調理その十三 一つ目の大会 ~和食~

「ごめん、遅くなっちゃった!」

俺と藤島さんがコンテストの人員について冗談交じりで話していると、突然扉が開く音が室内全体に響いた。

「お、恋奈れな! 今日なんかあったのか?」

「え!? べ、別に何でもないよ、うん。何でも、ほんと」

そんな調子で返した恋奈は、何処かしどろもどろだった。

「何でお前、そんな挙動不審きょどうふしんなんだ?」

「な、何でもないって、ユーキ。人をあんま詮索せんさくすんの良くないってえ」

「泳ぐのも程々にするようにね。本番で体調崩すわよ」

「ぎくり」

最後に藤島さんがとがめると、恋奈は図星な時に反射的に出るようなリアクションをわざわざ声に出してきた。そんな人初めて見たよ。

藤島さんは、あきれたように手をひたいにあてて、またもやため息をつくのだった。


「で、二人ともどんな話してたの?」

恋奈は、仲間に入れてと期待に満ちた目で、俺達に話題について聞いてきた。

「今、部の説明を聞いてたとこだ」

「8月上旬に行われる和食をテーマにしたコンテストに向けて、チームのメンバーをどうするか決めていたのだけど…中々簡単には決まらないものね」

「え、チームメンバー決めるって、もう予選通過前提なんですか?」

「当たり前じゃない。うちの部は毎年決勝大会出場の常連校なのよ」

大分強気に出てるなあ。流石は伝統校といったところか。

「才ちゃんは、絶対出るでしょ?」

と、恋奈が藤島さんに対して期待するような視線を送ってくる。

やっぱり恋奈も、俺と同じように我が部長が出場することを望んでいるようだ。

あの完膚かんぷなきまで和出汁わだしを活かす才能を見てしまっては、誰もがそう考えるに違いない。

しかも三つ星料亭の一人娘だ。ここまでステータスが揃っているのも、かなり珍しい。

「ええ、私がエントリされるのは大体予想ついているから、そのつもりでいるわ」

「よっし、一人目は決まりだねっ!」

「私が担当するのは大前提として、ならチームメイトは誰が担当するの?」

「それって、同じように和食が得意な子がやるのが一番良いんだろ?」

「必ずしもそうとは限らないわ。この大会のコンセプトは『出汁を使った料理』なの。だからとりあえず出汁を使うことに長けている人とかだったら任せられると思うわ」

「ま、出汁って和食だけじゃなく、色んなジャンルの料理にも応用できるからね」

恋奈が肩をすくめて、そう言ってきた。


なるほど、出汁を使った料理、か。

それに長けている人なら活躍でき、作る料理も別に和食にこだわる必要はない。

その条件は確かにうなづけるのだが、忘れてはいけないことが、一つある。

それは、相方がこの毒舌部長であることだ。

彼女についていける程の料理の腕前を持つ逸材いつざいじゃなきゃいけないこと、これが他の何よりも不可欠なのではないか。

そして、そんな部員なんているのだろうか。

俺は料理部のほとんどの部員を知らないが、何となくそんなのいないだろと、直感した。


……て、あれ?

今そぐそこに、


「なあ、恋奈。お前やってみたら?」

「え、あたしっ!?」

まさか任命されるとは思わなかったのか、自分を指さして驚愕きょうがくする恋奈。

「恋奈って、魚を使った料理全般が得意なんだろ。まあ、魚って時点で結構和食中心になるしさ」そして俺は恋奈に対して、最も適している理由を話す。「そもそもこの冷徹れいてつで毒舌な部長についていけるのって、多分お前しかいないだろ」

「誰が冷徹で毒舌よ」

俺の評価に不服だったのか、藤島さんが間に入ってくる。

ま、でも恋奈がチームメイトとして最適なのは、本音だ。チームプレイをするにあたって、信頼というのは非常に重要だ。

阿吽あうん呼吸こきゅうをすることが必要となる場であれば、尚更だ。そして、頼れるチームメイトが一人しかいない場には、阿吽の呼吸が必要になってくる場は必ず訪れてくる。

「いやでも、あたしインハイに向けての練習があるから、いっぱい迷惑かかるかもしれないよ?」

「そうよ。千歳さんには、水泳という彼女でないと成しえない立派な使命があるのよ。それを邪魔じゃまさせるような、そんな強欲ごうよくな真似、できるわけないじゃない」

俺はついこの間、この家庭科室という場で、藤島さんの才能を思い知った日のことを思い出す。

「藤島さん、前言ってたじゃん。恋奈は、魚料理に右に出る者はいないって」

「ええ、そうね」

「それってさ、元々の技術力が高いってことじゃん? だったら、可能性としては十分あり得そうだと思う。それに…」

「何? 勿体ぶらずに言いなさい」



俺がそう答えると、藤島さんと恋奈はお互い納得したような表情を見せる。

「な、チームプレイをする場ってさ、信頼が大事なの今まで沢山見てきたから、分かるんだよな。ま、話半分で聞いてくれて構わないけど」

「……まさか結城君に、こんなに早くさとされる日が来るなんて思ってもみなかったわね。…あなたの言ってること、一理あるわ」

「何でそこでそんな不服そうな顔すんの」

「なら千歳さん。あなたには、インターハイと被る可能性もゼロではないし、無理にとは言わないわ。一緒に頑張ってみる?」

藤島さんが恋奈に向けて、勧誘の言葉をかけてみる。

そんな藤島さんに対し、恋奈は……、


「わかった。やってみるよ」

凛々りりしく微笑んだ様子で、こぶしを握ってみせた。


「スポーツも文芸も華麗かれいにこなしてこそ、文武両道ぶんぶりょうどうってもんだからね!」

そして袖をまくり、毛一つ無く、無地で綺麗な腕を見せつけ、にかっと笑ってみせた。

「おおっ!! 流石恋奈!! でも文武両道の『文』って、学業の方の意味だと思うぞ?」

俺は彼女の勇姿ゆうしを見て、スタンディングオベーションで賞賛しょうさんしながらも、冷静にツッコんだ。

「ありがとうね、千歳さん。あなたと一緒にできるなんて、とても心強いわ」

藤島さんも、薄く微笑みながら拍手を送っている。


「じゃあ、才ちゃん。これから半年間。お世話になります!!」


WASHOKUコンテストのチーム決めは、これで一件落着となった。

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