放置プレイ』


「放置プレイは嫌だなあ」


 こちらは身動きが取れず視界も悪い中、双竜が暴れている音だけ聞こえてくる。まるで死刑執行を待つ囚人のような気分だった。


「どうしよ、結局図鑑は九種類だよね?」

「あー、忘れてた。まあ一文無しになったら次の街目指しつつ十種類目指すしかないか」

「あーあ、失敗したなあ」


『まあしゃーない』

『行き当たりばったり好きよ』

『出遅れ辛いねー』


「まあでも今日は……いや、毎日一日中できるから!」

「全部配信するのか?」

「まだ考えてない」


『配信して』

『夜だけでいいよ』

『さすがに毎日十時間とかは追えない』

『私生活まで配信して』


「とりあえず基本垂れ流しといて、都度見どころだけは切り抜き上げるとかどう?」


『いいね』

『ニートでよかった』

『ボス部屋で雑談するなw』


「だって喋ることしかできないんだもん!」


『もん!』

『もん!』

『www』


 濃霧と双竜が暴れる音を背景に雑談をする俺たち。

 むしろそろそろ見つけて殺してくれよ……と思い始めた頃、俺たちの脳内にあるアナウンスが響いてきたのだった。

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