第6話 逆アフター
「ママ、この子、ウチの店に欲しいわ。こんなに盛り上げ上手な子も、なかなかいないわ。」
「やっぱりそうでしょう?私もそう思って声は掛けたんだけどね…。」
帰る前にトイレに行くと言い残し、席を立った山中不在のテーブルで繰り広げられる会話。
「買い被り過ぎですよ。でも、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます。」
「ママも私もお世辞でこんなこと言ったりしないから。ママは寧ろ正直過ぎるくらいだから。」
本当にそうなのだろう。「そういう人」であろうことはママの佇まいから容易に推察できた。でも、だとすると…。氷の溶けたグラスの中身を一気に煽ると、山中がトイレから出てきた。席を立った私に、ママがそっと耳打ちする。
「山中さんタクシーに乗せたら、戻っていらっしゃい。貴女まだ飲めるでしょう?あの子はもう上がるから。」
ママ、本気ですか?わかりましたよ、今日はとことんやりましょう、とアイコンタクトを交わし、店を出た。
店に戻ると、薄暗い店内で、ママが1人、カウンターの中で何かの事務作業をしていた。私を確認するとカウンターから出て、灰皿と水割りが用意されているカウンターの椅子を引く。そこに座りタバコに火をつけると、背後でガラガラガラと、シャッターの閉まる音がした。ママが左隣に座った所でふぅっと煙を吐き出し、
「いやぁ、楽しい夜でしたね。」
そう言うと、
「楽しい夜で『した』?」
「いえ、楽しい夜で『す』。」
ふふっと笑いながら、小さく乾杯をする。
山中さん酔っ払ってましたね、南さん今日も仕事なんて忙しいのね、そんな当たり障りのないやり取りの後、
「ところで、石橋さんって、女性からもモテるでしょう?」
ママがじっとこちらを見つめる。−−また、その目だ。瞳の奥から湧き上がるマグマの熱に浮かされ、思わず視線を手元のグラスに移す。
「女性から『も』と言うか、男性からも女性からもモテた認識はないんですが、そうですね…普通の女性よりかは、女性からの需要はあるかもしれないですね。…ママは?」
「…気持ちいいわよね、女同士って。」
ははぁ、エッチだなぁママ。あんまり挑発されると困っちゃいますよ。そう答えながらグラスの脇腹を親指でなぞっていると、灰皿の煙がゆらりと揺蕩った。
「ちょっ…!」
ママの右手が、自分の左手の上に重ねられた。数秒の沈黙の後、ゴクリ、と自分の喉が鳴る音が響いたように感じた。
「手、キレイね。指も長いし。」
私より幾分か骨ばったママの指が、私の指をいやらしくなぞる。
「ママ、これ、もはや前戯ですよ。そんなことされたら、さすがに私も欲情しちゃいますよ。」
ママの手を取り、ドッドッドッドッと早打ちする自分の左胸に押し付ける。
「…欲情、させたいんですか?」
これまで私を動揺させるだけだったママの力強い目に、戸惑いと期待が垣間見えた。
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