調理その九 華やかな才能②

二品目。

黄色い衣におおわれた具材の一つ一つが、それぞれ違った色合いを成している。

『天ぷら』。


平たい竹籠たけかごに一枚の天紙が敷かれていて、その上に海老えびきす舞茸まいたけ茄子なす獅子唐ししとうといった5種の異なった色彩が、黄色い衣をまとい、お互い邪魔にならないよう絶妙なバランスで整えられている。


俺がその色彩に目を奪われていると、藤島ふじしまさんがさっと小鉢を差し出してきた。

見ると、片方には黄緑色の粉。もう片方には醤油しょうゆよりは薄めの茶色いつゆが注がれていた。

後者は天つゆだとすぐに分かったが、黄緑色の方は一体何なんだろう?


そう思いつつも、ひとまず俺は最初に海老を取ってみた。

紅く染まる尻尾と黄色の衣は、如何に美味しいか、見た目だけで伝わってくる。

俺は、海老天の先端を、正体の分からない黄緑色の粉につけて、かじってみた。

「熱っ!」

「熱いっ!」

俺も恋奈れなも、ひとかじりした直後の感想は全く同じだった。

身から溢れ出した汁が、舌を焼きつけるくらいに熱かったのだ。

「ふふ。二人とも、予想通りの反応を見せてくれるわね」藤島さんが口元に手をあてて、くすくすと笑っていた。「さっきの出汁巻きとは逆に天ぷらは、出来立てで提供するのが一番良いの。提供してから3分も経過すると油が冷めてしまって、急に味が落ちてしまうの」

「天ぷらって思ってたよりも、ずっと繊細だったんだな」

「ええ、そういうことよ」

藤島さんは腕を組みながら、俺が喋ったことに対して深々とうなずいていた。

「にしても才ちゃん。味付けに塩じゃなくて、えて茶塩を持ってくるなんて、センスあるねえ」

? この黄緑色の粉って茶なのか?

恋奈が藤島さんに向けて喋った中に、ある聞き慣れない単語が混じっていたことに、俺は気付く。

箸のそばにおいてあった小さな木べらを用い、黄緑色した粉を口に運んだ。

確かに塩だけあって、まず最初にしょっぱさを感じた。

だが、同時に何だか奥ゆかしさも感じたのであった。

口の中にほんのりと浸透していく渋味。

確かにこれは、茶だな。

「お前、よく知ってるな。茶塩なんて俺、初めて聞いたぞ」

「あたし、漁師の娘ですから、ねえ」

そう言ってへへんと、鼻下を指でこすりながら自慢気に話す恋奈。

「別に茶塩だけが天ぷらにぴったりなわけじゃないの。他にも岩塩や藻塩もあるわね」

「が、がんえん? もしお?」

「あはは。ユーキ頭からはてな出てるー!」


にしても、世の中色んな塩があるもんだ。世界の何処か行けば、また風変わりな塩がありそうだな。

ちなみに二口目は、天つゆにつけて食べた。旨かったことは言うまでもない。

海老の風味豊かな旨味と、茶塩が織りなす塩味と渋味を、普段は食べない尻尾の部分まで、俺は堪能することにした。


次に俺が興味を持った具材は、三角形に開かれた白身魚、鱚だ。後で聞けばこれは、""というらしい。

まず一口目は、例の茶塩につけて、ぱくっと食べてみる。

すると、白身魚特有のふわりとした柔らかさが、舌の上で踊り出した。

あまり素直に感想を言いたくないからか、俺はふんっと鼻で笑ってしまった。

反対に恋奈の方は、茄子を食べていて「とろっとろで美味しい~」と素直な感想を述べている。

そんな俺らを見て、藤島さんは満足げな表情でにやけていた。

鱚特有の淡い食感と、茶塩の渋味と塩っ気。それらが絶妙に旨いことこの上ない。

そんな風に俺が鱚の味を一つ一つ噛みしめていると、藤島さんが更にもうひとつ小鉢を差し出してきた。

「次はこれよ。試してみなさい」

「何だこれ?」

そこに入っていたのは、とぐろを巻いた濃いめのピンク色のペースト。

「食べてみたら分かるわよ」

「そうか。なら味見してみようかな」

俺は、鱚をそのピンク色に染まった半固体につけて、食べてみた。

「酸っぱ!! これは…」

「梅肉よ」

「ばいにく? ああ、うめか!」

梅が持つ酸味と後引くさわやかさ。それらが、天ぷらの油分でギトギトになりそうな口内を、丸ごとフレッシュにしてくれる。

そして梅の酸味が、鱚の味にも深みを増してくれる。

これはハマりそう。

「これはね。京都で実際に用いられている食べ方なのよ。現地では湯引きしたはもにつけて食べるのが主流なの。もしかしたら、鱚の天ぷらにも応用できそうかなって思って試してみたけど、どうやら勘は当たってたみたいね」

「てことは今回初めて挑戦した組み合わせってことか?」

「そう」

「まじかよ。お前の勘、当たりすぎてて怖いわ」

「当たり前じゃない。料亭娘をあなどらないで頂戴」

「へいへい」

そう言って俺はわざとらしく頷いた。

まあ流石は一流の料亭の娘ってところか。味覚まで一流の感覚を身に着けているわけだ。


舞茸と茄子は、どちらも素材の味を損なわないよう、最大限に味を引き出していた。

舞茸は、独特の臭味くさみが目立たないように、最大限にくせを無くしていた。

茄子のほうは持ち前の水分の多さを引き出すために、敢えて衣を少なめにし、最大限に食感を活かしていた。

だが、最後に食べた獅子唐は、俺にとってつらかった。

何故なら、

「か、からいいいいいい!!」

運悪く、途轍とてつ

流石さすがユーキ! 一本しかない獅子唐が、偶然にも当たってしまうなんて」

「当の本人は全く嬉しくねえわ! み、水をくれええ!!」

そんな風に、俺が悶絶もんぜつしている様子を見て、藤島さんはたいそう愉快そうに笑いながら、蛇口からひねった水を差し出してきた。

「本当持ってるのね。獅子唐の当たりなんて、よっぽどじゃないと起きないのよ。それをたった一本だけ揚げた天ぷらで当たるなんて」

「おいそこ笑ってんじゃねえ」

今俺は、二つの可能性が思い浮かんだ。

本当に

いや、、それを利用して

この2つのどっちかで、俺の藤島さんに対するイメージはがらりと変わる。

前者ならまだ良いが、仮に後者だったとしたらこの部長、とんでもなく腹黒いということになるわけだ。


「まさか、わざと辛いの入れたんじゃないだろな」

「あら、いくら私でもそんな酷いことはしないわよ」

「じゃあ本当に偶然だったんだな」

「さあ、どっちなんでしょうね~♪」

当然、問いかけようとしても、彼女がその真意を明かすことなんてなかった。

俺が部長に敵うわけなんてない。

教室では充実してるかもしれないが、此処部活では完全に最下層にいるんだから、な。

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