第2話 ネイカ
光が収まって俺の視界に入ってきたのは、巨大な噴水とその周辺にごったがえっている人の群れだった。
その群れの中には迷わずどこかに駆けだしていく人や他の人と会話をしている人など様々だ。俺はと言うと、寧衣を待つべく近くの段差に腰かけて情報を整理することにした。
SFOは、事前情報が極めて多い。それは従来のMMORPGの型にハマらない型破りなシステムを多く採用しているからであり、プレイヤーにそれを十分に理解してからゲームを始めてほしいという運営の意図の表れでもあった。
まず、いきなりこの噴水広場に召喚されたように、チュートリアルが存在しない。プレイヤーはキャラクリを終えたらいきなりこの地に降り立ち、右へ行くも左へ行くも全て自由にできる。
そしてそこから察することもできるが、ゲームとして追っていくストーリーやクエストも存在しない。プレイヤーはあくまでこの世界の一部であり、主人公ではないというのがSFOのプレイヤーに対する扱いらしい。言ってしまえば、ストーリーはプレイヤーたちで作れということなのだろう。実際、そのためのシステムも多数用意されている。
その中の一つが、PK。つまりプレイヤーキルだ。
このPKがかなり特殊な仕様をしていて、キルされた側のプレイヤーは装備品及び所持アイテムを全ロスト、所持金半減というかなりえげつないペナルティが課せられる。
しかし、対するキルした側のプレイヤーはそれらが得られるのかと聞かれると答えはノーだ。じゃあ何が得られるのかというと、倒した相手に応じたスキルポイントだ。
この天秤はプレイヤーの状況によって大きく傾くだろう。今は全員が初心者であり、実績もそのうちのほとんどが解除されていないので、スキルポイントを無理して稼ぐ必要はない。しかし、やり込んでいくにつれて手に入るスキルポイントは徐々に減っていき、最終的には装備やアイテムよりもスキルポイントの方に天秤が傾く。そしていずれ返り討ちにキルをされて再び装備やお金を集めることになるか、新たなスキルにあった装備を集めに行くことになる。そしてそれが終わるとまたスキルポイントを稼ぐ。
つまり、いずれはPKがエンドコンテンツになり得るということだった。
もちろん、それだけではない。いわゆる「ギルドシステム」もしっかり搭載されているし、最新AIを搭載したNPCによる世界情勢的なものも日々更新されるらしい。これは運営の手で好き勝手に弄ることもできず、状況によっては戦争やなんやに発展する可能性もあるとのこと。運営としても予定は未定ということだろう。
そこで問題となってくるのが,自分が所属している国だ。
そもそもSFOの世界では、世界中にモンスターが蔓延っている。それ故に、国として支配されている土地も世界の1/3にも満たないし、どこの国にも属さない人も大勢いる。
プレイヤーは、初期状態ではこの無所属状態となっている。そして、もちろんのことそこから住民権を得てどこかの国に属することも可能だ。
属するメリットとしては単純にその国での施設や商売などが簡単にできるようになることで、場合によっては普通に仕事に就くこともできるらしい。誰がMMORPGの世界にまで来て仕事をするんだよ、とは思うが。
逆にデメリットはと言うと、税金が発生するのと国の争いに巻き込まれることだろうか。
かくいう俺は──
『お兄ちゃん、キャラクリ終わったよ。名前も問題なし』
ぼんやりとSFOのシステムを確認していると、俺の視界の右上にそんなメッセージが届いてきた。これはゲーム内のチャットではなく俺のゲームアカウント自体に届いたメッセージで、一度ゲームからログアウトしなければ返信を返すことはできない。
だが、今回の場合は問題ない。元々寧衣がキャラクリを終えたらこのメッセージを送ってもらうように約束していたことで、当然配信者として活動している寧衣はこのゲームでもその名前を使う。俺はこのメッセージが届いたらゲーム内の方のチャットで寧衣の名前を検索し、メッセージを送ることでフレンド登録を済ませるという算段だ。
早速俺は寧衣の配信者ネームである『ネイカ』という名前のプレイヤーを検索する。ほとんど実名なのは、俺も理由は知らない。
『寧衣、俺だ』
『おっけー。てか何その名前』
普通ではご法度だが、敢えて本名を出しておくことで本人だということをアピールしておく。不必要な警戒かもしれないが、たまたま成り済まされても面倒だからだ。
『まあ、思い付きだ』
寧衣───改めネイカの返信に対して雑に返事をしてから、ぱっぱとフレンド登録を済ませてパーティーを組む。
これからも何度もお世話になるであろうメインタブは非常にわかりやすい配置をされており、フレンド登録もパーティー結成も何ら手間取ることはなく終えられた。
「よ」
「あ、お兄……じゃなくて、猫さんとか?」
パーティーを組んだ者同士は、一目でわかるようにその人の上に名前とHP・SPバーが表示されるようになる。それを辿ってネイカを見つけたわけだが、どうやらネイカは俺の呼び方に迷っているようだった。
「まあ、呼び方なんてなんでもいいぞ?」
「じゃあ、猫さんかな?一番違和感ないし、猫だけだと違和感が……」
「そうか。俺はネイカでいいのか?呼び捨てだと視聴者に怒られたり?」
「大丈夫だよ。ニートのお兄ちゃんが手伝ってくれるってもう言ってあるし。てか言っとかないと男だ~って荒れるかもだし」
「まあそれもそうか……ってニートちゃうわい!」
「え?」
「はい、すんません。……てか、それならネイカも別に普段通りでいいんじゃないか?」
「たしかに……お兄ちゃんでいっか」
俺は、きっと視聴者からもネイカ兄とかお兄ちゃんとか呼ばれるようになるんだろうな……なんて思いながら、ネイカと共に噴水広場を抜けていった。
「目的地はクルド帝国でいいんだよな?」
「もちろん」
クルド帝国はこの噴水広場から東方面に位置している。たどり着くまでには色々経由する必要があるが、それはまあ修行だとでも思うことにしよう。
ちなみにここの噴水広場は噴水広場でしかなく、噴水以外には何もない。プレイヤーが無所属で始まる以上開始位置がどこかの街ということは確かにおかしいのだが、これはこれでシュールだ。
「他の人は?」
「ガチでやりたいから、とりあえずはお兄ちゃんと二人だよ。そこから様子を見てゲーム内で出会った人とか他の配信者仲間、視聴者さんとかに協力を募る予定。最初から仲間に入れるなら、やっぱりリアルで知ってる人じゃないとついてきてくれるか安心できないし」
「たしかにな。普通は仕事とかあるし」
「いやー、ちょうどお兄ちゃんがクビになって助かったよー」
「……クビじゃない。俺の意思だ」
なんて言い張ったところで、現実は何も変わらないが。
……まあいい。せっかくゲームをやってるんだし、リアルのことは一旦全部忘れよう。今は思い出したくないことばっかりだしな。
「それじゃ、レッツ帝国!」
「なんだそれ」
そんな俺の雰囲気を察したのか、ネイカが謎の掛け声と共に東へと足を進めた。
その後ろ姿にどこか安心感を抱きながら、俺もネイカについて行くのだった。
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