調理その六 タピオカミルクティーと勧誘
書店と物産店。そんな俺たちの用事も済ませ、時刻は午後5時。
そろそろお開きかというところで、藤島さんはふとこんなことを聞いてきた。
「
「そんな居酒屋に行こうみたいなテンションで言われてもな」
「え、結城くん。お酒飲んだことあるの?」
「ないわ。てか何でそんな飛躍するの? でも何処行く?」
「私タピオカ、行ってみたい!」俺の最初の問いには一切答えず、藤島さんは改札口のほぼ真向かいにあるタピオカ専門店を指さした。その時の彼女の瞳は、キラキラ輝いていた。
「俺と藤島さんって一緒にタピったりする間柄だったっけ?」
「友達関係とか気にしなくても買えるでしょ? それに端から見れば私たち付き合ってるように見えるんだし。ほら行こっ」藤島さんが俺の腕を
その足取りはやけにウキウキしているように見えたので、
「もしかして藤島さん、タピオカ飲んだこと無い?」
俺はそう問いかけてみた。
すると、藤島さんの身体が
「そ、そんなわけ、ないわよ。タピオカ、私だって飲んだことあるわよ」
「じゃあ念のため聞くけど、その飲んだことあるタピオカって何色だった?」
「白に決まってるじゃない」
「……」
うん。それ一回り以上昔のやつ。
仕方ない。流行に取り残されないよう、ここは俺が彼女の中で常識となっているタピオカをしっかり塗り直してあげるとしよう。
入店したのは、タピオカミルクティーのチェーン店として名高い『ガンチャ』。
俺たちはここで、10分ほど足を休めることにした。
ここにはウーロン茶や紅茶、緑茶をベースとした様々な味のタピオカミルクティーがある。
メニュー表を見たとき、藤島さんは「え、タピオカって黒いの!?」って驚いていた。
そりゃ頭の中が、15年以上も昔のタピオカのままなのだから、驚くのも無理はないだろう。
藤島さんが注文したのは、初心者向けのアールグレイミルクティー。
紅茶ベースで甘すぎず渋すぎず、迷ったらコレといえる定番メニューだ。
対して俺が注文したのは、黒糖ミルクティー。
定番の味を土台に、香り高い黒糖が加わった一味変わった一品だ。
芳醇な甘味が、次の一口また一口、とペースを早ませていく。
タピオカこそは無いものの、俺はここの黒糖味のミルクティーが好きで、よく注文している。
「そういえば、何で干し芋なんて欲しがってたの?」
俺は藤島さんのトートバッグからはみ出ている"それ"を指さしながら聞いてみた。
「ああこれね。創作料理に使えないかなあ、て思って」
「え、こんな戦後に食べられたような、年寄りしか食べない質素な干菓子を料理にどうやって?」
「それは、これから考えることよ」
「そのまんま食べる以外に無いでしょ。こんなの」
「あるわ、きっと」
「きっとなの?」俺は若干苦笑いをした。
「ええ。まだ見つけてないけど、もし見つけることが出来たら、その瞬間、その食材の可能性は急に拡がってくるの。例えこの何の変哲もない干菓子であってもね、いつか必ず
そう言って藤島さんは干し芋のパッケージを指さしながら、部長らしく料理の極意を語っていた。
「…申し訳ないが俺にはその感覚、イマイチ理解できん」
家事スキルを全く持たない俺にとっては、宇宙の彼方のような話だ。
だがそれでも藤島さんの熱弁は続いていく。
「それに結城くん、あなたって舌が肥えてるわよね?」
「ま、まあ平均よりはそうかもしれないけど、何か刺さるなそれ」
「ご、ごめんなさい。別に悪く言うつもりは本当に無かったのよ」
誤解を招く言い方をしてしまったことに、藤島さんは両手を横に振って謝った。
「でもそれって良いことなのよ。私達からすればプラス以外の何者でもないの。だってそこまで確かな味覚を持つ人って、大会において圧倒的な戦力になれるもの」
「……」
「勿論あなたのスキルのために、腕を磨く機会も沢山与えてあげる」
「……」
「だから、入部してみない?」
熱く語っている藤島さんに
しかし彼女の瞳は段々弱々しくなり、何かに
正直藤島さんが、ここまで自分の想いを喋ってくれたことに驚きを隠せなかった。
けど俺には、家事よりもバスケの方が気持ちが優先していた。
「悪い。その期待には応えられない」
「そっか」
彼女の反応は意外にもあっさりしていた。
だが、逆にその淡白さが俺の感情を
「今日は偶然出会っちゃって、何だか退屈しなかったわね。じゃあ私はこれで」
そう言って軽く笑い、藤島さんはタピオカミルクティーを片手に、先に店を出ていった。
それから俺は10分経っても30分経っても、
帰ろうと思い立った頃には、俺の黒糖ミルクティーの氷は全部溶けていて、味もすっかり薄くなってしまった。
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