第18話 会議

 道幅がある程度広い場所で野営を張ることになった。


 階層にもよるが、迷宮ラビリンス内は一日中やや薄暗い程度で時間の感覚がおかしくなる。

 たとえ数時間でもどの程度の時間活動したかを把握していないと体調の管理が難しく、いざというときの体力が残らない。


 なので余裕があるときはこうして地上の夜に合わせて休むことも多い。


 そして、夜にわざわざ薄暗い場所に集まってやることと言えば、会議だ。

 非常にお誂え向きである。


「大広間があるのは間違いないだろう。そしてどの道からも水の匂いがする。ヴィム少年の言う通り、湖があるか川が流れているのではないか」


 カミラさんが言う。


「俺もそうだと思う。となると補給ができると考えていいんじゃねえか。水質とかは予想ついたりするか、ヴィム君」


「あ、あ、はい。まだら色の蝶が飛んでいたので、えっと、あれは清潔な水でしか生育できないので。はい、水質は大丈夫だと思います」


 ハンスさんにいきなり話を振られて面食らう。

 うまく答えられたか顔色をうかがってみるけど、表情は変わってない。


 多分、大丈夫だ。


「よし、それでは明日の予定だが──」


 幹部のみなさんにカミラさんが声をかけ、明日のすり合わせが再開される。


 二叉槍バイデントの陣形においては二つの部隊が別の道を同時に行くわけだが、この利点の一つに、より危険リスクの低い道を実際に観察した上で選択して進めるということがある。


 つまり片方が大型モンスターに遭遇すれば引き返してもう片方に合流できる。

 そのおかげで今日は一度も大型モンスターと戦闘せずに済んだ。


 こううまくいくこともあまりないらしく、カミラさんを含めて幹部のみなさんは緩んだ表情をしていた。


 しかし、俺にはずっと気がかりなことがあった。


「──よし、では会議はこれまでとしよう。何か連絡事項のある者は?」


 しん、となる。


 人の声がなくなって迷宮ラビリンス特有の静寂が訪れる。


 手を挙げようとした。

 迷った。些細なことで、あくまで前兆でしかない。

 万が一に備えて言うべきかもしれないが、俺の妄想かもしれない。


 いや十中八九妄想だろう。


 嫌な記憶が蘇る。【竜の翼ドラハンフルーグ】でもあった。俺が余計なことを言って空気が悪くなる感じ。


 やめよう。


 もっとはっきりしたときに言うべきだ。

 俺は余所者なんだから、変に目立つことは言わない方がいい。



「ヴィム少年! 何かあるのか?」



 俺が何かまごついた雰囲気を察したのか、カミラさんから鋭い声が飛んできた。


「は、あの、いいえ、別に、大したことでは」


「あるんだな? 言いなさい」


「あの、ほんと、はい、その」


「落ち着け。別に言って何かが減るものでもないだろう」


「その」


「気を使うなら早く言え。会議が終わらん。ほれ、一、二、三、四」


「言います! 言います!」


 深呼吸をする。

 幹部のみなさんの目を見ようとしたけど、緊張で死にそうなのでカミラさんの顔だけを見ることにした。


「その……気付かないくらいなんですけど、道の傾斜が妙なんです」


「傾斜? 今日全体として下がっていたとは聞いているが」


「はい。水準器でギリギリわかるくらいなのですが、最初は若干下っていて、水源に向かってるならそこまでは自然なんですけど、今日この時点で少し登り始めました。不自然かな、と」


「それは何を表している?」


「……その、確かなことはわかりません。下がって上がるとなると他の階層では見られない特徴なので、もしかすると迷宮ラビリンスのトラップの一環かもしれなくて……本当にそれだけです。はい」


 カミラさんは顎に手を置いた。


「傾斜か。岩の球でも転がってくるのか? いや、あるとすれば水か。我々を溺れさせる算段か?」


 ざわつく。


 やはり言うべきではなかった。

 起こる可能性の割に予想される被害が甚大で、こういうのは聞いてしばらくは余計に頭の隅を占めたりする。余計な不安を煽るだけだ。


「最初はそう考えましたが、これだけの道幅を、しかもあんなに分かれ道のある道全部を沈めるとなれば相当の水量が必要なので……」


「なるほど」


 幹部のみなさんの顔が嫌でも目に入る。

 余計なことを言ったのだ、反応は予想できる。


「だそうだ諸君。共有を頼む」


「わかりました」


「了解」


「了解です」


「よし、では休息に入る。見張り以外は気張るなよ。休めん者は死ぬ。肝に銘じておけ」


 ぱん、とカミラさんが手拍子で締めると、みんなぞろぞろと自分の休憩場所に戻っていく。


 肩透かしを食らって、少し呆然としてしまった。


 背中を叩かれた。


「ヴィム少年」


「はいぃ! すみません! 些細なことでみなさんの休憩時間を奪ってしまって」


「もうこういうやり取りは何度目だかわからないからそろそろ苛立ってきたんだが──」


「……すみません」


「──違う。我々を舐めるな。迷宮潜ラビリンス・ダイブにおいて情報は命だ。危険に遭うにしてもある程度予期しているか否かで大きく違う。そして君は貴重で重要な情報を提供してくれる。多少情報量が増えることくらいで文句を言うほど器の小さい者は一人もいやしない」


 カミラさんは有無を言わせない感じだった。


 でもそれは【竜の翼ドラハンフルーグ】で感じていた息苦しいものじゃなくて、俺に伝えたいことがあって、あえて言葉を強くしていることを感じさせるものだった。


「君のそういう内省的な性格が成長を手伝ったところもあるだろう、でも行きすぎだ。これ以上は君自身の邪魔になる。遠慮をするなヴィム少年」


 そして俺の目を見て、言う。


「君は、好きに生きていいんだ」


 彼女の目は厳しかったけど、そこには確かに温かさがあった。


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