第4話 採用試験をぶっ壊す
試験は午前中に筆記、午後に実技(戦闘力試験)となっている。筆記は一般常識、数学、魔法学の3科目。午後の実技は教官相手の一騎打ちだ。 午前の試験は正直楽勝で、最低でも8割は取れているだろう、といった出来。
ただ、午後の試験はそうもいかない。闘技室と呼ばれる、30メートル立方程の部屋の中央に佇む男は、パッと見180センチを超える大男。線は細いが、これまでの殺陣をほとんどシャリーとしかやっていない俺としては、攻撃の重さには注意するべきだろう。また、目つきや構えからも、あまり隙は感じられない。そもそもレベルの違う相手とみて間違いない。ルール上、魔法の行使も認められているから、何とか隙を生み出したいところ。
「受験者221、私が今回の実技の相手を担当するエクラール大尉だ。短い間だが、よろしく頼む。」
軍人らしい整った礼を受ける。一庶民に過ぎない受験者にすらこの対応をするあたり、人格も品性も優れた人物なのだろう。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。」
俺が礼を返すと、それを待っていたように審判が笛を鳴らした。開始の合図だった。
合わせたことの無い相手に、俺ができることは少ない。間合いや癖を短時間で見抜けるような訓練もしていない。なら、合わせる時間をできるだけ少なくする、それが一番だろう。 ありがたいことにえクラール試験官はこちらの出方を伺うようだ。
「ヒート、ヒート、ヒート」
初級の炎系魔法“ヒート”。効果は広範囲に渡って温度をあげるだけで、密室でないとそれこそ暖まるくらいの効果しか出せない。ただそれだけの魔法だが、ある程度重ねがけすれば、このサイズの室内は運動をしたく無くなるくらいまではあげられる。
「ウォータースプラッシュ」
霧状になった水を辺りにばら撒く。これでこの闘技室は気温40度、湿度100パーセントという、真夏の日本も真っ青……と言うよりは真っ赤な地獄になった。この気温と湿度で運動すると、最悪熱中症であの世行きだ。慣れていない人間なら尚更。俺は日本で慣れているが、気候的に地中海性気候に近いこの国の人間ならば慣れない環境で戦うことを強いられるだろう。
「これはきついな。熱気が身体を包み込んでいるようだ。これまでも魔法を攻撃に使ってきた受験者は多くいたが、部屋の環境ごと変える者は初めて見た。」
エクラール試験官は既に相当量の汗をかき始めている。慣れていない、という予想は当たりか。相も変わらず俺が攻め入ることの出来るような隙は見せてくれないが。
「?仕掛けては来ないのか。では、こちらも行かせてもらう。」
そう言うなり、彼は俺の視界から消えた。いや、速すぎて見えなかっただけだ。人間は絶えず赤外線を出している。人特有の熱気を感じ取れば、ある程度場所は特定出来るはずだ……とも思ったがこの環境で人がどこにいるかなんて分かるかい!こういう時は後ろだ!
「そちらの狙いはこちらの集中を乱しての短期決着。ならこちらも同じ土俵でと思ったが……守るだけで仕掛けては来ないのか?」
横薙ぎ一閃、その鋭い剣撃こそ何とか受け止めたが、手はかなり痺れている。今まで受けてきたのとは根本的に重さが違う。カウンターを狙ったが、痺れて動かない手は、言うことを聞かなかった。開始1分で解らされた。これは剣では間違いなく勝てない。こちらの考えもほぼバレている。正攻法で手も足も出ないなら……そうなったらもう全力の搦手で行くしかない。もうひとつ用意していた自滅覚悟の地獄の召喚。
「プルガトリウム」
プルガトリウム。俺が使える中で1番威力があるであろう魔法。広範囲に炎と熱を撒き散らす。だが、ある程度塞がれた空間でしか使えず、自分も巻き込まれる、が……
「スコール」
雨を降らせる初級魔法に炎がかき消されていく。当然、その雨は蒸発し、更に部屋全体を蒸らしていく。 室温90度、湿度100パーセント。この環境では、人間はまともに活動できない。遠赤外線サウナの温度で、スチームサウナの湿度。大きく動いた方がより体力を消費し、先に倒れてしまう。当然、息も上がって自分の思うとおりに動くことなどできない。予想通り、当初から目に見えて暑さに慣れていなかった試験官は、さらに上がった気温に明らかに狼狽している。剣の切っ先はふらつき、目もどこか虚ろになっているのを必死に保っている。……俺も飛かける意識を必死に捕まえている状態だが。こうなってはもはや互いに剣を交えることもできない。 地獄のサウナ耐久対決が始まってしまった。 _______________
結果から言うと、俺は先に意識を失った。俺が倒れる寸前、試験官は俺の前まで来ると、
「人の力はひとつではない。受験者221、君のやり方は私の思う正当では無いかもしれないが、全力で勝ちに来る姿勢はかけがえのないものだ。君の発想と、一振とはいえ、私の剣を防いだ実力に、敬意を……」
と言い残し、同じく倒れたのだった。 俺は酷い脱水で、無理やり水やらなんやらを飲まされたらしい。試験官も同様に水をがぶ飲みさせられていたのかと思うと、申し訳なくも思う。そういえば、シャリーはどうだっただろうか。
「起きたのか」
隣のベットから聞いたことのある声がした。そう、試験官だ。その試験官が首だけをコチラに向けて話していた。
「先程は情けない姿を見せたな。炎魔法や水魔法を直接当てられることは今まであったが、ああいった使い方は初めて見た。なかなかのものだ」
「それはありがとうございます。剣では手が出ないと思いましたので……搦手ではありますが」
「戦いとはそうしたものだ。何かを使って相手に勝つ。どうやって勝つかは、人によって違う。本来戦いに勝つ正当なやり方などないはずなのだ。戦場において正当か正当でないかなど存在しない。最後に立っていたものこそが正当で、それが唯一の真実なのだ。君は自分も倒れながらも、君の正当なやり方で私の意識を奪った。上出来だ。」
文句なしの合格点だ、そういう試験官はどこか嬉しそうにも見えた。
ペイトリオッツ・ウォー ~死を諦めた俺への神罰が理不尽すぎる~ 安芸守森丸 @Deus
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ペイトリオッツ・ウォー ~死を諦めた俺への神罰が理不尽すぎる~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます