第3話 魔法獣


「そういえば、お兄ちゃんは何のスキル取ったの?」


 帝国を目指してまずは第一目標のガズル村を目指す集団に紛れながら、ネイカが思い出したかのようにそんなことを聞いてきた。


「あー、スキルはまだ取ってない」

「まだ悩んでるとか?」

「いや、欲しいスキルがあるんだが、初期からは解放されてなくてな」

「……ふーん?」


 ネイカが訝しげに見つめてくる。

 欲しいスキルが解放されていない。そんなこと自体は、多くのプレイヤーが同じ状況だろう。

 しかし、SFOはスキルが全てというところもありそこまでスキル獲得に対して鬼畜な仕様ではない。大抵の武器の扱いに関する基本的なスキルは最初から解放されているし、バトルの基本となるステータスを伸ばすパッシブスキルも同様だ。

 それら全てを無視するプレイヤーとなると、限られてくるどころかまずありえないといってもいいだろう。このゲームはMMORPGであり、まずは戦わなければほとんど何も得られないのだから。


「それより、そっちはどうなんだ?」

「私はひとまず片手剣とバックラーのアクティブスキルとHPと攻撃力に関するパッシブスキルを取っといたよ。いつでも路線変更できるししばらくは二人だから、まずは汎用性の高いとこで───あ」


 スキルウィンドウを弄りながら答えていたネイカが、声を漏らしながらふとその手を止めた。


「どうした?」

「スキルポイント貰えてる」

「ほう?」

「お兄ちゃんも貰えてると思うよ。フレンドの登録とパーティーの結成の実績だったから」


 ネイカの話を聞いて俺も即座に実績の確認をすると、話の通りその二つの項目が達成されており、スキルポイントを4手に入れることができた。


「4かー。攻撃スキルを強化するかパッシブスキルを強化するか、どっちが火力上がるんだろ」

「普通に考えたら攻撃スキルの方じゃないか?」

「普通に考えたらね。でも、パッシブスキルが固定値だとすると、装備が強くなっていくと恩恵も薄れていくし、逆に言えば最初からそこを基準に設定されてる可能性もあるよね?」

「ああ、たしかにな。攻撃スキルの方はダメージの比率が伸びていくっていうのが主流だし、序盤に限ったらパッシブスキル伸ばす方がいいって可能性もあるのか」


 つまりは、パッシブスキルが攻撃力+10で攻撃スキルの方が与ダメージ+10%だとすると、攻撃力が100に到達するまではパッシブスキルを伸ばした方がダメージが伸びるという話だ。


「しかし……全部憶測の域を出ないよな」

「うん……」


 というのも、SFOはスキルの説明が大雑把なのだ。例えば攻撃力を上げるパッシブスキルだと『攻撃力が上がる』というだけの説明だし、アクティブスキルも発動した際の動作と『攻撃する』や『回復する』などの結果に関してしか説明がない。何なら先程の例えが全く逆で、パッシブスキルは割合で加算されていき、攻撃スキルは与ダメージが固定値加算されるという可能性もある。

 いずれは攻略班が解析していくだろうが、それが公開されるとなるとかなり後のことだろう。むしろ、俺たちがそれをしようという勢いまであるほどだ。


「とりあえずは温存しておいて、行けるとこまで行ったら実験かなー。いや、でも途中からは片手剣で行く予定じゃないしなー」

「何か使いたい武器でもあるのか?」

「将来は双剣やりたいなーって」

「双剣か」


 SFOでは各武器のコンセプトや使用感のようなものが事前に公開されており、その中でも双剣は奇襲やパーティープレイが前提の玄人向け武器として紹介されていた。これは双剣のコンセプトがコンボで連撃を決めるということであり、多くのスキルが一度発動すると連撃が始まり隙だらけだが、最初の二発を当てるとスタンやノックバックで自動的にその後のコンボが全て決まるようになっているからだ。

 とはいえスタンやノックバックを無効してくる敵やスキルもある。コンボが防がれるとあとはしばらく両手を振り回しているだけのかかし状態となり、殴ってくださいと言っているようなものだ。だが当然、その分コンボが決まった時の火力はとてつもない。


「モブはいいとして、対人だと対策されたら何もできなそうだが大丈夫なのか?」

「さあ?もちろん無理そうならやめるけど、やっぱりロマンじゃない?」

「まあな。配信的にも映えそうだ」

「そうそう!」


 色々ネイカにも思惑はあるのだろう。俺としても双剣プレイを目指すことに抵抗はないし、特に反対をする理由もない。


「ていうか、お兄ちゃんはどうするの?」

「俺は魔法使い……って言っていいのかよくわからないやつになろうと思ってる」

「魔法使いに……あー、なるほどね」


 さすがというべきか、ネイカは俺が魔法使いもどきと言っただけで理解してくれたようだった。

 SFOにおいて、魔法はかなりカスタム性が高い。基本はスキルレベルを上げると決められた分だけ強くなるのだが、魔法スキルは取得している魔法に応じていくつかの選択肢があり、その中から好きなものを伸ばすことができる。例えば火属性魔法のファイアーボールなら、威力・即発性・範囲から選べる。

 だが、俺の心をくすぐったのはその部分ではない。魔法のカテゴリーの中には、魔法獣という使い魔を生み出すスキルがあるのだ。この魔法獣は言わばミニプレイヤーのようなもので、魔法獣に応じて獲得可能なスキルを二つまでセットすることができる。もちろん、魔法獣自体はプレイヤーが操作できるわけではなくAIによる行動となるが。


「でも魔法獣って実質モブが仲間になるみたいなものだし、弱そうじゃない?」

「いや、そうでもないだろ。たしかに何も考えずに使ったら弱いだろうが、こっちがそれをどう活かすかじゃないか?」

「うーん……結局対人ならスキル枠一つ潰すだけだと思うけど」

「まあ、色々試行錯誤していくさ。それに、配信的にも奇抜な方が面白そうじゃないか?」

「いや、ガチ攻略の配信なんだけど……まあ大丈夫、なのかな?」


 若干考え込みながらもネイカが俺の言葉に納得を示す。

 SFOでは仕様上スキル以外の攻撃ではダメージを与えられない。(相手を弾いたり攻撃を防ぐなどの物理的な作用は可能だが)つまり、相手の持っている四つのスキルを炙り出せば後はそれ以外を警戒する必要がなくなるのだ。

 そんな中でスキル枠を一つ使ってまで魔法獣を使うのは、正直対人戦では論外もいいところだろう。上位勢ともなれば所詮AIの動きなど脅威ではないのだから。


 だが、俺の考え方は根本から違う。MMORPGを好き好んでやっている人たちは自分が戦うことが醍醐味なのだろうが、俺はそこに魅力を感じていないのだ。

 俺が魅力を感じているのは、魔法獣を好きにカスタマイズ……つまりは、好きに育成できることだ。そして自分が必死に育成したキャラクターが活躍する。そのことに快感を覚える人間だ。

 つまり、自分をサポートしてもらうために魔法獣を使うのではない。魔法獣が活躍するために、俺が動く。これこそが俺の追い求める理想のSFOの遊び方というわけだ。ネイカはスキル枠を「一つ」潰すといっていたが、俺は何も魔法獣を一匹だけ使うつもりじゃない。自分は最低限サポートできるだけのスキルを取ったら、残りは魔法獣に全てを費やす。そのためにPS(プレイヤースキル)を磨くし、スキルに頼らないPSは他の戦法にコンバートしにくいだろう。


 だが、その道を俺は歩みたい。

 そのことをネイカに伝えると、ネイカはどこか諦めるような顔をした。


「……お兄ちゃんがやる気になっちゃってるならしょうがないか。ちょっと予定は変わるけど、ガチ攻略というよりは奇抜なスタイルをウリにしていくよ。参考になる配信というよりは、見世物的な配信で。もちろんトップは目指すけどね」

「悪いな」

「いいよいいよ。まだガチで参戦するってことしか告知してないし。むしろ配信的にはそっちの方がウケると思うよ?ただ、本気で上手くならないと見向きもされないと思うけど」

「……そうか。頑張るよ」


 自分でかけたプレッシャーだが、正直言ってそこまでの自信はない。この手のゲームをすること自体が初めてなのだから当然だ。


「ま、そこまで気負わなくてもいいよ?最悪コケても大丈夫だと思ったからやってることだし。それに、トップを目指すって言っても配信で手の内を晒す時点で本気も本気のランカーよりは圧倒的に不利なわけだし。むしろ奇抜な方がいいくらいかも。……うん、そんな気がしてきた」


 俺を気遣ってか、本気で思っているのか。それはわからなかったが、ネイカも俺のスタイルを後押ししてくれるようだった。


「結局、お兄ちゃんはまず魔法獣のスキルを解除したいってことね」

「そうだな」

「丸腰スタートってことはすぐに手に入るの?」

「ああ。って言っても、ネイカには協力してもらうことになるが」

「何するの?」

「まずはモンスターを十種類発見することだな。それでモンスター解析のスキルが解放される。そしたら特定のモンスターを瀕死にさせて、倒すんじゃなくてそのスキルで解析することでそのモンスターに対応する魔法獣が解放されるんだと」

「りょーかい。随分回りくどいんだね」

「やることは単純だけどな」


 そんなことをしているうちに、俺たちは特に何事もなくガズル村へと辿り着けた。

 普通なら道中でモンスターと遭遇するはずなのだが、サービス開始直後の人だかりでもはや周囲はモンスターではなくプレイヤーで溢れかえっているほどだった。


「つか、突然こんなに人が押し寄せてきて村は平気なのか?」

「さあ……さすがにその辺の配慮はされてるんじゃない?これ以上は入れないなんて言われてもストレスだし」

「それもそうか」


 俺たちはそんな他愛ない会話をしながら、村というには活気にあふれすぎているガズル村へと足を踏み入れたのだった。

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