調理その六 頑なに作ろうとしない部長と作ってほしいとせがむ俺の平行線

料理をここで披露してほしい、と俺は藤島さんにせがむ。

彼女からは—————


」かぶりを振った回答が戻ってきた。


勿論もちろんこれは想定内である。

どうにかして藤島さんの気を引いて、作ってくれるよう仕向けてみよう。隣には恋奈れなもいることだし。

「いいじゃん、少しくらい」

「駄目だって言ってるじゃない」

「そこを何とか、さ」

「いくら言っても、これだけは駄目なの」

「才ちゃんなかなか手ごわいよ~。あたしも最初そうやってお願いしてたけど、一度も作ってくれたことなんてなかったんだから」

「そうなのか?」

なら、むしろ好都合だ。恋奈も口にしたことがないのなら、

「それって、部内でも一度も作ったことないくらいなのか?」

「そこまで徹底はしていないわね。けど、一部の部員にしか見せてないくらいなのは事実よ」

「何でそこまでして、かたくなに見せようとしないんだ?」俺はそう、素朴そぼくな疑問を我が部長に投げてみた。

「なら、あなたの得意なバスケットボールに例えてみましょうか」

「へ?」

おもむろにたとえ話をし始めた藤島さん。何が始まるんだ?

そして更に藤島さんは、言葉を連ねていった。

「日立市のとある高校に通うA君は、スポーツが得意でした。中でもA君はバスケットボールを小学生のころからやっており、最も自信を持っています。ですが反面、本人はそれをあまり表には出したくない思いがあり、部活もえて所属せず、ずっとひた隠しにしてきました。ところがある日、体育の授業が運悪く雨天のため、急遽体育館でバスケットボールをすることに。これにより、今まで体育でバスケをすることなく隠し続けてこれたA君ですが、おおやけに自分の運動神経を見せることになってしまいました。それ以来、『彼、凄い才能の持ち主だ』って噂が瞬く間に広がり、バスケ部からの勧誘が毎日のようにかけてくることにな—————」

「ああ才ちゃんが言ってるのはね、自分の噂が広まりたくないってことだよ」恋奈が、部長の長い例え話が終わる前に、そう補足を入れてきた。

「ちょっと。話しているのに、急にさえぎらないで頂戴」

「いやいや、冒頭の時点から何となくそんなことだろうなと思ってたわ。でも、こんなことわざわざ例え話するほどじゃないじゃん」

「なら、もし私が『"天才"だとか"ゴッドハンド"とかで注目されたくないから』って、そんなことをいきなり言ってきたとしたら、あなたどう思う?」

「どこの自惚うぬぼれ野郎だそいつ」俺は、ははっと小馬鹿にしたような笑いを見せた。

でも『料理の天才現る!』なんて言われて、藤島さんがフォーカスをあてられる事態も別に悪くはない展開だな、とふと思った。本人はそんなの微塵みじんも望んでいないことなんだろうけど。

「そういうこと。だから私はこのたぐいの質問を受けるときは、いつもこうやって例え話をしているの」

「そうそう。あたしこの話何回も聞いてるから」そう言って恋奈はくすくす笑っていた。

「それに、クラス中の女子が寄って掛かって、料理教えてほしいなんて迫ってくるの、本当に嫌なの」

呆れたようにため息をつきながら、藤島さんは目をせた。

「あ、それ何となくわかるかもー。『彼氏のために料理できるようになりたい』なんて色恋沙汰な理由持って来られたら最悪だね」

恋奈も呆れたようにため息をつきながら、目をすがめてそう返した。料理できる人にしか分からない感情が、そこにはあった。

当然俺は、そんなの置いてけぼり。

「てか実際、藤島さんって料理、そんなに凄いの?」

「ユーキ、それ今更言うこと? 天才通り越して、もう鬼才だからね」

「ほんと野暮やぼな質問してすみませんでした」


それにしても、藤島さんの人前で料理を見せない態度は、想像以上に頑ななものだった。

ならばこっちにも策がある。だって彼女には、俺に対する大きな借りがあるのだから。

「俺さ、入学時からずっと続けていたバスケを突然やめることになったんだよねえ…」

「ええ、そうね」

「当時目指していた目標をねじ伏せてまで、畑違いの料理部ってとこで、新しい目標を設定しなきゃいけなくなったんだけどお…」

「っ!」弱点を突かれたことに気づいたのか、藤島さんは若干顔を引くつかせた。

「意地でも叶えたい夢に協力してあげようと思って、入部したんだったよなー…」

「っ!!」

「今それに全力で協力している人って、誰だと思います? 部長さーん」

「……」

「ねえ部長さん、聞こえてますう?」

「…あああなたねえ! そそそうやって弱み握ろうとするのやめなさいよ!」

藤島さんは俺に向かって指さしながら、顔を赤らめて狼狽ろうばいした。

その慌てぶりは、テレビのスピーカーから聞こえる番犬の吠え声に、必死に対抗する仔犬のようだった。

一方の恋奈は、部長のその慌てぶりが余程珍しかったのか、「あ、あの才ちゃんが焦っている…!」なんて言って目を丸くしている。

「あ、あなただってあのとき、入部するの満更でもなかったじゃな—————」

「絶対口外しない」

「えっ!? ちょっと結城君!?」

気が付けば、俺は自分に向かって指していた藤島さんの人差し指を優しくつかみ、真剣な眼差しでそう言っていた。

彼女の顔が更に熱くなっていく。その勢いに押されて自分も紅潮こうちょうしてきそうになったが、ぐっとこらえ、何とか押し留まることに成功した。

そして徐々じょじょに彼女の顔に距離を近づけていく。

「わーお! ユーキそれあたしにもプリーズ!」

恋奈の方は何か黄色い声を出しながら、何か目を輝かせている。いや、お前にはやってあげねえぞ。そんな安い男じゃねえからな。

「こう見えて俺は、約束は守るたちだ。それだけは言い切れる」そう言って掴んでいた藤島さんの指を放し、改めてお願いした。「だから作ってくれないか? 一度でいいから、お前の作る、一流品を見てみたい」

気分が落ち着いてきたのか、藤島さんはほっと一息をなでおろし、

「わかったわ。作ってあげるから」諦めがついたのか、肩をすくめて俺の期待に応えてくれた。

「ええええ!! あのユーキが説得に成功した!?」目玉が飛び出るかのように驚愕きょうがくあらわにした恋奈。

「そうね。最初に実力を見せておかないと、信用できないものね」

「そうそう。そう来なくっちゃ部長さん」

ふふんと能天気になったのもつかの間、


「ところで結城君」


その後言ってきた藤島さんの台詞は、


「あなた、ちゃんとお金は持ってるのでしょうね?」

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