第53話 視姦

ママはそれぞれの知人男性に自らの名刺を渡し、ちょっとした自己紹介をしている。今日の彼女は胸元が大きく開いた黒のタイトなドレスという装いで、純朴そうな見た目の私の知人、彼は老舗割烹店の跡取りなのだが、彼が目のやり場に困っている様子が垣間見えた。

「ママ、この子、◯◯の若なんだ。」

山中がママに私の知人もとい若旦那を紹介する。

「あらぁ、そうなの?おいくつ?」

よくある会話が繰り広げられるテーブル。私は黙って話を聞いている。すると山中が自らの腹を叩きながら、

「それよりママ、ちょっと太ったんじゃない?」

とママの腹部に視線を移す。そうなのよ、と腹の肉をつまむ仕草をする彼女だが、決して太ってはいない。至って普通の体型だと思う。

「私、デブだから」

「そんなことないです。普通です。」

ママが言い終わらないうちに発言を被せてしまった。

こちらを見る一同。

改めて、ワントーン声を落として言う。

「ママは、デブではないです。ママがデブだったら、世の中の女性はかなりデブになってしまいます。」

「あやちゃん、優しいー。」

ママがこちらに笑顔を向ける。いやいや、事実ですから、と視線で返す。

「ホントいい子だわぁ。来月からうちで働こ?」

「副業ダメって言われましたからねぇ。でも、ありがたいです。初めは、『リップサービスにも程がある。』って思ったんですけど、この前来た時、お店混んでた時ですね、キャストさんがひっきりなしにママに耳打ちしに来て、瞬時にフロアの状況確認して指示出してお店回してるの見て、かっこよかったですし、『こんな方にどんな形であれスカウトして頂けたなんて。』って、凄く嬉しかったです。」

「良く見てるね、別に大した話はしてないんだけど。あぁ、ますますウチに欲しくなっちゃうなぁ。」

ママが笑顔で私を見ている。

「内容は知りませんが、大なり小なり、重要な話をしてたと思いますよ。キャストさんとの視線が店の代表とスタッフのそれでしたもん。私も仕事柄、色々な人に会いますけど、ママは仕事のできる、優秀な切れ者だと思ってます。」

「優秀じゃないよ、頭悪いし。」

真剣な話を伝えたい時は、その人の瞳の奥に訴えかけるように話す−−これは私の鉄則なのだが、この時もそうしていた。

「優秀かどうかって、別に勉強の不出来や頭脳の問題じゃないと思うんですよね。社会人について言えば、上に立つ人が頼りなくても、しょうもなくても、結果的に事業が継続できるかどうかだと思うんです。ママは…そうですね。仕事ができるだけじゃなくて、キャストさんから尊敬と信頼、愛されているのが良くわかります。『この人は上に立つべき人間だ。』って納得しちゃうんですよね。」

一気に話したせいか、喉が渇く。ビールを流し込む私の耳に、くぐもったママの声が聞こえた。

「あぁ、もうホント…どうしよう。そんなこと言われたら、グチャグチャにしたい。いや、私がグチャグチャにされるんだっけ。」

彼女の瞳に、マッチの火のような小さな炎が点火したことが見て取れた。あぁ、ずっとその目を見ていたい。その種火がキャンプファイヤーよろしく燃え上がるように、焚き付けたい。私もあなたのこと、グチャグチャにしたいです。何なら、犯したいです。−−視線だけで彼女の下腹部が疼くように、じっとりと見つめ返す。

「あやちゃんは、土日休みなの?」

そうです、と返答する。

「うちで働くのが無理なら、例えば休みの日に…その…遊ぶとかは、どう?」

ママが遠慮がちに尋ねてきた。

「それでしたらいつでも大歓迎ですよ。」

「連絡、しても良い?」

「もちろん。いつでも連絡下さい。」

美人で凄みのある「店のママ」としての表情がどんどん剥がれ落ち、「ただの女」になっていく様子に肌が粟立つ。奉仕を通り越して加虐心に染められそうになったその時、割烹店の若の一言により現実に戻された。


「石橋さんって、すごいママに好かれてるんですね。」


もう少し、彼女を視姦していたかったのだが…真面目で純朴、おまけに私に恋心を抱いている青年には、私の「情念だだ漏れの視線」は刺激が強かったのかもしれない。

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