第54話 だらしなさ全開の願望

「いや、普通だと思うよ?」

「お店のお客さんに休みの日って聞くものですか?」

ゴルフ行ったりすることもあるんだし普通じゃないの?と返す。ママは黙って若と私のやり取りを見ている。

「そういう営業的なやつじゃなくて、完全にプライベートの約束でしたよね?」

そこは触れてくれずにスルーしてくれよ、と手元のグラスに視線を移す。さて、どうしたものかと思案していると、

「石橋さん、ママのお気に入りなんだよ。」

と山中が若に説明した。そうなの、お気に入りだしウチの店で働いて欲しくてね、とママのフォローも入る。

「石橋さん、凄いですね。」

単純に私を尊敬していると言うより、「憧れ」や「好意」に近い感情が若から伝わってきた。この場をどうにかやり過ごそうと、あはは、私レベルならザラにいるよ、と薄っぺらい笑いを発する。若のことは嫌いではないが、恋愛関係になることはない。彼の中で私への好意が確信に至ることは避けたかった。


私の反応がイマイチだったせいか、その後は若もお姉様に気に入ってもらえるよう頑張れ、まずは女性に慣れるべき、そんな会話が繰り広げられた。私は挙動不審な若を揶揄う山中たちの笑い声をBGMにしながら、先程のママとのやり取りを反芻する。

これまで初対面の方の場合、「ネコ(受け)」役に徹することが多かったが、ママと言い、No.1キャストと言い、「タチ(攻め)」を所望しているようで、自分も歳を取って変わったのかな、などと考える。幸いにもどちらでも美味しく頂けるタイプなので問題はないのだが、プロの美人さん方に求められるのはある程度人間が出来ていないと難しいのでは?と若干天狗になりかけていた。


あっという間に閉店時間となり、解散となる。エレベーターに乗り込む我々に、ママがまた来てね、と挨拶をする。ドアを手で押さえ、最後に乗り込もうとした時、ふと腕が引かれ、

「連絡するね、おやすみ。」

と耳元で囁くママの声が聞こえた。このシチュエーションだけで濡れそうです、連絡待ってます、と視線で返し、エレベーターに乗り【閉】ボタンを押す。


この店で飲むのは3回目だが、毎回ママやNo.1キャストの挙動に振り回されてしまう。ちなみに、他のキャストからはそう言ったアプローチは受けていない。これから先、どちらとどうなってしまうのか、年甲斐もなくワクワクしている自分がいる。そして性格の悪いことに、できればどちらともそうなりたいな、と願っている自分がいる。現実には、どちらかとセックスすることになれば、もう片方と同時進行的な営みは控えた方が良いだろう。表沙汰にならなくても、事を荒立たない方が良いことは何となく理解している。自分自身の身を守るためでもある。


願わくば、両者公認の下、性欲を満たし合える関係になりたいものだ。

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