調理その九 クラス替えの赤紙

「俺の教室は果たしてどこなんだろうな」

「そうそれ! あたしも気になる!」

通学路を歩き、俺と三春はこれから待ち構える高校二年生の新生活に期待を膨らませていた。

「ねえ結城、あんた何組の紙持ってんのか教えなさいよ」

「駄目だ駄目だ。教室に着くまでお楽しみにしとけ」

「ちぇー」三春はわざとらしくがっかりし、唇をとがらせていた。


俺達の通う学校では、クラス発表は公に行わない。

来年度のクラスについては、始業式の一週間くらい前に生徒一人一人の家に予め、郵送で『あなたのクラスは2年~組です。』と、まるで赤紙のように送られてくる。

どこか物騒なようにも感じるが、これはこれでスリル感がある。

始業式当日は、掲示板にも一切クラス表が貼り出されることも無い。

つまり、クラスに関して分かる情報は、各々の手元にある一枚の紙きれのみ。

実際に教室に着くまで、誰がクラスメイトになるのかは、実際に見るまで分からないのである。

自分で言うのもなんだが、俺のようにコミュ力に恵まれた生徒にとっては、なかなかいきなやり方だと感じるかもしれない。

だが今までクラスに馴染めなかった暗い生徒にとっては、地獄でしかないだろう。


校舎に入り、手前の階段を上る。

3階の踊り場まで上ると、正面に白い紙が貼り出されていた。

そこには、『2年』と書かれた大きいゴシック体と、左側を向いた大きな矢印が書かれている。

俺達は紙に書かれている通り、左に曲って廊下を歩いていった。

すると、手前から2年1組、2年2組、2年3組、2年4組の計4室の教室が、右側に順に設けられていた。

いつも通りの歩幅、いつも通りの足取りで、俺は教室のある方へ向かって歩いていく。

そんな俺とは反対に、三春は肩に力を入れて後ろからじっと見つめてきて、どこか緊張な面持ちで俺について行っている。

「…急にどうしたお前」その彼女の異様振りに、聞かずにいられなかった。

「い、いや別に何でも。構わず先行けば?」三春は全力で頭を振り、そしてどうぞと言わんばかりに、両手を差し出してきた。

その挙動不審さに、更に頭の中のはてなマークが増殖していくのだった。


2年1組の教室付近。俺は、右折しない。

どうやら三春も同じだったようで、彼女はほっとしていた。


次に2年2組。そこで俺は…右折しなかった。

三春も2年2組ではないらしく、安堵あんどの息をついて俺の後をついてくる。


次、2年3組。俺は…右折した。

そこで初めて俺は、鞄から例の赤紙を取り出し、『あなたのクラスは2年3組です。』という一文が書かれた紙を見せてみた。

三春の様子はどうだろうか。

後ろを振り向いてみると…心底がっかりした様子で俺に赤紙を見せていた。

そこには、『あなたのクラスは2年4組です。』という一文が書かれていたのだった。

「そんなぁ。今年一年はクラス別なのかぁ」

「だな。でも去年は一緒だったし、別にクラスが変わっても仲の良さは変わらねえぜ。これからもよろしくな」

「はは。そうだね」

足早に2年4組の教室に入っていった三春。最後に見せた苦笑いが、ちょっと寂しそうだった。


今日からここが、俺が今年一年間通うクラス。

2年3組の教室に入ると、黒板に貼られた座席表通りに、生徒がちらほらと席に座っていた。

まだ誰も知っている生徒はいなかった。

だが突然、背後から引き戸を開ける音が聞こえた。

そこにいたのは、身長180cm超えの巨躯きょくの男だった。

「おお! ルイ!」

俺はその男を愛称で呼んだ。

「え、セーイチ!? やったー、今年も同じクラスだー!!」

向こうも俺のことを愛称で呼んできた。

彼の名は、市原瑠唯人いちはらるいと

野球部のキャッチャーを務める縁の下の力持ちのような存在。

の異名を持つ、筋肉に恵まれた男だ。実際、見た目だけでもガタイが良いと分かる位の超筋肉質。

特に腹筋と胸筋に自信を持っているそうで、事あるごとにの字の如く割れた上半身を見せつけてくる。

その頑丈そうな腹筋に、以前俺が「プロテクター無くてもボール弾き返せんじゃない?」と冗談混じりに聞いてみたが、「そこはしっかり取り付けてプレイしている」と真面目な回答が返ってきた。スポーツに関してだけは、何とも律儀な男だ。

「今年度もよろすぃくな! セーイチ!」

「お、おう。よろしくな」

そのイラッとくる発音に少し頬がひきつったが、俺達はお互いハイタッチした。


それから数分が経ち、入室してくる生徒は次第に多くなっていく。

俺と瑠唯人の二人は、教室の後ろで今年度のクラスについて談笑し合っている。

そんな中、急に一人の容姿端麗ようしたんれいの男が俺達の仲に割り込んできた。

「やあ、征ちゃん」

その男の名は、加倉井遼かくらいりょう

陸上部に所属するさわやかな男だ。

走り高跳びを得意としており、その記録は校内でトップだという。遼の目標は県内のトップに君臨することのようだ。

クールな様子で常に落ち着いているように見えるが、誰よりも熱い心を持っている。

「お、遼じゃん。お前も3組か?」

「うん、そうだよ。それと……ルイト?」

「おいおい! 何で俺の名前出てくるの遅いの?」

「いや、ルイトって名前、めっちゃ画数多くて分かりにくいんだよね」

「いやそれ、親に対して侮辱してるやつー」

瑠唯人は、両手でびしびしと遼の胸を突っついてくる。

「にしても、俺達ほんとに久しぶりって感じがするよなあ。たかが2週間だというのに」

「うん、修了式以来だってのに、何だか長らく会ってなかった感じがするよね。して今年もクラス同じだとは思わなかった」

そう言って遼は、俺と瑠唯人に例の『2年3組です』と書かれた赤紙を見せてきた。

「また1年間、この暑苦しいお前らと一緒なのか。まあよろしくな」

「ああ。でも最初の一言は少し聞き捨てならないがな」

「ははっ、冗談だよ」

へらへら笑いながら、遼が肩をパシッと叩いてきた。

「よろしくよろしくー!!」


チャイムが鳴って数分経ち、担任が教室に入ってきた。

「おーいお前ら。朝のホームルーム始めるぞー。席つけー」

担任は、女教師だった。出席簿を肩たたきに使いながら、教壇に立って気だるげな口調で、生徒たちに着席するよう促してくる。

皆が自席に向かい始め、徐々に静かになり出していこうとするその瞬間、

「お願い、間に合ってぇーー!!」

2年3組の教室に向かって、一人の生徒が全速力で廊下を駆け出し、戸を開けてきた。

その生徒は、ショートボブのスポーティさ漂う美少女だった。

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