第34話 キョウキ
「落ち着きました。ごめんなさい。ありがとうございます。」
斉藤の隣に静かに座り、ミネラルウォーターをゴクリと飲む。
「落ち着いたなら良かった。」
「それで…あの。」
そう口に出すと、斉藤が無言でこちらを見た。
「話したかったことなんですけど、どこから話せば良いのか…。」
言葉に詰まり、彼女から目を逸らす。なんて不甲斐ない結果だろう。何のためにシャワーを浴びて来たのか。
「いいよ、どこからでも。ここまで来たんだから、聞くよ。」
以前のような優しい声とはまた違う、凛としていて、静かに流れる清流のような声が、心に染み入った。
「ありがとうございます。支離滅裂かもしれないですけど、思ってること話します。」
斉藤の左手が細いタバコの火を灰皿に押し付けたところで意を決し、彼女の目を見つめる。
「まず、毎日聖子さんのこと考えてました。会いたかったです。」
「今日、久しぶりに会えて、舞い上がりました。でも聖子さん、目も合わせてくれないし、全然話せなくて、落ち込みました。」
彼女から、はぁ、というため息が漏れた。
「それで、私、気付いたんです。これって、こ」
「ストップ。」
次の言葉を言い掛けたまま、フリーズする私。彼女が続けた。
「聞くって言ったけど、ごめん。気のせいだから、それ。」
「まだ最後まで言ってないじゃないですか。」
「そうだね。じゃあ、『恋』って言うつもりだったなら、気のせいだから。」
真っ直ぐに私の目を見て放たれた言葉に、二の句が継げず、重い沈黙が流れる。
「聖子さんに私の気持ちまで否定される覚えはないです。」
「否定はしてない。気のせいだよって言っただけ。」
「『気のせい』って言われるの、何か嫌です。」
無言で目を逸らし、明後日の方を見つめる彼女の方に身体を向けた。
「聖子さん。今、わかりました。これは、恋心です。私は聖子さんのことが、好きなんです。」
彼女が細い箱から最後の一本を取り出した。火を付けて、フッと煙を吐く。
「あぁもう…。だから言ったのに…。」
再び数刻の沈黙が流れる。
「ねぇ、その目、自覚ないかもしれないけど、キョウキだから。」
凶器?狂気?以前、誰かに似たようなことを指摘された気がして、一瞬考えあぐねた。が、改めて狂気的に凶器を振るうべく、彼女の両肩に手を添え、こちらを向かせた。
「私、あなたのことが、大切なんです。」
彼女が私の目を見るまで数秒待ち、声のトーンを下げ、静かに告げた。
「聖子さん、好きなんです。あなたのことが。」
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