調理その十五 親「征」するべく、俺は…。

俺が、人の考えを変えた? 180


そんな大層たいそう責任感のしかかる行動をとった記憶が自分には無かった。

そんな風に誰かの役に立ったような、誰かの生き方を変えてくれたかのような出来事。

それが、今まで自分の身にあっただろうか。


記憶の断片だんぺんが合わさり、様々なモンタージュを脳内で再生し続けている中、藤島さんはその出来事を教えてくれた。

「もう半年近く前のことだったかしらね。水戸駅の南口で人が倒れてて、救急車の手配やAEDの準備の呼びかけ。それらを真っ先に指示していたのって誰だったっけ?」

「…あれ、見てたんだ」

「私もあの現場にいたの」

「え、いたの気付かなかった」

「別にいいわよ。問題はそこじゃないもの」


得体の知れない不透明な映像で再生されていた頭の中。それが突如形となって現れたような気分だ。

今思えばそんなこと、あったな。

去年の夏、俺が部活帰りでくたびれていたにも関わらず、野暮用があって渋々立ち寄っていた時のことだった。

あの時はすっかり外も暗くなっていた。

街行く人も残業疲れのせいか皆、顔色が悪いように見えた。

駅舎の中へ吸い込まれていくように、誰一人喋らず、足早に帰路きろ辿たどっていく人々。

そんな中、突然その均衡きんこうを崩すような事態が発生した。

俺の目線10m先で、

近くを歩いていた人は、目の前で起きていることが信じられなかったのか、ひどく疲れていて前に出ようとする気が起きなかったのか、そのどっちかは分からないが、

自発的に動こうとする人なんて、声を荒げて協力を求めようとする人なんて、そこにはいなかった。

だから、先導しようと判断したまでだったのだ。

誰かの考えを変えたとか、感動させただの、そんな立派なことをした覚えはない認識だ。


「何だか人だかりができてるなあと思って、近くに来てみれば、結城君が真ん中で、必死に応急処置の指示をしていた。学校ではお調子者で、他人よりも優れていることを誇りに思っているような結城君が、あそこでは献身けんしん的で人のために役に立とうと身を粉にして動いている結城君がいた。あなたの心の奥底には芯の優しさがある。そんな光景を目の当たりにして、考えを改めるようになった。うわべだけしか見ずに、勝手にゴミのように嫌っていた過去の自分を、後悔するようになった」

「俺のことゴミ扱いだったんですね」俺は「はは」って苦笑を浮かべた。「でもそれは、いくらなんでも買い被りすぎだ。大したことない」

「私にとっては大したことだったの。それはもう、天動説から地動説に一気に常識がひっくり返ったみたいに」


そして、

「私の言いたいことは、これ」

と、藤島さんは俺の顔に向けて右腕を振り上げ、人差し指を突き出した。



この言葉は、俺のふところを優しく、でも強く揺さぶるものとなった。

「ふ、藤島さん、何を言って…」


「結城君の本当に良いところ、それは人のために行動できるところ、

誰よりも率先して行動する頼りがいのあるところ。そして————」


そう言ってさらに言葉を続ける。

 

 特にあなたの親族は、ね」


藤島さんは、突き出していた人差し指をゆっくり降下させ、俺の胸付近で止めた。


「そのアピール。私が手助けをしてあげるから」


そして、最後に「だからね」と付け加え、俺にこんな言葉をおくってくれた。


今まで散々ののしってきた


…。

…そうだった。

思えば小さい頃からずっとそうだった。

やけに偉っそうな、かたそうな大人。そんなやからから「常識が無さすぎる」とさげすまれていた。

会社や自治体、学校等の色んな偉そうな奴らから、そう注意され続けてきた。

そのせいで俺はガキの頃から、ジジイに厳しく仕付けられてきた。

俺も俺で、そいつらを見返してやる一心で、反骨精神で勉学を極め、運動を極め、武道までも鍛えてきた。

極めたときには、もう誰が見ても教養がある、と十分言える状況には違いなかった。

だが何だ。まだ足りないと言い切るのか。

その上教養だけじゃ足りなく、更に上を目指さなくちゃいけないだと。

そして、俺が今まで目を背けて。ついに食いついてきやがるようになった。


学問極めました、武道極めました、でも家事が出来ないから駄目ですってか。

苦手なことまで習得して初めて一流ですってか。

良い年こいた大人が、往生際おうじょうぎわ悪く手の平返ししてんじぇねえよ。

弱いとこから突っついてきやがって、たちの悪いこと要求してくんじゃねえよ。


今まで散々見下してきた汚ねえ親族の輩。

められた記憶なんて全く無かったジジイ。

二度とその軽口を叩けなくさせてやる。

No.1


心臓から波のように大きな鼓動が、俺の体内で流れ込んでいき、シナプス目掛けて突き抜けていく。


俺の決意はこうして今、確固たるものとなった。


一方、伸ばした藤島さんの右腕は、わずかながら震えていた。

なのにも関わらず、表情の方は凛としていて揺らぐことが無かった。

俺は試しに彼女の腕を、そっと優しくつかんでみる。

すると、分かりやすいくらい彼女は驚いていたような挙動を見せた。

強がってんのバレバレなんだよ。


俺は掴んだ腕を放すことなく、出来る限りのはきはきした声で、こう宣言した。


「俺、結城征一郎は、

もう自然と、その言葉が流れ出ていたと断言しても良かった。

それほど俺の決意表明は、固かった。

まあ確かに、当初の目標とは大分離れてしまったがな。


当人の藤島さんは、

「…え? 今何て言ったの?」

俺の言ったことが、まるで信じられないようだった。

その様子をみて、俺は更に詳細部分まで加えて再度その決意を伝えることにした。

「俺、結城征一郎は…男子バスケ部を辞め、今から料理部の部員になります」

今度はもっとゆっくりした口調で言ってみたが、

「…あなたそれ、本気で言ってるの?」

どうやらまだ信じてないっぽいな。

「ひどいなー、藤島さん。君の想いに看過かんかされて入部しようって決めたというのに。いざ入部しますと言ったら、そうやって疑うのかい?」

「ご、ごめんね。そんなことは無いの。ただ…」

「ただ?」

「…目の前で起きていることが、信じられなくて…」

アピールは積極的にしたものの、実際に実現したとなると、本当なのかどうか疑ってしまう。そんな感じか。

そんな現実なのか夢なのか分からないような狭間はざま右往左往うおうさおうしている彼女を、現実にきちんと引き戻すべく、俺は彼女の両肩を叩いて、こう答えた。

「本気さ。俺が料理部に入部するのは」

そして、

「これからよろしく。

精一杯つくろったような笑顔で伝えた。俺は三春みたいに笑顔を上手く作れないから。


つぅーっ。

藤島さんの目からほほに掛けて、一粒ひとつぶしずくが静かにこぼれ落ちる。


「え! 藤島さん! ど、どうしたの!?」

「…ばか」

「…ばか?」

「そう! ばかって言ったの! この分からず屋! 頑固者!」

そうののしり、俺の身体をぽかぽか叩いてきた。無論痛くない。

「ちょっと、急にどうしたんだって」

「私がどんなに苦労して、あなたを入部させようとしてたか分かってないでしょ!? 本当に、本当に大変だったんだから!!」

「そ、それは…悪かった」

そこに普段の落ち着いた藤島さんは、全く見当たらなかった。

藤島さんらしからぬ、その罵倒ばとうの連続に俺はただただ謝ることしか出来なかった。

「それに、今日までに結城君を部活に誘えなかったら、名店で修行できる話も消滅だったのよ!」

「そうか。だからさっき、今日じゃないと駄目って言ってたのか」

「そういうこと! それくらい察しなさいよ、もう!」

「ええええ!! それはいくらなんでも無理だわ!」

「そうね! 今のは流石に理不尽すぎたわ!」

「藤島さん、何かテンションおかしくなってません!?」

その途端、

「…ふふっ」

遂に耐え切れなくなったのか、藤島さんが吹き出した。

「ははははっ」

俺もそれに続いて笑い出す。

お互いに衝突して、お互いに考え過ぎて、どっと疲れが出た俺達はいつもよりわら上戸じょうごになっていた。

電車がきいいと駅に停車するときに出る金属音のひずみ

僅かに聞こえてくる力強い波の音と車のエンジン音。

機械と自然が入り組んだ場所で、俺と藤島さんはお互いにけらけら笑い合った。


「これからよろしくね、結城君。私の夢に協力してくれてありがとう」

その表情は

片方の目尻からまた、雫が頬をつたう。

感情が溢れ出たことで流れたのか、はたまた笑い過ぎたことで流れたのかは、俺には一切分からなかった。

ただその表情は、とても美しかった。

まるで長い長い土砂降どしゃぶりからやっと晴れて、一杯に水滴すいてきまといながら咲き誇る満開の花のように。


そして同時に分かったことがあった。


自分は「主将キャプテン

チームプレイとなるとどうも自分しか見えなくなってしまう。

チームの統率力が無いと務まらないというのに、それが皆無かいむなのは致命傷だ。

もしかしたら、PFエースというポジションの宿命なのかもしれない。PG司令SGシューターならまだ分かるが。

更になんだよ。「主将になりたい」ってさ。そんな誰にでも言えるようなさあ、本当にありがちで、漠然ばくぜんとした望み。

「今後はこうやっていこう」という、ただの自分の行動指標ベクトルだった。

具体的に言えない望みなんて、何処かで絶対挫折ざせつするに決まってる。


また、今日部活で調子の悪かった原因も、朧気おぼろげながらも分かってきた気がする。

校長室の去り際、あのとき目に留まった彼女の悔しそうな横顔が、どうしても頭から離れられなかったんだな。

駅の本屋でばったり会って、別れ際でひた隠しにしていた何かをこらえるような表情が、目に焼き付いて仕方なかったんだな。

優雅に咲き誇ってた胡蝶蘭こちょうらんが、一片いっぺん、また一片とむなしくちぎれていく瞬間。俺はそれが見過ごせなかったんだな、と。


これは、自分を小馬鹿にしてきた祖父や親族への、俺の復讐ふくしゅうだ。

いつしか、開いた口をふさげなくさせてやるからな。


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