第5話 コール&レスポンス

「山中さん、違うの。見て!この子、メガネ取ったらこんなに可愛いの。」

「どれ〜って、うわ、石橋さん、目の下のクマ凄いな!」

「そうなんです!だからメガネ必須で…。」

慌ててウォール・ストーンブリッジを奪還する。冗談抜きで、私はクマが酷い。今回は事情がありほぼスッピンだったが、普段は下地、コンシーラー、パウダーを駆使して目立たなくしているだけなのだ。それをよく「可愛い」と言えるな、と右隣の美人に一瞥をくれた。その視線の先から、メガネない方が可愛いのに、と再度主張される。悪意は全くないことがひしひしと伝わった。


「それより石橋さん、何か歌ってよ!俺も入れるからさ!」

そう言うと、山中はいつの間にか手元にあったデンモクを私に差し出した。

「えー、聞きたーい!」

山中の隣のキャストがマイクを私の前にコトリと置いた。ママとのお話しタイムは終了かな、次回はいつ来れるかな、などと考えながら、仕事柄身に付けた「スナックレパートリー」の中から、良く言えば無難な、悪く言えば少々聞き飽きた曲を選曲した。


数曲ほど交互に歌い、山中のターンが終わったところで、ママから閉店時間だと告げられた。

「よーし、最後は石橋さんの曲で締めよう。」

トリを任され、はて、どんな感じで締めようかと思案する。スナックに行き慣れた山中、ママとキャスト相手にありきたりな曲で締めても面白くなかろう。おそらく私と同世代のキャスト、年上と思われるが差ほど離れてなさそうな見た目のママ。ママとキャストが盛り上がれそうで尚且つ、スナックではあまり聞く機会がなさそうな曲にしよう。さらに前奏が始まる直前に盛り上がれるよう、選曲送信時に表示されるタイトルだけでは何かわからない曲にしよう。相手に自分のことを印象付けたい、楽しい人と思われたい性格ゆえ、そんなことを考えながら【送信】をタップした。


−−結論から言うと、策は驚くほどハマった。


選曲送信時に表示された英語のタイトルでは、全員が(??)といった表情だった。しかし、画面が切り替わり、タイトルと歌手名(女性)が表示された時点で、ママもキャストも大興奮。さらにライブ映像だったことも功を奏し、間奏の合間にアテレコしたコール&レスポンスにも(営業だとしても)全力で応えてくれるほど、大いに盛り上がったのである。


…山中を除き。


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