フルコースⅡ 新たなる挑戦の幕開け

調理その一 新しいスクールライフの初日

藤島さんに料理部の入部宣言をした次の日、俺は男バスの顧問に退部届を提出しに行った。

今日まで部屋に吊るしていた7の背番号がついたユニフォーム。

1年目としてはやけに重荷だったその番号からも、今日から別れを告げることになる。

1年間、お疲れ。この背番号が無かったら、おそらく俺は全国レベルでの大会で名乗りあがることはできなかっただろう。

そんな思いに少しセンチメンタルになりながらも、届出と一緒にユニフォームを返却しに行った。


ちなみに届出を提出したときの顧問の反応はというと、特に止める様子も無かった。

俺の要求をすんなりと受け入れ、判子はんこを押していたのだった。

それは、もう既に俺が退部することを知っていたかのように。

あの煙草野郎。俺がこうやって言いに行く前に根回ししやがったな。


問題はその翌日のことだった。

始業前の時間に教室に入ると、俺に向けて質問攻めの声が多数寄ってきていた。


「セーイチ!! バスケ部辞めたってホントかよ!? 一体全体どうしたっていうんだよ!?」

「征ちゃん。君に一体何があったの? 退部するなんて余程のことだと思うんだけど」


…まあ、こうなるだろうなとは予想していた。

ただ、噂広まるの早過ぎだろ。届出を出した翌日で、こんなに浸透してしまうものなのか?

クラスの皆も一斉に俺の方を見ているし、少し遠くにいる3人の男バス部員にいたっては「そうだよ! 教えてくれよ!」と野次まで飛ばしている。

もう辟易へきえきすることしか出来ない。


「お前らもうちょっと落ち着け。そんな慌てることかよ」

「慌てるって! 辞めたのはホントなのか?!」

瑠唯人るいとからの問いに、俺は3秒刻んでから答えた。


「ああ、ほんとだよ」


一時の沈黙。

そして、

「「「「「ええええええええええええええ!!」」」」」

5秒程経っただろうか。俺の回答をようやく理解した瑠唯人とりょう。また外野の男バス部員の3人が、一斉に驚きの声を上げた。

「ほんとお前らどうした? そんなに驚いちゃって」

皆が皆目を丸くしていた。お前らにとって、このニュースは釘付けになるほど興味深いのかよ。

「征ちゃん。もう一度聞くけど、君の身に何が起きたの?」

その問いに、迷いなく俺はこう答えた。

「どうしたって、学校生活通じてやりたいことが出来ただけだよ」

「その征ちゃんのやりたいことこそが、バスケなのでは?」

「そうだよなあ! セーイチあんなにバスケで輝いていたっていうのによお!」瑠唯人っていっつも声デカいよなあ。たまに耳障りになるときがある。「…いや、待てよ。もしやお前、バスケ以上にやりたい事ができたんじゃないのか?」

その大きな男は、はっと目を大きく見開いてそう発言した。

こいつ。今日の瑠唯人はいつになく勘が鋭い。

いつもは声がデカいだけの単純な奴だが、時にやけにこう、頭の切れることを言ってくる。

外野の男バス部員達も「そうなのか!?」と大声で駆け寄ってきてくる。

ここは焦らしたって後で自分が後悔するパターンだ。

「ああ、瑠唯人。お前の言う通りだ」俺は嘘偽りなく、素直に答えた。「このスクールライフを通じて俺は、バスケよりもやりたい、て思うようになったことが出てきたんだ。だから俺は、それに向けて一直線で頑張るため、退部することにしたんだ」

俺の決意表明に、辺りはしんと静まり帰った。

遼は、その再び現れた沈黙を真っ先に突き破り、

「なるほどね。ま、僕はどの道に進んでも征ちゃんを応援するさ」

と、俺に納得した姿勢を見せていた。

「おうおう、セーイチファイトォ!」

瑠唯人の相変わらず威勢の良い掛け声。

男バス部員も、拍手し始めていた。

皆が皆、俺の選択に応援してくれたのだ。


だが、その時――


「いや、あたしにはわからない」

そう声を張り上げて訴えてきた美少女がいた。

その子の正体は、小さいけれど意思は強く持つ、一ノ瀬三春いちのせみはるだった。

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