第11話 ワインレッドの口元

デザート以外の食べ物が出尽くした頃合いで、今回転勤する社員が各テーブルを回り始めた。女性ばかりの職場なので、手拍子と共にグラスを空にするような会ではなく、穏やかな時間が流れた。

そのタイミングで、1人また1人と席を移動する者が現れ、最終的に私たちの2人掛けのソファーには、岡と、新たに移動してきた谷藤の3人で座る格好となった。


「ごめんねぇ、狭いでしょう?」

谷藤は申し訳なさそうな表情で詫びるが、岡は「いえいえ、問題ないですよ。皆で乾杯しましょう。」とグラスを差し出す。私も異論はなく、それに続いた。乾杯の後、岡は社員らしく、仕事で困ったことや辛いことはないかなど、谷藤に尋ねる。私は岡と谷藤のやり取りに適当に相槌を打ちつつ、普段とは違う、社会人の飲み会独特の空気感を味わっていた。


「石橋さんって、A大生よね?普段はどういう勉強してるの?」

谷藤から唐突に話題を振られ、学部・学科・専攻について、いつも通りの台詞で説明をする。その間、谷藤は「すごいわぁ。」、「将来が楽しみねぇ。」といった具合で熱心に耳を傾けていた。その流れで、私がバイトを掛け持ちしている話になり、就職する前に語学留学を兼ねた旅に出たいこと、その渡航費のためのバイト掛け持ちだと説明した。

「頑張ってて尊敬するわ、素敵ねぇ。」

谷藤が私の右手を両手で握りしめる。岡も、

「そうなんですよぉ、イッシー頑張ってて偉いんですよー!」

と、私の頭をわしゃわしゃ撫で回す。


やめて下さいよぉ、ボサボサじゃないですかぁ、と髪を直しながら、

「そういえば、谷藤さんはどうしてここのスタッフを?」

と尋ねる。すると、意外な答えが返ってきた。

「時間を持て余してて。今まで花屋とか、服屋とか、あとは輸入雑貨店か、で働いてみたけど、あんまり続かなかったかな。今のところは時給が良かったのと、オープニングスタッフだったから何となく応募して、受かって。未経験の業種だけど、何だかんだで一番続いてるかも。」

「新拠点立ち上げから、もうすぐ一年経ちますからね。」

あれ、もうそんなに経つっけかぁと岡を見やる。谷藤も時が経つのは早いねぇ、と赤ワインに口をつける。

「覚えてないかもだけど、当初はオープニングスタッフ、20人いたんだからね。それが今じゃ、お二人と、ハマちゃん。」

岡の視線の先を辿ると、唯一の男性スタッフ「ハマちゃん」が奥のテーブルでグデングデンになっていた。


「どういう基準で残ったんでしょうね、我々と、あのハマちゃん。」

岡は冷えたフライドポテトを咥えながら、首を傾げる。

「淑女と、煮過ぎたはんぺんと…イモのトリオって感じですね。何も共通点ないや。」


ワインと同じ色の口紅の淑女を、ぼーっと見つめる。生意気にも、もっと淑女らしさが活かせる場所があるだろうに、なんて考えながら。

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