第49話 理性が飛ぶ寸前で
(店の中を移動するだけなのに、手を繋ぐ必要性があるんだろうか?)
そんなことを考えながら、キャスト不在の席まで歩く。
「こんばんはー。お待たせしてごめんなさいね、この子も一緒でいい?」
No.1キャストが男性2名に窺うと、
「あれ?見たことあるね。」
と恰幅の良い男性が私を見て言った。
「え?お会いしたことありましたっけ?」
私は人の顔と名前をほとんど覚えられないので、またやったか?と不安になる。
「会ったことはない。」
あぁ良かった、ではどこで?と立ったままフリーズする私。女の営業マンで変わった経歴ということもあり、メディア媒体に取り上げられる機会がまぁまぁある方なので、そっち方面だと推察する。結果は当たりだった。
そこで、私の仕事スイッチが入る。そうだったんですね、初めまして、と挨拶をしていると突然、
「やっぱり席に戻っていいよ。ごめんね。」
とNo.1キャストの口から放たれた。何か悪いことをしたんだろうか?連れられてきたのに…と訝しがっていると、再び手を引かれ、元の席に戻される。全く意味がわからない。
(??)
煮え切らないものを抱えつつ、再び元のテーブルの面子と談笑する。No.1キャストは先程のテーブル席に着いたようだ。戻った席にはママはおらず、代わりに若いキャストが投入されていた。
そのまま時は過ぎ、トイレに行こうと席を立つ。若いキャストが入口の反対側ですよ、と教えてくれたので入口まで向かったものの、ドアが数個あり、どこがトイレか分からなかった。
その時、再び握られる右手。
驚いてその方を見ると、先程、私の手を引いて歩いたNo.1キャストが私を見ている。
「どこ行きたいの?」
果たして手を握る必要性があるのか、と言う疑問を頭の片隅に追いやり、トイレがどのドアが分からない旨を伝える。
「こっちだよ。」
そのまま身体を押されながら、一番奥のドアまで案内される。
用を足し席に戻ると、テーブルの面子はかなり良い仕上がりに酔っていた。そこから1時間は過ぎただろうか。気がつくと我々ともう1組しか客はいない。ママが閉店を告げに来たので帰る前にトイレへ、と席を立つ。ところが私も酔いが回ったのか、トイレのドアがどれか分からなくなってしまった。
そこにやってきたのは、No.1キャストだった。さっきも行ったじゃん、こっちだよ、と私の手を握り、肩に手を掛ける。流石に私も、
「ありがとうございます。でも何かエッチですね、お姉さん。ドキドキしちゃいますよ。」
と口に出してしまう。ホント?とこちらを窺うお姉様に悪戯心が湧いたものの、閉店時間を迎えたこともあり早々に用を足す。
トイレを出ると、No.1キャストが私を待っていた。待っててくれたんですか、と歩みを進めようとした時、トイレのドアに身体を押し付けられた。
「…ママがいいの?」
耳元に彼女の吐息が掛かる。
へ?と情けない声が出たところで、再び追い討ちが掛かる。
「…私はどう?」
(どう?って…何だこの状況。お水のお姉様って、この手のタイプが多いのか?と言うか近い近い、顔が近い!)と何も言えずに口をパクパクしていると、遠くで「石橋はー?トイレー?」と聞こえて来た。
「…えっと、戻らなきゃ」
言い終わらないうちに、私の口に彼女の指が触れ、細い指が入って来た。
「唇、柔らかいね。キスしたくなる。」
「んっ、ひょっと、何して」
「ダメ?」
ちょっと待って下さい、何が何やら…と混乱しながらも彼女の両肩に手を置き、自分の身体から引き剥がす。
「…戻りましょう、皆さんをお待たせしちゃってます。」
彼女の顔を見られないまま、テーブル席に戻ると既に皆、帰り支度が済んでいた。
「お待たせして申し訳ありません。」
お待たせしたことを詫び、ママと連れ立って歩く面子の一番後ろに着く。
店を出るまで、私の右手はNo.1キャストに握られていた。
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