調理その二 クラス内のちょっとした出来事
「いや、あたしにはわからない」
俺にそう訴えかけてきた小柄の美少女は、こっちを強く
三春にはまだ何も、今回の事情については説明していなかった。
バスケ部の中では、彼女が最も関わりがあったと言ってもいい。
そんな子が、何も思わないはずが無いのだ。
「おっす、みはっち。どうした急に。何がわからないって言うんだよ」
俺はそんな、しらばっくれた反応しかできなかった。
「全部よ!」
その強い語気に、周りはたじろいでいた。
「去年の結城、すごくいきいきしててバスケやってたってのに、あれが嘘だったっていうの!? あたしは嘘だなんて思いたくない。だって、あんたのおかげで冬の大会に出場できたし、あたしも自信もってプレイすることができるようになった! ねえ、何か悩みがあるんなら聞かせてよ。あたしもあんたの弱い部分に寄り添えなかったのは申し訳なかったけど、今ならいくらでも聞いてあげるから」
何かにすがるような目つきで、三春は俺にそう駆け寄ってきた。
傍観者のようにこっちを見ている男バス部員達も、うんうんと頷いていた。さっきから調子良いよなこいつら。
さぞかし俺に悩みがあるかのような話の流れになっているが、無論そんなわけではない。
ただ単純に自分の歩む道を転換しただけの話である。ここをどう切り抜けるか。それが問題だった。
「俺は、バスケを通じてのやりたい事。まあ目標というんだろうな、うん。目標は、もう果たしたんだ」
俺はさらに言葉を続けた。
「俺にはもう、やり残したことは無い。次のステップに進むため、退部したんだ。
三春は「ふーん」と、納得したのかしてないのかよく分からない反応だった。
「じゃあその、次にやりたい事って何か教えてよ?」
「いいぜ」俺はにかっと笑ってみせた。三春相手だと、こんな表情をすることが多い。そして向こうが質問するよりも早く、その答えを口に出した。
「料理だ」
「へ?」
「何だよ、その
「ごめん。もう一回言ってくれない?」
「いや、料理だって」
そう答えた瞬間、三春は驚いたように目を丸くした。
「ゆ、結城。今一番、あんたとは縁遠い言葉を聞いた気がするんだけど」
「何だよ。俺が食いもん作ることがそんなにも意外なのか?」
「意外通り越してあり得ないって! 茨城が魅力度1位になるくらいあり得ないって!!」
「流石にそれは
「いやいや、あんた去年、調理実習の授業だけ休んでたじゃん?」
「え、ああ。そうだな」思わず痛いところをつかれて、
「そのときだけ丁度良く欠席してて、次の授業で、ピンピンして戻ってきてたじゃん。あのとき、あんたが休んだのは、もしかして壊滅的に料理できなくて、それを隠そうとしたからなのでは、って一時期
「え、何それ初耳なんですけど」俺はもう、若干テンパってしまっていた。一年前のクラスで、俺のいない間でそんな風に広まっていたのかよ。
「ま、あの結城征一郎がそんなダサいところがあるわけがないって思い始めるようになって、一週間も経たずに治まったんだけどね」
「ああ、そうだよ。俺には、そんな見劣りするようなところなんてないって」そう強がったものの、内心焦っていたのは言うまでもない。
それから三春は、
「今ならまだ間に合うから。悪いことは言わない。うちに戻ってきなよ」
その足下は、微妙に
だが、そんな可愛い犬にも惑わされることは無く、俺はその誘いには断った。
「悪いがそれはできない。もう自分で決めた道なんだ」俺は三春の手を取った。「して今日、俺は料理部に入部届を出す」
そのあまりにも衝撃的な台詞に、教室の周りがざわつき始めた。
「はっきし言って結城は、文化系より運動系のほうが間違いなく才能持っていると思うよ。それでも届出を出すの?」
「ああ。苦手なことにも挑戦しようとする姿勢が無いと、結城家で一流にはなれないんだ」
「そう。わかったわ」三春は俺の言ったことに、一応は納得しているようだった。
だが、次に放った三春の言葉は、
「でもあたしは諦めない。
「お、良いじゃん。その心意義。嫌いじゃないぜ」俺はいつもの調子良い台詞しか口に出せなかった。
三春はそう言った後、足早に俺の教室から出ていった。
それと同時に、一人の女子が入れ替わりのように入室してきた。
「おっはよー! 3組諸君…ってあれ? どうしたのみんな? ユーキの方を向いちゃって。修羅場?」
さっきからいたのかさえも分からない程、空気と化していた藤島さんは、彼女のおとぼけた様子に、皆に見えないようくすくす笑っていたのが、
女子2人から右手と左手を同時に引っ張られているような感覚。
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