調理その三 初活動内容

4月の2週目。

とある放課後。俺は、我が部長藤島才華ふじしまさいかと一緒に家庭科室にいた。


「まずは、料理部にようこそ。こうやって、うちの部に入ってくれたことに、改めて祝福するわ」

「ああ、これからよろしくな」


運動部から一転。突然の文化部への転部。

やること成すこと180度変わり、完全にこっちはアウェイ。

藤島さんからの歓迎に若干戸惑いを感じたが、それを一切表に出すことなく、あたかも自信があるかのような反応を示した。


「それじゃ、最初に質問するけど、いいかしら?」

「おお、何だよ。そんな改まって」

何だろうか。「得意料理は何ですか?」とかだろうか。だとしたら、無論その答えは無しだ。

もしくは、「好きな食べ物は何ですか?」かな。でも料理コンテストで首位を獲得するような強豪校が、そんなサークルみたいな質問をするはずがない。そういうのは同好会でやれってことだ。

彼女が投げた質問は、

びっくりすようなほど低い声色こわいろだった。ジトっとした目つきで、こっちをにらんできている。

当然、予想の斜め上をいった質問だった。その上、「~だよね?」という付加疑問付きだ。

「は? それが何の———」

「質問に答えて」有無うむを言わさぬあつ

「お、おう」その勢いに気圧けおされたせいか、俺は日和ひよった返事になった。「唐辛子とうがらし椎茸しいたけ。あ、あれはどうも苦手だな」

そう返答すると、藤島さんは項垂うなだれながら「はああ」とため息をついた。

「え、何? 嫌いな食べ物伝えただけで失望されるのとか初めてなんですけど」

「よりにもよって味付けに欠かせない材料が苦手なのね」

「そうなの?」

「当たり前じゃない。そんなことも知らないで、うちに入部してきたの?」

「…あの、もとはと言えば、あなたが俺を誘ってきたからだと思うんですけど」目をすがめて、俺は向かいにいる黒髪の部長を軽蔑けいべつした。

「まあ、とにかく。今あなたが言ったそれらは、味付けをする上で不可欠な材料のひとつなの」

俺は説明にひとまず頷く。

「それじゃあ結城君。あなたに最初の課題を伝えてあげるわ」

「おう、何なりと言ってくれ」少しでも部活にひたむきである姿勢を見せるため、俺は前向きな言葉で返した。


「まず、

「?」


俺は、藤島さんの言っていることに理解が出来なかった。

ただ食べるだけって、それただの審査員だよね? いてもいなくっても何ら変わんないじゃん。

「それ、部活とカウントしていいの?」

「ええ、立派な部活よ。素材の味を知ることも、料理をする上で欠かせないことなの」藤島さんは、俺の質問に頷きながら答える。「一個一個の材料が組み合わさって、初めて皿にのったひとつの料理ができるのだから、当然食材の味はきちんと知っておくべきことなの。わかった?」

「そういうことか」そう教わると、確かに納得がいく。

だが、短期間で好き嫌いを無くすことは、そう簡単なことではないので、妥協だきょう案をここで言っておくことにした。

「好き嫌いを無くす事が料理をする上で大切なことは、確かに納得できた。だけど」

「だけど、何よ?」

「完全に無くすんじゃなく、『克服する』にハードル下げてくれねえかな? 唐辛子と椎茸って、俺が小さい頃から、って言っても7、8歳程度のころだがな。そんな頃からずっと苦手としてきたんだ。流石さすがに今更完全に嫌いを無くすのは、はっきり言って無理に近い」

そう俺は『頼む』とせがんばかりのポーズをとるかのように、両手を顔の前に出してこうべれた。

「…わかったわ。あなたの言うことも一理あるわね。無くすのではなく、克服するでいきましょう」

どうやら藤島さんは、俺の願いに納得してくれたようだ。

「ありがと。助かるわ」

にしても、これから毎晩、唐辛子と椎茸のフルコースを食べることになるのだろうか。

やや気乗りしないのも否定できないが、自分がこの道を目指すと決めた以上、妥協は許されない。

渾身こんしんの一皿を、にっくき親族共に食わせてやる。

俺は、そう心に決めたんだから。


「ところでさ、藤島さん。何で俺に好き嫌いがあるって分かったんだ?」

そう、最初俺に繰り出した質問。その突拍子とっぴょうしもない質問に、俺はどうしても気になったのだった。

「体型を見れば大体分かるのよ」

「…どういうことだそれ?」

「好き嫌いが無いって人は、大抵がふくよかだったり筋肉質になる傾向があるけど、逆に偏食へんしょくの人ってそれを意図的に避けて生活しているから、どうしても痩せ体型になる傾向があるのよ」

「へええ、そんなもんなのか?」

「あくまで傾向があるだけ、の話。勿論例外も存在するわ」

まあ確かに、クラスの友達に体脂肪率の低い男がいるが、そいつは肉が苦手だって言ってたな。

反対に、何でも食えるって奴は瑠唯人るいとだ。言わずもがな、筋肉質だ。あいつに食い物差し上げたら、大抵食べてくれる。残飯処理にはもってこいなのだ。

「あなたの体型を一目見た瞬間、苦手な食べ物がありそうって分かったのよ」

「まじかよ。目利めきき凄すぎだろ」彼女の目の確実さに、もう脱帽しかなかった。

「とにかく、今日から結城くん。克服、頼んだわよ」

「ああ、わかったよ」

そう言って俺は、両手を頭の後ろに組んだ。


これからは、唐辛子と椎茸のメニューがそろうのか。

わーい、嬉しいなー。何だが泣けてくるよー。

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