調理その三 料理部部長のお出まし

憎たらしいほどにやけたその表情。

俺は、その答えに全力で否定することしか出来なかった。

「いや、いやいやいや、それはいくらなんでも冗談が過ぎますって。料理の『り』の字も知らないような、家事を生まれてこの年まで一度もやってきたことないような自分に、大会に出場しろなんて。無理に決まってます。その上強豪校なんですよね? 完全にスパルタじゃないですか」

「すまん。これは冗談だ」

「……」

けろっとした表情で答えてきて、俺は絶句ぜっくした。

「肯定したのは、ついノリで言ってしまったんだ」

「……」

片手で手刀の形をとって謝っていたが、もう片方の手は鼻の下にあてていた。失笑しっしょうしてんのバレてんだよ。

教師を殴ったら処分される概念が無ければ、今頃鼻骨びこつ目掛けてストレートをお見舞いしていただろう。


「話を戻すか。では真の入部への目的は何なのかというと、それは全て」

話している途中で、校長は持っていた煙草を使い、俺の顔を向けて指してきた。

「お前の陳腐ちんぷな家事スキルの育成のためだ」そう言って、煙草の火を消した。

「なら、バスケ部を辞める程のことじゃないのでは?」

「残念だが退部は、嶄造ぜんぞうからの命令だ。守ってくれないとわしの首が危うい」半ば笑えない冗談をませ、校長はがっはっはと大らかに笑う。校長の首なんか俺には一切関係ないんだが。

なんなら俺が御曹司おんぞうしの権限で、お前をホントにクビにすることも出来んだぞ? いや、今回の話の中心がジジイである以上それは無理か。

「うちの祖父って、校内でそんなに地位が高いんですか?」

「高いが、校内だけではなく県内規模だ。市立・県立全ての学校において、校長以上の権威を持っている」

「え、それ本当ですか」

「ああ、本当だ。それに、個人的に嶄造とは旧知の仲であってな。儂が困っているときは、常にあいつが助け舟を出してくれていた」

「てことは、その、祖父は退、家事スキルを上げるべく

「そういうことだ」

今度は真顔で肯定してきたので、冗談では言ってないだろう。少なくとも校長は、だということが分かる。そしてという魂胆こんたんか。ふざけるのも大概たいがいにしてほしい。

「今回は特別に、お前の教育係として付きっ切りで面倒を見てくれる子がいるようだ。今から電話で、その子をここに来るよう呼び出す。ちょっと待っててくれ」

胸ポケットにしまっていたスマホを取り出し、例の子を呼びに行くために校長は廊下に出ていった。

てか校長のスマホケースうさ耳ついてんですけど。ギャップってやつかよ。

俺は校長に聞こえないギリギリの限度で、鼻で笑ってみせた。


それから5分は経っただろうか。

再び校長が入り、後に続いて一人の女子生徒が入室してきた。

見ると、その女子生徒は大層美しい少女だった。

俺はいつの間にか、すっくと長ソファから立ち上がっていた。


「自己紹介は必要か?」

「いえ、大丈夫です。彼は校内では有名人ですので私も存じ上げております」

聞き心地の良い地声で、校長の質問に淡々と答える女子生徒。楚々そそとしていて非常に様になっている。

「そうか。だが、お前の方は必要そうだな」

くるっと校長が俺の方を振り返り、あきれ笑っていた。対照的に、美少女の突然の登場にかなり驚いていて、目をぱちくりしていたからだ。

すると、女子生徒の方が俺に向かって歩み寄ってきた。

「料理部部長、藤島才華ふじしまさいかです」

そう名乗った彼女は俺に深くこうべれた。あまりの礼儀正しさに、こっちも「よ、宜しくお願いします」と、挙動不審になりながらもお辞儀してしまった。

俺は藤島さんの容姿に見惚みとれていた。背中までかかった長くて黒い髪。見ても分かるくらい、その髪質はさらりとしている。顔立ちにおいては、どの部位もマイナスといえる箇所が見当たらない。

小町娘こまちむすめとは、この娘のためだけにつけられた言葉なのではないかと錯覚する程だ。

「これからよろしくね。結城くん」

俺の視線に気づいたのか、藤島さんがくすっと笑顔を向けてきた。

その美貌に心を射抜いぬかれそうになるが、俺は寸前で打ち払うことが出来た。

何せ俺は今、。そんな簡単に、はいそうですかと受け入れてなるものかと、俺は我に返る。


「てわけだ、結城。新学期からは心機一転して、部長の指導の下、新たなスタートを踏み切ってほしい」

校長が話の締めくくりとして、言葉を加えてきた。

俺の答えは決まっていた。

「残念ですが、その要求には応えることができません」

一瞬場がこおり付いた。

それに構わず、俺は言葉を続けた。

「第一、入部しますなんて一言も言ってないです。自分には、男子バスケ部のチームで主将キャプテンになって、チーム全体を率いていきたいという夢を抱えています。大人だけの事情で、そんな簡単に目標を断たれるのはこっちも我慢なりません」

きっぱりと、このことだけは主張しておきたかった。

「そう、それなら仕方ないわね」相変わらず笑顔を絶やさぬまま、藤島さんは俺の答えを受け入れてくれた。

「校長、祖父からの要求はここまでですか。この後俺、用事がありますのでこれで失礼します」

そう言って俺は、校長室の扉を開けた。相変わらずきいんと鳴る金属音が耳障りだ。用事というのは勿論嘘。一刻も早くここから出たい欲が強まって、適当に口実をついたのだ。

「あっ、ちょっと…」

校長の呼び止めに気付き、もう一度俺は室内を見回したが、反応することなく扉を閉めて校長室を後にした。

だがその時、ひとつだけ、俺の心に強く焼きつけられた光景があった。

扉を閉めた際、藤島さんはぐっと口を強くつぐんでいて、


何でお前がそんな顔するんだよ。

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