第1話 最悪の門出
恥の多い生涯を送らないよう、目立たないよう、人のためになるよう、ひっそりと生きてまいりました。
そのはずでした。
「失せろ、クズが」
クロノスにそう言われて、目の前が真っ白になった。
ニクラも、メーリスも、みんな俺を睨んでいる。敵意を向けている。
「……ははは、あの、聞いてもいいかな、えっと、なんでかな、なんて」
ようやく絞り出せたのは、そんな言葉だった。
「やめて。そこまで来ると白々しい」
ニクラが言う。
「
メーリスも続く。
いつものパーティーハウスの、テーブル。
ここは食卓で、会議室で、団欒の場所で、みんなが協力しあう、俺たちのパーティーの象徴のような場所なのだ。
なのに、俺は責められている。まるで弾劾されているかのように。
胸に激しいものが湧き上がった。
それは俺の責任じゃない。
ギルド側も散々説明してくれた。
加えて言うなら、そもそも、今回の
「それは……あの、悪いけど、仕方がないことかな、なんて。撤退するのが賢明だったし、その、なんと言うか」
撤退の準備もしていた。
みんなに散々頼み込んで、いざというときの撤退の訓練もしてもらった。
なのにリーダーであるクロノスは功名心を優先したのだ。
「どうにかして遭遇を避けられたんじゃないかって気持ちはあるけど、でも、これじゃあまりに……」
結果、クロノスは初撃で吹っ飛ばされて
防御が間に合わなかった残りのニクラもメーリスもまとめて重傷を負って戦闘不能。
「言い訳するんじゃねえよ! お前の責任じゃねえのかよ!」
反論が頭で組み上がる。
口に出そうとする。
でも、みんなの怒りの源がそこじゃないのがわかってしまったから、俺は何も言えなかった。
問題は、俺が奇跡的に
みんなを守ろうとして必死だった。
長らく一緒に戦ってきた仲間の命が懸かっていた。
あれは正真正銘の危機で、俺一人でなんとかできなければ全員が死ぬという状況だった。
そして俺は、いくつもの奇跡を勝ち取って
同じことをもう一度やれと言われても、多分できない。
「で、でも、討伐には成功した! これで【
幸い討伐証明部位だけは持ち帰ることができた。
この功績がギルドに承認されれば、俺たちはまた一つ上のステージに行ける。
だからみんな、喜んでくれると。よくやった、って言ってくれると思ったのに。
「へえ、まるで、自分の手柄みたいな言い方」
ニクラが言う。
静かな声。明確に敵に回った今、それはあまりにも刺々しい。
「違う! みんなが、ダメージを与えてくれたからだって! 俺は止めを刺しただけで! 全部偶然で、みんなで勝ち取った勝利で、俺は、俺は」
俺は訳のわからない自己弁護をする。
明らかにおかしなことが起こっていた。
それでも、何もかもが間違っていると思いながらも、口を止めない。
だって俺にはここしかない。
この【
ここを追い出されたら、俺は──
「黙れ」
だけどそんな思いも、クロノスの一言によって遮られてしまった。
察してしまった。
俺は、もうダメなのだ。
俺は目立ってしまった。俺の分際で。
俺はあくまで
みんな口には出さなかったけど、俺はこの【
そんな人間が、偶然とはいえ手柄を立ててしまって、気分を害さないはずがないのだ。
ここにいたければ、何一つ失敗を犯しちゃいけなかった。
俺の役目は目立たず、迷惑をかけず、みんなの手助けをすることだった。
だって俺は、ここに置いてもらっている身なのだから。
呆然と、クロノスを見た。
あぁ、綺麗な顔ってやつなんだろう、これが。男なのに綺麗という言葉が似合ってしまうふう格からして選ばれた奴は違うんだ、って。
なあ、そんな顔で、怒らないでくれよ。怖いよ。
助けを求めるように、後ろの二人を見る。
ニクラ。僧侶。
いつも冷静で物静かな彼女。クロノスの隣に相応しい。
いつも冷たい態度で近寄り難かったけど、案外優しいところもあるみたいだとか、勝手に思っていた。
いや、それは正しかったのだろう。
きっと俺だけに冷たかったのだ。敵意を向けられてみれば、こんなものだ。
メーリス。いつも元気な魔術師。
彼女はクロノスのことが好きなんだが、いまいち素直になれない可愛らしいところがあって、ときどき愚痴を聞かされてたりもしていた。
よく俺を怒っていたけど、実は結構信頼してくれてるんじゃないかって、心のどこかで都合よく思ってた。
でも違った。
いつからなのか、それとも最初からなのか、彼女は俺のことが本気で嫌いだった。ずっと排除しようと思っていたのかもわからない。
「……ははは」
緊張が張り詰めすぎて、力ない、笑いにもならない声が漏れた。
「何笑ってんだよ!」
テーブルがバン、と叩かれる。背中がビクッと震えてしまう。
「もういい、お前の代わりはすでに見つけてある。入ってきてくれ」
狭くなっていた俺の視界の外にみんなが目を向けた。
首を回して、客室の方だと気付く。
そこにはやや長身の美人な女性が立っていた。木々の葉と紛れるような深緑の髪と目。そして何より、尖った耳。
一目でわかる。
「ソフィーアだ。お前の抜けた穴を補ってあまりある戦力になってくれる」
紹介されて、ソフィーアと呼ばれた女性はペコリと頭を下げる。
……クロノスのこと好きなんだろうな、なんて考える。
モテるもんな、きっとそうに違いない、なんて。
「だからさ、出てけよ、ヴィム。お前はもういらないんだって」
決着はついていた。
震えそうになる声を抑えて、俺は立ち上がる。
「荷物を、まとめさせてください」
「……早くしろ」
みんなを見ないようにして、パーティーハウスの階段を上がる。
「ごめん、みんな。今まで、ずっと」
呟くように、謝った。
何年も暮らしたこことも、今日でお別れだ。
寝室の扉を開ける。
考えてみれば、俺みたいなのにも個室をくれたんだな。【
息苦しいときばかりだったけど、良いパーティーだった気がする。
まあ、もう関係ないんだけどさ。
黙って荷物をまとめる。
パーティーの書類とか、そういう大事なものは取り置いて、これ以上失態を晒さないように、そそくさと鞄に荷物を放り込んでいく。
これからどうしていいかわからない。
積み上げたつもりになっていたものが呆気なく崩れ去って、手元にはもう何も残っていないかのように思われた。
お先真っ暗ってやつだ。
「……ふひひ」
力が抜けて、気持ち悪いから直せと言われた笑い方が漏れてしまった。
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