第4話 みつけたりんご

 どこか横道に入ってしまったのだろうか。

 見失ってしまったことに焦りを感じる。


「東雲さん! コウキ君がどこに行ったか、見てませんでしたか?」


 減っていく信号機のランプをそわそわと眺めつつ訊いてみる。


「トラックが過ぎたあとにはもう見えなかったぞ。まあ、そう焦るなって」

「だって……親御さんもきっと心配してる……」


 のんびりとも思える声に振り向けば、面白がっているような瞳が見下ろしていて、カチンとくる。


「小さい子は何するかわからないんだから!」

「て言っても、コーキはリンゴを買いたいんだろ?」

「え? ……そ、そう、だけど」


 オレンジの看板のスーパーまで行けば会えると言いたいのだろうか。ここから見える看板には矢印の横に「3km」と記されている。道なりに進むだけだとしても、大きな交差点もあるし、やはり心配だ。

 戸惑う私の背を軽く押して、東雲さんは笑った。


「ほら、信号変わったぞ」


 押し出されるようにして歩き出したけれど、どこか納得がいかない。東雲さんの足取りは子供のそれと変わりなく思えた。

 もどかしい。


「私、先を見てきます」


 走り出そうとするのを、肘を引かれて止められる。


「だから、焦んなって」


 東雲さんが落ち着きすぎなんです!

 口を開きかけた私は、彼の手が少し先を指していることに気が付いた。


「コーキはたぶん、そこに居るから」


 アパートかマンションのような建物の一階。緑の小さなひさしがあるものの、並んだガラス戸はぴったりと閉じていて、内側にカーテンがひかれている。

 どうしてそんなに自信たっぷりなのか判らなくて、思わず眉をしかめてしまった。


「あー、ほら。また信用してない。慎重なのは悪くないけど、俺、テリちゃんに悪いことしてないでしょう?」


 そうだけど、そうじゃないっていうか。

 最初に詐欺師だと名乗った人物が、大好きな作品を書いた作者だなんて、事実だとしてもちょっと信じきれないんだよね。書いているところを見たわけでもないし。カフェでコーヒーなんて淹れてるし。サインなんて、他人でも出来るんだし。

 東雲さんは諦めたように一息つくと、その建物へと向かった。


「おじさーん。入るぞー」


 真ん中の引き戸は簡単に開いた。暖簾をくぐるようにカーテンを押さえて、東雲さんは私を手招きする。仕方なく後に続けば、ごちゃごちゃとした狭い空間の中で、こちらを振り向いたコウキ君の姿が見えた。




 そこは青果店のようだった。

 陳列棚には数種類の野菜が並んでいるが、ほとんどが空だ。カップ麺や缶詰が端の方に積み上げられていて、コウキ君はレジの前で丸椅子に座ってリンゴを持っていた。青いリュックはレジカウンターの上。傍に立っているお爺さんは、ちょっと苦笑いしている。


「助かったよ。休みなのに悪いな」

「かまわないけどな。足止めして正解だぞ」


 お爺さんはカウンターの上からひょいと何かをつまみ上げて、東雲さんへと振って見せた。

 歩み寄った東雲さんが、受け取って喉の奥で笑う。


「ああ……なるほど。あとで払うよ。急いで出てきたから、財布置いてきた」


 気になって覗き込んだ東雲さんの手には、キャラクターのイラストがついたお札が。

 それじゃあ、大きなスーパーではきっと売ってくれなかっただろうなぁ。

 コウキ君の手の中の真っ赤なリンゴを見下ろして、ちょっとほっとする。

 コウキ君は、そのリンゴを大事そうにリュックの中にしまうと、また器用にそれを背負った。ちらと見えたリュックの中身は、折り紙で作った手裏剣や鶴、ミニカーに電車、小さなぬいぐるみ、そしておもちゃのお札が雑多に詰まっていた。


「コーキ、お金ちょっと多いみたいだ。しまってやるから、後ろ向け」

「そうなの? とったらだめだからな!」

「わかってるって」


 素直に後ろを向いたコウキ君の、リュックの外側のポケットの方を開けて、東雲さんは一枚のカードのようなものを取り出した。少しの間目を走らせて、おもちゃのお札と一緒にすぐに元の場所へと戻す。


「よーし。ちゃんと落とさないようにしまったぞ! 良かったな。あとは帰るだけだ」

「うん!」


 やり切った笑顔を見せたコウキ君だったけど、そのお店を出た途端、足を止めて泣きそうな顔になってしまったのだった。



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