調理その十六 帰り道
日立駅の上り方面のホーム。
彼女の自宅は水戸駅が最寄りらしく、俺は藤島さんを送るため、反対側の方面で電車が来るのを待ち伏せしていた。
日立から見て水戸は南側に位置し、高萩は北側に位置する。
そのため、ここ日立駅でお互い別方面の電車に乗って別れることになる。
駅のホームで電車を待っている間、俺はふとあることが気になった。
「藤島さんの実家って飲食店なんだよね?」
「ええ、そうよ」
「あのときは聞き流していたけど、実家、何て店?」
すると藤島さんは
「知らないわけ? 私の名字を聞くと大分想像がつくはずなのに」
「え、そうなの?」
俺には全く思い当たりが無かった。部長さんの名字が名前である飲食店? はて、そんなところ、あったっけな。
「和食の店よ。何も思い出せないの?」
「…はい」
もしや自分が知らなかっただけなのかと思い、縮こまった様子で俺は頷いた。
そして彼女の口から出てきたのは、こんな答えだった。
「割烹『ふじしま』、県内でも数少ない三ツ星の料亭よ」
「えっ!? 藤島さんの実家って、そんな高級の店だったの!?」
「しっ、声が大きい」
「あ、すみません」
あっけらかんと大きな声を出してしまった。
藤島さんは指を口元に当てて、声を抑えるよう制された。
「そこまで名の知れた店だったなんて…。俺何も知らなかった」
「…あなたねえ、良いとこのお坊ちゃまなんでしょ。そういうのに
藤島さんは、心底
うぅ、ぐうの音も出ねえ…。
「それに常連さんじゃないの。『結城』って、あなたの名字が予約で入ってるの、よく見かけるんだけど」
「ああ、それ多分ジジイだと思います。夜遅くに帰ってくるときは、決まって『水戸の料亭で晩酌してた』て、言ってるから」
自分の祖父が、クラスメイトの両親が経営している店に、よく足を運んでいるという事実。
それを聞いてしまうと、何だかこっちが恥ずかしくなってくる。
「あと三ツ星なんてそんな敷居の高い店、俺だって滅多に行かない。小さい頃、何かしらのお祝いで行ったくらいだ」
「あら、いくら
「うるせえ、余計なお世話だ」
俺は彼女から目を伏せながら、そう乱暴に言い放った。
一方の藤島さんは、ふふと
…あれ?
彼女、なんか性格変わってません?
俺は、さっきから藤島さんに対して、そんな違和感を覚えてならない。
ついさっきまで、優しくて
今藤島さんが俺に対して突き付けているのは、そのイメージとは全く違っている。
言葉の節々に
ちょっときつめの口調。
一言でいえば、毒舌だ。
花に例えると
美しさを兼ね備えながらも放つその毒は、まるで
まさしく、美しい花には棘がある、を地で歩くような感じ。
彼女は、そんな二面性をもった女子であるということか。
そんな風に、あらゆる憶測が俺の頭の中をぐるぐる
「さて、NINEの連絡先を交換しましょ。こうして晴れて部員になったのだから」
藤島さんが、自分のスマホを差し出してきた。
「良いぜ。何せ今日校門でやってたような荒療治はもうしなくて済むようになるからな」
先程の毒に精一杯の仕返しをするべく、俺はさっき彼女がとっていた行動を蒸し返してみた。
「ちょっと、そういうのやめなさい。また思い出しちゃうじゃないの」半ば焦った様子で言ってきた。
「ま、早いとこ交換しちまおうぜ」
「さっきからアプリ起動してるわよ」
「はいはい、今やりますよ」
俺と藤島さんは、互いに自分のQRコードを読み取り、連絡先を交換した。
それから間もなく水戸行きの電車がやってきたので、俺達は解散した。
やれやれ、今後は優等生キャラを拝める機会も減っていくのかな。
エスカレーターに乗って、ぼんやりとそんなことを思いながら、電車が走り去っていくのを俺は見届けていた。
さっきまで鮮やかなオレンジ色に染まっていた空は、いつの間にか心安らぐ
そんな青々としている空にぽつんと光る大きな三日月は、日立の街中を歩く人々にどこか幻想的な雰囲気を感じさせてくれた。
こうして俺、結城征一郎は、男子バスケ部から料理部へ
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