調理その四 仲の良い料理人

「えええ坊ちゃん! 急にどうしたんだよ!?」

初日の部活が終わり、自宅に戻った俺は早速、専属の料理人にお願いをした。

その第一の反応が、これだった。

「今まであんなに嫌いで食べようとしなかったじゃん。それをメニューに入れてほしいとせがむなんて。何か悪いものでも食べたのかい!?」

「いやいや、そんなんじゃねえよ、名取なとりさん」

名取と名乗るその料理人は、俺が生まれたころからずっと、こうやって朝・昼・晩の料理を作ってくれている。

昔からずっといるため、こうやってお互いにタメ口で接するほどの仲だ。


「それにしても、唐辛子とうがらし椎茸しいたけの味がわかるようになりたいなんて、坊ちゃんもすっかり大人になったねえ」

何か名取さん、しみじみしてるんですけど。

「自分が大人になったかどうかなんて、当人が一番わからないもんだよ。そういうわけで、明日から献立こんだての再考、めんどいかもしれないけどよろしく頼む」

「承知したぜ! 坊ちゃんのためなら、どんなに億劫おっくうでもやってやるさ!」親指を立てて、俺に向かってウインクした。

「実際は、どうなの?」

「1週間分の献立を全て考え直さなくてはいけなくなりました。これから徹夜しまーす」

おい、まじか。俺のひとつの要求でこんなにもこき使わないといけなくなるのかよ。使用人もブラックだなあ。

「なんか、申し訳ねえな」

「いいっていいって、気になさんな! 坊ちゃんの成長する姿を見るのが、一番の幸せなんだから、こっちは!」

そんなことを面と向かって言われると、こそばゆい気分になる。

「それなら、お言葉に甘えて。これから徹夜作業、頼む」

「いいってことよ!」またもや俺に向けて親指を立てて、ウインクをする名取さん。

俺は彼の働く厨房を出て、自分の部屋へと歩き始めた。

10年以上も働いているというのに、いくつになっても若々しいイメージを感じる。それが、彼の良さなのだろう。

ま、たまたま近くを通ったメイドに「なあなあ、坊ちゃんが唐辛子を使ったメニューを作ってほしいって言ってきたんだよ!」と話しかけているのがわずかながら聞こえたんだが、それは伏せておこうか。


そして翌日。

俺は学校の鞄から、おもむろに弁当を取り出した。

食べ盛りの男子高校生によく見かける2段式の弁当だ。

今朝、名取さんから「今日のお昼、坊ちゃんの嫌いな唐辛子と椎茸。沢山入れてみたよ」と言ってたのを思い出す。

つまり、昨日俺がああやってお願いをした結果が、弁当を開けた先にある。

ちなみに昼食はいつも、学食や弁当が多い。弁当と言っても、高級そうなラインナップで敷き詰めているわけではなく、ウインナーや卵焼き等というように定番中の定番のメニューで充実させている。

それは、自分が裕福の家系であることをおおやけにしたくない思いがあるためである。

とはいっても、親友の間柄では俺の一族が如何に華麗かれいであるのかは既に知れ渡っているのだが。


さて、弁当の中身は…。

「は?」

2色の麺料理、

見れば、ペペロンチーノには赤い輪っかのような形をしたものが散りばめられている。

弁当にそんな臭いのきつい料理を入れないでくれ…。

ミートソースパスタの方は、見た目だけでは何が入っているのかは、よくわからなかった。だが少なくとも肉は入っていることだけは、俺でもわかる。

シンプルイズベストとは聞くが、こんな極端にシンプルなラインナップは見たことがない。

「あれ? セーイチ何だその弁当?」瑠唯人るいとがおかしな目つきで、俺の前衛的なランチボックスを見てきた。

「んー何だろうね? 俺何か気にさわるようなこと言ったりでもしたのかなー? そんなことでもしない限り、こんなメニューにはならないはずだよなー」

ひきつった笑みを見せ、そう場を逃れようとした。

「ま、気楽にいこーぜー」瑠唯人は指パッチンをしながらそう言い残し、俺の席から離れた。

そして俺は、その異様なメニューをひたすらかきこんだ。

何て献立作ってくれてんだー!


帰りのホームルームも終わり、俺は家庭科室に向かっていった。

さて、今日の活動報告として、嫌いな材料を使ったメニューを知らせないといけなくなるだろう。

あの恥ずかしい以外の何でもない弁当を伝えなきゃいけないのは、少々、いやかなり抵抗があるが、これも自分のためなら致し方ないのか。

そう思っているうちに、目的地の家庭科室に着いた。


…ん?

俺は耳を澄ましてみた。

何やら二人の女子の声が聞こえる。

一人は我が部長、藤島才華ふじしまさいかであることは間違いない。

もう一人の女の子は、一体誰なのだろうか。

よりその子の声に集中して聞いてみると、明るい子のようだ。

如何にも活発そうで、誰とでも仲良くなれそうな人懐っこさと、

聞くだけで安心感が不思議と出てくる、そんなふところに響く地声。

今のところ、料理部の知っている人は部長以外に誰一人いない。

今こそ部活の関係を広げる時だと思い立ち、俺は胸を張って家庭科室の扉を開けた。


「たのもー」

そう俺が言いながら入室すると、藤島さんが怪訝けげんそうな目つきで、こっちをにらんでくる。

「…何急に。私の部にカチコミでもしに来たの?」

「カチコミって…。表の藤島さんじゃ、絶対そんな言葉出ないだろ」

藤島さんは、学校の時と部活の時では、見せる顔が違うのである。

学校では品行方正な女子として振舞っているが、部活では毒舌なのだ。

無論、後者の方でないと今みたいな過激な言葉は出てこない。

「お! ユーキじゃん! 新入部員ってユーキだったの!?」

そして、藤島さんの向かいに立つ、俺のことを"ユーキ"と呼ぶもう一人の女の子の正体は、

「どーもです! 同じクラスの千歳恋奈ちとせれなでーす! 今後ともよろしくっ!」

登校初日に遅刻していたその子だった。

恋奈は両手でぶいぶいと、俺に向かってピースサインをしてきた。

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