調理その四 駅ナカでの鉢合わせ
校長室での出来事から3日後、始業式を目前に控えた日。
俺は定期的に通っている店に行くため、水戸まで行くことにした。
そのことを執事に言ってみると「お車を出しますよ」とうるさかったが、俺は「最寄り駅まで頼む」と妥協案でお願いした。
お車といってもロールスロイスであり、その上今日はまだ平日。
そんな目立つ自動車が、ビジネスマンでごった返す慌ただしい日に、更に県の中心街に出てくるとか、周りの視線が気になってしょうがない。
なのでひとまず間をとって、最寄の
電車にゆられて40分は経っただろうか。
島式ホーム型の水戸駅で降り、改札を出る。
学生たちは休みではあるが、世間はごく普通の日。
スーツ姿の男性やオフィス仕様に着込んだ女性が忙しそうに横切っていくのが見える。
ここ水戸駅は、県北のティーンエイジャーにとっては
ハンバーガーや牛丼等のファストフード店を始め、様々な店が並んでいる。
特に北口にある駅ビル「エクセル」のラインナップは豊富で、女性向けのアパレルショップに、素朴な商品がウリの×印良品、紳士服を中心に売っているオリヒメまである。
あまり衣服に関して
中でも俺が定期的に通っているその場所というのが、書店だ。5階に位置して意外と広く、雑誌関係・文学・資格・旅行・ライフスタイル・絵本等といった、ぶ厚かったり薄っぺらかったりする冊子が、AからZまで並べられているような気分にさえなる。
同じ5階には文房具屋やCDショップがあり、真ん中のエリアには
ここでコーヒーやフラペチーノを飲みながら読書に
俺は週に2回程度、ここの書店で参考書を探したり、また目につく文庫本が無いか探したりするのを日課としている。
とくに参考書においては、難関国公立・私大に合格できるにはどのような問題が解ける必要があるのかを赤本と照らし合わせ、今の自分にとって最適解である参考書はどれか、とつい真剣になって考えてしまう。
そろそろ主要科目の対策も本気で始めないとな。
そう思い立って、英語と数学の参考書について探し始めることにした。
その途端、反対側の書棚から黒髪の
少女は、B6サイズの英単語帳と赤い数学のチャート式参考書をおもむろに取り出し、俺の前を横切っていった。
俺はその
すると彼女は突然足を止め、俺の方に
「あれ、結城くんじゃない」
「藤島さん!?」俺は話しかけられるまで、彼女だったことに気付けなかった。
「こんなとこで会うなんて奇遇ね」
「ソ、ソウデスネ」3日前に会ったときとは全く雰囲気が違ったので挙動不審のあまり、ロボットみたいな片言で返してしまった。
そんな俺の様子も知らず、藤島さんはうふふと笑っている。
「もしかして、気付かなかった?」
俺は「ああ」と頷いた後、
「この前と全然雰囲気が違ったので、分かりませんでした」
と、補足した。
強豪チームの
彼女は、家事の全くできない俺を入部させ、一から教育してあげようとしている。
だが俺は、男バスで目指したい姿があるために、その要求を断った。その意志は、変わることは無い。
3日前に学校で見た藤島さんの姿は、長い黒髪をストレートに流していたが、今日の藤島さんは、また別の美しさが溢れていた。
髪はルーズサイドテールで右側に束ねており、毛先をカールに仕上げていた。
ベージュ色のオフショルダーニットを着て、黒地のロングスリットスカートを履いている。時折見せる色白い
かけている黒縁眼鏡は、フレームに赤も混じっており、
制服姿でも私服姿でも、お
花に例えると、お祝い事等において
対して俺は、Yシャツのような無地の白シャツで、下はチノパン。
髪はそれなりにワックスとヘアスプレーで整えているが、ザ・無難が服を着て歩いているかのようだ。
例えると、オオバコ。花は花でも何とも地味である。
俺は彼女のコーデに直視することが出来ないでいた。
「結城くん、どうしたの? そんな固まっちゃって」
「あ、いや、別に…」俺は、目を反らしながらの妙な反応しか出来ない。
「それ絶対何かあるときの台詞だよね」当然ながら藤島さんは、俺の異変に勘付いてしまった。
「ねえねえ。何を隠してるの?」
両手を後ろに組みながら、『く』の字のような
それはまるで、絵に描いたような女子高生のような姿だった。
露わになった肩には毛一本生えておらず、透き通るように肌が白い。
オフショルダーニットからはみ出たキャミソールがセクシーさを
一歩、二歩、三歩と近づいてくるたびに彼女から
ふつくしい。俺はその五文字の言葉が、直感で思い浮かんだ。
だから藤島さん、そんな期待に満ちたようなキラキラした瞳で、俺を見ないでくれ。
俺は、藤島さんのこれ見よがしに詰め寄ってくるアピールに、降参することにした。
「に、似合ってる、と思います…。可愛いんじゃないでしょうか」
「っ!?」
俺が素直な感想を口にすると、藤島さんの顔が急激に赤くなった。
今度は向こうが目を反らし、
「お世辞だとしても嬉しいわね。ありがとう」
と、照れながら礼を言った。もう語尾は、ぼそぼそして聞こえづらかった。
おまけに耳元を人差し指でぽりぽり
なるほど。藤島さんって意外と褒められるのに弱いのかもな。
そう思い、俺は才女を一段階口説くことが出来たぞと、満足げな表情になってみせた。
ま、お世辞じゃなく本気だったのは伏せておくか。
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