調理その十一 俺と瑠唯人の登校中のある一幕

部活で至福のひと時を迎えたと思いきや、一人で後片付けをする羽目になったその翌朝。

春の雨が降りしきる中、俺はいつものように高萩たかはぎ駅から、登り方面土浦つちうら行きの電車に乗り、日立ひたち駅で降りる。


駅から学校までの、さくらの木が立ち並ぶ通学路を歩いて15分で学校に着く距離。

そんな道を傘を差しながら歩いている最中、

「よおっっす!!」

「痛ったぁ!!」

野太い声をとどろかせながらバチイイインと、誰かが俺の両肩を後ろからがっちりつかんできた。

こんなことをしてくるのは、一人しか思い当たらない。

「…ったくルイ、いつからお前そんな仰々ぎょうぎょうしい挨拶あいさつするようになったんだ」

親友、市原瑠唯人いちはらるいとからの等身大の贈り物に、辟易へきえきした感情を隠せない俺。

瑠唯人はしとしとと雨が降り続ける中、ろくに傘も差さずに俺に向かって突っ走ってきたようだ。よくすべらなかったな。

「なんだよーっ。つれないじゃん、ユーキっ♡」

「おいやめろ。お前がその口調で喋り出すな。気持ち悪いぞ」

溌剌はつらつとした体育会系少女の声真似をしてきたのがあまりにも似合わず、毒舌で返した。

「へいへい」

皆まで言うなと言わんばかりの適当な相槌あいづちを打ってきた瑠唯人だが、

「ところで結城くん」

今度は、我が部長でり出してきた。

明るさを全面に出し、好印象を持たせたその言い方は、一枚のからおおっている外部向けの声真似だった。

だが、デカ男の低音ボイスが発するそのクオリティは、やっぱりお世辞にも言えない程に似ていない。

俺は深々にため息をついた後、

「あら、どうしたの市原くん」

どういうことか、奴に合わせることにした。

「今日は朝から雨が降っていて嫌になっちゃうわね」と瑠唯人。

「そうね。折角の制服が濡れてしまうのは、困るわ」と俺が返す。

「そうなのよー。これからの季節、夕立ゆうだちでぐしょぐしょになってしまうのだけはさけたいわー」

「ね、それはやだわー」

俺たちは、最もらしくそう話し合っているが、当然本音ではない。

瑠唯人は土砂降りの日であっても平気で部活を続けていることがあるし、今喋っているこの瞬間も、制服が現在進行形で徐々じょじょに湿ってきている。

俺も俺で、例え雨が降っていても公園とかで遊び続けていた日もあったし、やはりこっちも現在進行形で、天から降り続ける数多あまたの涙によって、徐々に白いYシャツが肌に密着し、その部分だけ色が濃くなってきている。

そう、俺たちの言葉に本音は一切存在せず、全てが建前だった。

「市原くん。最近の部活の調子はどうなの?」おもむろに俺は、そう話題を切り出してみた。

「部活、ですか…。そうですねえ…。あっ、最近ですと、うちの部の投手が160キロ以上の速度を更新しましてよ」

「あら、そうなの! お盛んで素晴らしいですわねえ」

「そうなんですの! わたしよりも才能に優れた人がいて、もう嫉妬しっとしちゃいますわ」

…あれ。

いつの間にか俺たちは、藤島さんの真似をしているかと思いきや、都会のエリートお嬢様の真似をしていた。

170センチを軽々超える男子生徒二人が、そんな話を繰り広げながら、校舎に向かって歩いていく。

くすくすと微笑みながら歩いている俺達の様子は、どう見ても異様にしか見えないだろう。


そんな中、

「あんたたち、男子の妄想上でしか存在ない女の子の話し方で、そんなむさい部活の話すんな」

背後から小柄な少女、三春みはるがごみを見るような目つきで、言ってきた。


「あら、一ノ瀬さん。いらっしゃったのなら声かけてもよろしかったのでしてよ」

「その言い方で、あたしの名前を呼ぶな! 気持ち悪い!」

俺は三春に向けて手を差し伸べてみたが、こっちを強くにらみつけながら、あっさり払いのけられてしまった。

「妄想上だなんて失礼かけちゃうわ。ねえ、結城さん」

「ええ、そうですとも」

おっほっほっほ、と俺と瑠唯人は、全く似合わない笑い方をし始めた。

「二人とも、ほんといい加減に…!」

三春がぐぬぬと怒りをおさえながら我慢していると、背後から聞こえた女子の声により、俺と瑠唯人は完全に閉口させたのだった。


「お黙り」


その凛々しい声の持ち主は、

「ふ、藤島ふじしまさん…?」

楚々そそたる我が部長が、

三春は、突如現れてきた救いの巫女みこに目を輝かせている。


「随分私の真似をしていて楽しそうですね、お二人とも。私そんな大層な人ではないのに嬉しい限りね」

そう俺達に対して、にっこり微笑む。

だが、その瞳の先に潜むものは、怖くてとても直視できない。

「す、すみませんでした…」

俺はそう平謝りすることしか出来なかった。

瑠唯人は…ぞぞーっと身震いしていた。

それはもう、通院に怯える飼い犬のように。


「部長さん助けてー。あいつらが意地悪してくるー」

三春が藤島さんに助けを求め、藤島さんはそんな三春に仏のような寛大かんだいさで、ふふふと顔をほころばせていた。

え、三春。お前も藤島さんが部長なの知ってたの?


俺達は、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。

どうやら才能が華やかなのは、料理だけではなかったようだ。

そこにいるだけで、周りの生徒達を穏便おんびんに、平和にしずめる力。むしろそっちの方がすごいんじゃないですか。

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