第3話 自立

王立国防アカデミー。諸王国連邦の首都グリーフ郊外に存在する国防軍の幹部養成施設。大戦によって大きく減少した幹部人口を補うために早期から幹部教育を施すために設立された施設。14歳から入校でき、4年間の教育を経て入隊する。 彼女の説明をざっと要約すればこんなところだろうか。そこに彼女は行きたいのだという。つまり、俺はここからいづれ出ていかなければならない。


「それなら、優もアカデミーに行けばいいんじゃないかな。仕事せずに生きていくことなんてできないし、身寄りもない人間がこの国で生きていこうと思ったら、軍に入るぐらいしかないし。」


そうは言っても、俺は日本人だ。軍そのものを忌避する生温い環境でこの歳まで生きてきた。そんな覚悟も命の重さも今ひとつ分からない人間がそんなところで生きていけるというのか。 しかし、これはある意味、あの神の意志というか、ある種の導きなのかもしれない。命の重さを最も実感できるのは、間違いなく死が近いところなのだから。 ……まぁそれを簡単に居候に勧めるのもどうなんだとは思うが。


「いつまでも世話になる訳にもいかないしな。俺も一緒に受験しようと思う……いいかな」


「もちろん!でも結構難しいから、毎日頑張らないとね!」


シャリーは今年の冬の試験を受けるつもりだという。学力と身体能力、武術。武術に関しては明確な基準はないそうだが、学力は特にそれなりのものが要求されるらしい。数学と言語能力、魔法学が科目として設定されており、特に数学は難関であるらしい。 シャリーも数学には苦労しているようだ。そもそも平民は学校に行く義務はないらしく、商人や商人と深く関わる職出会っても加減乗除くらいしか使わないのだそうで、平方根の原理や負の数への理解、幾何学は特に苦手のようだった。 しかし、俺は一応中退せざるを得なかったものの、高校数学までは学習している。アカデミーが発行している過去問の問題も、正直難しいという程ではなかった。このレベルならぶっつけ本番でも9割は堅いだろう。しかし、魔法学なんてものはどうにもならない。魔法なんて知らないのだから。 「……シャリー、俺が数学教えてあげるから、魔法学教えてくれないか」


「え?数学?できるの?」


「まぁこのくらいなら。」


「……優ってもしかしてすごいいい所のお坊ちゃんだった?」


「残念ながら全くそんなことは無い。こっちではこのくらいのことは常識の範疇だった。」


「……はいはい、どうせ私はアホですよー。でも魔法学教えてあげるかどうかは私が握ってるからね」



「それ言うと数学教えるかどうかは俺が握ってるからな」


________________


冬がやってきた。と言っても、日本の冬のように雪が降り積もり、通れなくなる……というものでは無い。あくまでも木々が葉を落とし、獣の活動が緩やかになる……程度で、朝起きたらバケツの水が凍っている、ということもほとんどない。 アカデミーの試験日も2週間後となり、こちらを離れるのももう明日、という今日この頃。 俺は今ひとつ魔法の才能はないようで、簡単な初級魔法は一通りこなせたのだが、中級はどうもムラがある。できるものもあるが、それすら100パーセント発動する訳でもない。アピールポイントにはできないだろうが、戦闘の撹乱には十分だろう。武術の方といえば、どうやら俺は打たれ強いようで、素手の白兵戦ならそれなりに、剣と槍も標準レベルまではなんとか。学力の方はシャリー曰く相当なものだとのことで、貴族階級の者にも十分に優る、との事だった。 一方シャリーは魔法も武術も合格水準、学力の方も何とかはなるレベルまで上がって来ている。余程のことがなければ安全圏、との事だった。


「ユウもだいぶん強くなったよね。最初なんて何やっても微妙だったのに、最近は私とまともに勝負するくらいになっちゃって。別にこの家で留守守ってくれるのでも良かったのに。」


「シャリーだって、小学校レベルだった算数から何とか数学になったじゃないか」


「……小学校?」


ここにはそんな教育機関はないらしく、この皮肉は全く伝わらない。


「まぁ気にしないで。俺も自立しないといけないからな。結局、試験受けるのだってシャリーがいなかったらできないわけだし、こき使ってくれてもいいんだが。」


ここでもう半年以上居候しているが、シャリーは料理と洗濯の手伝い以外は特に要求してこない。家畜の世話も自分でしているし、俺に金を稼ぐようにこき使うことなどない。その上、試験が行われるこの国の首都まで一緒に連れていってくれるというのだ。距離は馬車で2日といった距離らしいが、それなりに旅費もかかるだろうに……本当にお人好しだ。


「じゃあ、この家もしばらくは帰れないから……綺麗にしてくれる?」


わかった、シャリーの要求はいつもこんなものだった。


________________


諸王国連邦の首都にして、グリーフ王国の首都グリーフ。かつて行われた大戦の中心ともなった城塞都市。400年以上の歴史が城壁となって残り、その堅牢さは“難攻不落、落ちてまた強し”と謳われる。商業、経済、軍事の中心で、特筆した人口密度を誇る。そんな都市の郊外に設立されたのが、王立国防アカデミー。都市全体を見渡す小高い丘の上に佇む白壁が、その目印である。今日、ここに400人近い人が集まっていた。採用試験に挑む人集りである。しかし、この中で入校を許されるのは例年80人程度。8割の人間はそのまま帰ることになるのだ。


「貴族ばっか……うぅっ、緊張してきた」


シャリーが身震いする。あたりの受験生は身なりの立派なものが多く、自分たちのような平民は少ないように見える。緊張するのも道理だろう。身分制度の限りなく少ない日本ではこんな光景はあまり見れないものだからか、興味深い。


「まぁシャリーなら落ちることはないだろうし、落ち着いて受ければ大丈夫だろう。」


「まぁそうなんだけど……ユウこそ大丈夫?」


「まぁ何とかなるだろう。いや、何とかする。無一文のホールレスになる訳にはいかないからな。」


「そうしたら私の家の留守を……いや、なんでもない。頑張ろうね。」


そう言ってシャリーが笑った時、正門が開いた。 採用試験が今、 始まる。

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