第3話 オープンハンティング
カウンターの客がカラオケを歌い始めると、談笑響く店内の雰囲気が幾分か落ち着き始めた。反対側のテーブルでデンモクが回されているのが視界に入り、こちらのテーブルもそろそろカラオケタイムかなぁ、などと考えていた時だった。
「石橋さんって、今何年目なの?」
テーブル越しにママが質問する。また山中にヤジられるかと視線を左にずらすと、気持ち良く酔っ払っていることが確認できた。
「今の会社ですか?えーっと、7年目だったかと。」
「もうそんなに経つっけ?」
隣の南がピスタチオの殻を割りながら入る。
「『今の会社』ってことは石橋さん、転職されたんですか?」
鷹取がこちらを窺う。
「そうなんですよ。」
「ちなみに以前は何を…?」
仕事をする上で、社外の人間とプライベートな話をする機会は限定的だ。あくまで私の場合だが、今日の昼は何を食べたとか、休みの日に訪れた観光地の話だとか、大体そんな具合である。なので、私は相手と距離が縮まる飲みの席が好きだ。
「大学時代にバイトしてた会社で、そのまま社員になりました。でもホームシックになって、帰ってきちゃいました。」
「今のお仕事好きなの?」
ママってば私の過去に興味なさすぎでは?というか、お取引先様と常務がいる前で何て質問を!と咽せる私。
「今の仕事はですね、最近、好きになってきました。実は営業に異動してまだ3年目なんです。少しずつわかってきて、それでって感じですね。」
えーっ、そうなんですか?と鷹取が身を乗り出すのも構わずママは続ける。
「そうなんだ…うーん…そうかぁ…。一応聞くんだけど、ウチで働かない?」
一同、ママを見る。
そして、私を見る。
「石橋さんなら、時給○千円出すよ?」
山中と鷹取は「おぉ!」、「いいじゃん!」「いや石橋さんいないと困るか。」、「でもドレスの石橋さん見たいな!」と、南は「何だそれ、羨ましいな!いや困るけども。羨ましい!いや困る!」と、我々はこの日一番の盛り上がりを見せた。
「いやいや、恐れ多いですよ…。それに今のところ退職の予定はないです。」
心から有難く、恐れ多いと思った。そしてこの調子ではいつまでも気持ち良く酔えないじゃないか、とも思った。
「ちなみに御社、副業は…。」
「ダメです。夜の仕事は、確実にダメ。」
南はそう言うと、ダメだからな、何かまんざらでもない顔してるけどダメだからな、と念を押してきた。
表情筋に、喝が必要だ。
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