第7話 配信 竜の祠


「うーん、後二種類かー」

「もうこの辺にはいないかな」


『奥行こう』

『見飽きたよー』

『実質雑談枠』


 一時間ほどかけて森の中を見回った俺たちが発見できたのは、最初のスライムを含めて八種類のモンスターだった。

 戦闘をしたのも最初のスライムだけで、もはやMMOをしているというよりは散歩をしているという感じだ。マッピングや出現モンスター情報といった収穫はあったが。


「奥かー。どうしよう?デス怖いけど」

「あと二匹だし、ヤバそうならすぐ帰るって感じで行くか?」


『行こう』

『死んだらどうなるの?』

『序盤だし死んでも平気平気』


「いや、デスはほんとにダメ!ゴールド全部ポーションにしちゃったから」


『なんで?』

『ロストするの?』

『ダメ!(でも行く)』


「うーんと、知らない人のために説明しておくと、デスしたら装備とアイテム全ロスとしちゃうんだよね。ゴールド使い切ってるから、詰んじゃう!」


『やば』

『武器なしで戦えるの?』

『鬼畜』

『詰んじゃう(でも行く)』


「うん、行くけどね!」


 半ばやけくそ気味に叫ぶネイカ。

 コメントに乗せられてというよりは、ノリのようなものだろう。俺の都合でスタートが遅れてしまっているし、ここで引くと大幅な時間のロスになってしまう。


「ごめんな、俺の都合で」

「いいよいいよ。妹の務めだから」

「そうなのか……?」


『そうなのか?』

『そうなのか?』

『そうなのか?』


「復唱すな」


 リスナーのノリの良さに思わず苦笑いが漏れてしまう。

 ネイカもそれなりに長い間配信しているから、リスナーも配信のノリを理解している人が多いのだろう。


「それじゃあ奥行ってみよっか」


 ネイカが若干緊張した面持ちでそう言った。

 もしここでデスしたら、ゴールド装備アイテム全部なくなってしまう。なんで序盤からいきなりこんな緊張感のあるプレイを……って、原因は完全に俺なんだが。

 俺は静かに頷いて、ネイカの後を追っていったのだった。








 森の奥へと進んでいくと、そこにはいかにもな洞窟が俺たちを待っていた。


「洞窟かー、こういうとこにポツンとあるダンジョンって急に強いの出てきたりするからね……」

「あー、わかる」


『フラグ』

『フラグ兄妹』

『言うな』


 スライムがRPGの定番だとすれば、序盤にある高難易度ダンジョンもRPGの定番だろう。


「でも、このゲームでそれは酷じゃないか?」

「デスペナえぐいもんね。まあ、最悪すぐに逃げ帰ればダンジョンの外までは追ってこないでしょ」

「そうだな」


 お互いの意思を確認して頷き合う。

 洞窟の中に入ると、即座にマップを確認した。


「周辺に敵は居ないが……竜の祠?」


 マップに書かれていたダンジョン名は竜の祠で、敵性モンスターの表示はなかった。


「竜の祠って……絶対ヤバいじゃん」

「まあこれで適性レベルレベル1だったら拍子抜けだよな」


『オワタ』

『やはりフラグだったか』

『行け』

『行け』


「行くけどね!」


 乗せられてかゲーマーの性か。いや、効率のことを考えてもだろう。

 とにかく、俺たちはどう見ても危ない橋を渡っていくことにした。


「お兄ちゃん、ボーっとしてたら速攻で死んじゃうからね?」

「わかってるよ。というか、そこまで警戒するほどなのか?どんなにレベル高くてもモンスターなことに変わりはないし、遠くから発見するくらいなら追ってこないと思うんだが……」

「違う違う。モンスターはそうだけど、この手のダンジョンには罠があることが多いから」

「罠?落石トラップとかそういうやつか?」

「いやいや、リアルじゃないんだから……そもそもスキル以外のダメージはないんじゃないの?このゲーム」

「じゃあ?」

「モンスターハウスと宝箱型モンスターだね」


 モンスターハウス。ローグライク系でお世話になるあれか。

 宝箱型モンスターの方は……いわゆるミミックというやつだろう。


「宝箱は無視で、部屋に入る時は……慎重にかな?見分け方まだわからないし」

「無視ってちょっともったいなくないか?」

「ううん、無視でいいよ。ゴールドなら欲しいけど、レアアイテムとか今一個だけ入手しても意味ないこと多いし。だいたい素材アイテムだからね」

「なるほどな」


『賢い』

『いつもの大雑把プレイじゃないな』

『ネイカたその本気を見た』

『慎重いいね』

『ごめん、ネイカの配信見に来たんだけど放送間違えた?』


「みんな酷くない!?」


 普段のネイカがどんなプレイをしているのかという疑問は置いておいて、たしかに今上級装備の素材が一個あっても意味がない。売るにしても、買い手を見つけるのが一苦労だろう。

 ただのゲームならどんな素材でも一定価格で売ることができるかもしれないが、このゲームのNPCはやたらリアルだ。ポーションを買った時の露店の店主のことを考えれば、物一つ売るにも交渉が必要だろう。それこそ、NPCに売るよりプレイヤーに売る方が楽そうなくらいだ。


「んんっ、とにかく行くよ!」

「了解」


 仕切り直すように咳払いをして、マップを注視しながら進んでいくネイカ。俺もネイカと同じようにして、少しずつその祠の中を進んでいった。

 すると数分もしないうちに、一つの大きな扉があるところにまでたどり着いた。

 というか、一本道だった。


「うーん……」

「竜の祠って、そういうことか……?」


『絶対いるやつ』

『1レべでボス戦とは、通だねえ』

『帰ろう』


 ひとまず、その扉付近を調べてみる。

 すると、扉の右に小さな板が張り付いていた。


「ネイカ、これ」

「なになに……『双竜の試練』!?絶対今来るとこじゃないじゃん!」


『wwww』

『各地にありそう』

『行け行け行け行け行け』

『ランカーです。人柱ありがとうございます』


「行かないからね!?明らかに自殺じゃん!」


 ネイカがリスナーに反論する。

 しかし、俺はちょっとばかしリスナー寄りだった。


「ネイカ、双竜ってことは二匹いるってことだよな?」

「おにいちゃん!?」


『お』

『いいぞ』

『ネイカ兄最高!』


「考えてみろ、ここで二種類埋められれば十種類になるし、すぐに村に戻れるだろ?」

「いやいや、デスペナ痛すぎるでしょ!」

「たしかにそうだけど、レベリングついでに討伐依頼を受ければいいじゃないか。装備も貸し出してくれるんだろ?」

「討伐依頼……」


 討伐依頼というのは、言えばこの世界での仕事の一つだ。言い換えばクエストと言ってもいい。

 そんな討伐依頼の特徴は、他の人が討伐依頼をクリアすると他の人は受けられなくなる、又は既に受けている場合は破棄されてしまうという点だ。

 なんでもモンスターのポップは一定時間で常に行われ続けられるシステムのようで、特定のモンスターがフィールド上で一定数を超えるとこの討伐依頼が出てくるらしい。


 …………というのはあくまで一般的な討伐依頼の話で、俺が言っているのは討伐依頼の救済仕様の話だ。

 俺たちはわざとデスしようとしているが、本当に事故やPKなんかで所持金も装備もアイテムも全部失ってしまう人がいるかもしれない。その際の救済システムとして、本来は出ていない討伐依頼を受けることが可能になり、そのモンスターのレベルに応じた装備も貸し出してくれるという仕様があるのだ。


「たしかにありかも……っていうか、もう少し先まで行けば初期装備なんかよりもっといい装備貸し出してくれる可能性もあるんじゃない!?」

「結局俺たちのレベルが1だから厳しいかもしれないが……もしかしたら『最初はデスした方が効率いい』という可能性まであるぞ」

「……」


『賢い』

『兄の方が賢かった』

『乗った!』

『天才』


 突然コメントに持ち上げられて少し照れくさいが、俺自身はこの話をアリだと思っている。

 たしかに何の掛値もなしにやるのはリスキーだと思っていたが、ここまでお膳立てされたら試す価値くらいはあるのではないだろうか。


「……わかった。それでいこ」


 そんな俺の思いが通じたのか、ネイカは少し黙って考え込んでからそう決意してくれたのだった。

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