調理その五 もう一人の紅一点

というわけで、部活2日目。

てかこうやって部活の活動日を数えるのも、そう長くは続かないだろうな。


俺と藤島ふじしまさんの他に恋奈れなも含めた3人で今日の部活は行うことになった。

「恋奈って、料理部にも所属してたんだな。水泳部オンリーかと思ってたわ」

「ね、そう思ってたでしょ? 実はね、意外とあたい、色んなとこで活躍してるんだよっ!」

と、恋奈は親指を立てて格好良くポーズをとった。

「わたしも、千歳ちとせさんの腕にはいつも助けられてるわね」

「え、藤島さんまでも認めるレベルなの…!?」

「そうよ。こう見えて彼女は、。水泳だけが取り柄なんて思わないほうが身のためよ」

流石さすがにそこまで極端には思ってはいないが。けど凄いな」

俺は、恋奈のそのもうひとつの意外な得意分野に、心底驚いた。

「あ、あたしね、実は漁師娘なんだ。だから水泳も物心つく前に身に着いてたし、和食もそれなりに得意なんだよ」

「彼女に魚料理を作らせたら、右に出るものはいないわよ」

うんうんとうなずきながら、おだてる藤島さん。

「家の環境が良かっただけだって」

かぶりを振って苦笑し、謙遜けんそんする恋奈。

「いやいや、凄いって。スポーツと文化の二刀流って、なかなかなれるもんじゃねえって」

恋奈を指さしながら、心の底からめる俺。

「や、やめてよ。あたしそんな凄くないって」

そんな藤島さんと俺の集中的な褒め攻撃に耐えられなくなったのか、恋奈が珍しく照れ始めた。後ろ髪をさすりながら下を向いている様子は、本当に恥ずかしそうだ。

「千歳さんがいないと、うちの部は成り立たないわね」

「恋奈ちゃん、凄い! 憧れる!」俺はかの有名な漫画みたいな台詞を吐きだした。

「もうやめてよ二人ともー!」

遂に両手で顔を抑えてしまった。こうやって普段の学校では見せない意外な一面が見られるのも、部活の良いところなんだろうな。俺はふと、そう感じた。


藤島さんは、俺に課した宿題の内容を恋奈にも教えた。

その事情を聞いた恋奈は、

「よし、わかった! ユーキがちゃんと食わず嫌いを無くせるよう、あたしもその目標、手伝うよ!」

何やら目を光らせながら、ふんすと鼻息を荒げ、すごい乗り気になっていた。

「いやいいよ。無関係の人まで巻き込むわけにはいかないって」

「いーや、同じ部活なんだから関係ありありだよ! それにあたしが手伝いたいんだから、そこはお言葉に甘えなさい、だよ」

恋奈がずいっと顔を近づけてきた。その瞬間、俺の心臓は、飛躍ひやくしたように暴れ出した。

ショートカットの綺麗きれいな髪に、目鼻が整った端正たんせいな顔立ちは、赤面させるのには十分な代物で、石鹸せっけんのようなシャープな香りが、俺の鼻を誘惑してくる。

俺だって、育ち盛りの男子高校生だ。そんな事態、緊張しないほうがおかしい。

「あ、はい。そそそれは、ご協力感謝します」ぐいぐい詰め寄る彼女に気圧けおされ、挙動不審きょどうふしんになりながら、目をせて敬語で返してしまう。

「ダメっ! 返事するときは、きちんと他人の目を見て話す! お母さん、そう教えなかったっけ!?」

恋奈は、俺の顔に両手をあててきて、ぐいっと強引に前を向かせた。いつ俺の母親になったんだよ。

「あああありがとうございます。こ、こんな俺のためだけに、どうもすみません」

そんな俺のテンパった様子がおかしかったのか「ぶふっ」と恋奈が吹き出した。

「ユーキ、学校のときとキャラ違いすぎない!? 何でそんな違うのー?」

「そうよね。普段はクラスの中心人物であんなに皆からしたわれてるっていうのに、この姿を皆、それこそ市原いちはら君や加倉井かくらい君が見たら、どう思うのかしらね」

「おい、変なこと想像すんなお前達」

必死に笑いを堪える恋奈と、蠱惑こわくするようにくすくす笑う藤島さん。

そんな二人にぷいっとそっぽを向いた。

やっぱり部活の中での俺の立ち位置は、無いのであった。


ちなみに俺の予想していた通り、今日食べた物を報告する羽目になった。

俺はもう羞恥心しゅうちしんなんて捨て、昼に起きた弁当の中身をありのままに伝えた。

すると案の定、二人から笑われる羽目になりました。やっぱりな。

でも、藤島さんの方はというと、「ちゃんと考えられてはいるみたいね」と、あの前衛的なメニューにも一応の理解はしてくれたみたいだ。

どうやら、ミートソースの方には椎茸しいたけを使用していたらしく、俺は全く気が付かなかったのだった。


「さて、今日の活動内容なのだけど———」

そこで俺はあることを思いついた。

「ねね、藤島さん」

「何かしら?」

発言に気付き、藤島さんはちらっとこっちに視線を移してきた。

「藤島さんってさ、校内では自分の料理の腕、披露したことないんだよね?」

「そうね。学校では自分のことについては明るみにしないから」

「ならさならさ」

そう言って調理台から身を乗り出し、

と、向かいに立つ藤島さんに顔を向け、提案した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る