調理その十二 才女と並ぶ帰り道

部活仲間と更衣室で着替えながら、今日の帰り支度をする。

いつもは、彼らと1時間程度教室で談笑し合ってから校舎を出ていたが、当然そんな悠長な気分にはなれない。

皆俺の本調子が悪いことには気づいており、そっとしておいてくれたのが、せめてもの救いだった。

早々に俺は帰宅することにした。


足取りが重く、晴れない気分の中、正門を出る。


すると、

「あ、結城君。お疲れ様」

高嶺たかねの花に相応しい高貴な胡蝶蘭こちょうらんが、

「え、こんなところで何してるの、藤島さん?」

あまり彼女らしくないそのに、俺は目を丸くした。

「何って、ずっと待ってたのよ」

「誰を?」

「あなたをよ」

「は?」

思わず頓狂とんきょうな声を出してしまう。

「部活、いつ終わるのかも分からないのに?」

「ええ」

「終わった後も、仲間と残ったりするのもあり得るのに?」

「ええ、泥臭いこともいとわずやるのよ私は」

「何のために?」

「全部、結城君と話すため」

「もっと上手いやり方あったんじゃない!?」我慢できず、ツッコんだ。藤島さん、いつも落ち着いているけど、たまに抜けてるとこあるよな。「それって…今日じゃなくても良いこと?」

そう、何分俺は今、

誰とも関わらないまま、

「き、今日じゃなきゃ駄目なのっ」

彼女からの答えは否定したものだった。

だがその表情は目をつむっていて、どこか必死なようにも見えた。

藤島さんも同様に、何か辛い事情でも抱えているのだろうか。

この時は、漠然とそんなことを考えていた。


「にしても藤島さんみたいな人が、正門の前でずっと待ち続ける、とはね」

気分があまり良くないのを察しられるわけにもいかず、はにかみながら俺は話題を振った。

「何かいけないことでもあった?」

「いいや、俺にはなーんにも影響は無いんだけどさー」

「うん」

「ただ、君みたいな目立つ人がそんな奇行してて、周囲がざわついたりしなかったか?」

「え、そんなことはないと思っ……あっ」

何かに気付いたのか、藤島さんは両手を口元にあてた。

「どうしたんだい?」

俺はニヤつきながら、彼女の反応を待っていた。

「……そういえば、やけに私の周りで男子が見てきたり、女子がひそひそ話してたり、あったかも」うつむきながら彼女はそう答えた。

でしょーね。

校内でも、。そんな

「思い出すだけで、恥ずかしくなってくるわ…。普段ならこんなことしないのに」

穴の中に入りたい気分なのか、藤島さんは両手で顔を隠しながら、自分の行動を恥じていた。

「ま、他に注意できなくなるくらい切羽せっぱ詰まった事情でもあった、てことなんだよな」

俺は、あまり気にしすぎないよう彼女をなだめた。

「そう、そうなの! 私にはもう時間が無いの!」

赤くなった顔色のまま、がばっと顔をこちらに向けてきた。

「それも全部あなたのせいなのよ!」

そのまま、紅潮した顔を俺に近づけてくる。

うわっ、そう来ましたか。

急に矛先が自分に向けられたことに、思わず辟易へきえきしてしまう。

「ま、まあ。とりあえず帰りましょうか」

「ええ、そうね。とりあえず帰りましょう」

藤島さんは肩をすくめ、俺が言ったことを復唱した。

心なしか、俺の気分は少し軽くなった感じがした。


学校の近くを通る県道には橋が架かっており、橋下はかなり深い。

高いところが苦手な人には、少々きつい場所だ。

深い谷には峠のように草木溢れた自然がつまっていて、小さい川が静かな音を立てて流れている。

まるで山の中の一部を切り取ったような風景が、そこにはある。


それにしても、今日の部活は最悪だった。

今回みたいなのが長日続いてしまうと、今後のバスケに多大な影響が出てしまうことは言うまでもない。

このままだと、主将キャプテンになれないどころか、スタメンになることすらも無理になってくるだろう。

そうなると、早期引退も視野に入ってくる。

考えれば考える程、マイナス思考に陥ってくる。

せっかく藤島さんに会えて気分が少し良くなっていたのに、考えたくもない妄想が俺の脳内を支配して、再び鬱屈うっくつな気分へ引きずり落としてくる。

俺は盛大に溜息をついた。

これから俺、どうなっちゃうんだろうな。


やがて駅前にたどり着き、隣を歩いていた藤島さんがふと立ち止まった。

その目は俺に何かを聞きたそうな様子だったので、

「どうかした?」

先に自分の方から話しかけてみた。

「結城君、今日何かあったの?」

「どうしてそんなこと聞くんだい?」

俺はしらばっくれた反応しか出来なかった。

彼女の口から、ら。

「だってさっき、苦しそうな顔してたわよ」

「…そうか。俺、そんな顔してたのか」

会話していたときでは、なるべく内情を表に出さないよう気を付けていた。

だが、

藤島さんは更に続け、

「何だか皮肉ね。自己紹介のときに、『悩みがあるなら相談にのります!』って自分から言ってたのに、まさか当の本人が真っ先に悩み抱えちゃうなんて」

と、ふふと手を口元に当てながら蠱惑こわく的な笑いを見せていた。

「ま、まあな」彼女のいじりには全く反論できなかったので、俺もははと愛想笑いをした。「俺だって一人の人間なんだから、悩みの一つや二つあっても何ら不思議じゃないさ」

そう自分がちょっと格好つけた台詞を言い放った。

すると、藤島さんは「けどね」と俺にある言葉を投げつけてきた。


「まだ知り合って間もないから、『どうしたの?』なんて寄り添って聞いたりはしないよ。でも————」

「でも?」

「そんなの、?」


その時の彼女は頭を少し傾け、俺に真っ直ぐな視線を向けていた。


いつの間にか俺は、虚を突かれていた。

そっか。そうだよな。何事も前向きに考えていくことが、他でもない自分らしさなのだ。

藤島さんは、学校が始まってから4日間で、俺がどんな人か分かっていたのだ。

あまりの観察眼の良さに、俺は脱帽した。


「ありがとな。でも大丈夫だ」

そう言って俺は喋り続ける。

「偶々部活が上手くいかなかっただけだ。そんな日もある」心配ないよ、と内心自分にも言い聞かせていた。「俺みたいな買って相談役に乗った人は、逆に相談相手が作れない。今後そういった問題に直面したとしても、必ず自力で解決してみせる」

偉そうなことほざいちゃってますけど、内心めちゃくちゃ動揺してます。

シュートはともかく、ドライブまで失敗するのは人生で初めてだった。こんな事態、動揺しないほうがおかしいじゃん。

藤島さんは、

「随分自信に満ち足りているのね。その前向きな精神、半分欲しくなっちゃうわ」

と、目を丸くしていた。

どうやら動揺していることまではバレていないようだったので、少し安心した。

「ありがとう。褒め言葉として受け止めておくよ」

そう俺はお礼を言って、「あ、そういえば」と別の話題を振ることにした。

「今日あんな目立つとこで、たった一人で待ってたのって、俺に用があったからなんだよな?」

そもそも今何故藤島さんと二人で歩いているのか、その発端について聞いてみようと思ったからだ。

「何か言葉の節々に刺さるところがあるけど、その通りよ」

「じゃあ、本来の用件をここで聞かせてよ」

「あ、それは…」

いつになく煮え切らない態度をとり始めた。毅然きぜん、と直感した。

「む、向こうの海岸口の方へ行かない? こんな場所で話すのもね」

「え、別に良いけど…これから話すことって、そんなに他の人に聞かれたくないの?」

藤島さんは「うーん」と首を傾げ、

「どっちかと言えば、そうかもしれないわね」

と、苦笑いをしつつ肯定した。


そんな彼女の要望に応え、俺達は駅のコンコースを抜け、海岸口の出口を降りた。


そして大海原を一望できる展望に立ち、藤島さんは45度の深いお辞儀をしながら、こう俺に言ってきた。


「お願いします結城君。どうか料理部に入部してください」

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