第4話 防壁突破

ママが投下した爆弾が鎮火し、店に残る客が我々だけになったタイミングで、南が「明日仕事なので。」と解散を宣言した。

「ほら、社長も帰りますよ。」

「俺はまだ帰らないから鷹取だけ帰れ〜。石橋さんは残るでしょ〜?夜はまだまだこれからでしょ〜!」

という山中の一声で残留となった。


山中は強制しているわけでもなく、別に帰っても咎められることはなかった。しかし、ママともっと一緒にいたい、帰りたくない、という思いが勝った。他に客がいなくなったことで山中の隣には私と同世代と思しきキャスト、私の隣にはママが付くという、あまりにも都合良く運んだ事に、喝を入れたばかりの表情筋が緩む。


水割りを喉に流しながら、改めて彼女の横顔を盗み見る。さすがはスナックの経営者、整った顔立ちをしているのは言うまでもない。目立ったシワが確認できず、年上なのは間違いないだろうが、自分との差は明察できない。力強い目からは、数々の修羅場を乗り越えて来たような凄みが感じられる。

こんな女性が、初対面の年下の女を揶揄ったり試したりするんだろうか?でも本気なわけがあるんだろうか?と、動画サイトの如く疑問が右から左へ流れて行く。

唇だけは、直視できなかった。


「やっと落ち着いてお話しできるね。」


避けていた唇から、静かに放たれる声。


「本当に可愛い顔。」

いやいや何を仰いますか、ママの方が何百倍も可愛いし麗しい!ごめんなさい営業のくせしてこんなにボロボロで!−−普段ならこんな台詞が口を衝くだろう。もちろんこれはこれで本心だ。ところが、

「っ…ちょっと!あんまり見ないで下さいっ…!」

と、両手で顔を覆うのが自分にできる精一杯だった。


「隠さないで。もっと見せて。」


顔を覆っていた手がママの右手に捕らえられ、左手で顎を固定される。

「ちょっ…!近い近い近いっ!」

敬語を使う余裕もなく、かろうじて目線だけはカーペットを行ったり来たりする状況に。


「メガネ、取っていい?」


答える隙もなく外される、スッピンの最終防壁。私とカーペットの間に入ってくる、悪戯じみた力強い目。ドッドッドッドッと早打ちする心臓。あれだけ避けてきたのに、つい開きかけた唇を直視してしまった。

(あぁ、もうダメだ…。)と全私が白旗を上げようとしたその瞬間、救いの一声が掛かる。


「またそこでイチャイチャして〜。」

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