第2話 泊まり枝
雨でも降っていたらお誂え向きかな、なんて思ったけど、雨なんか降ってなかった。
フィールブロン。
「……ひひっ」
なんだか笑えてきた。
道行く人は楽しそうで、どん底にいるのは俺だけかのようだった。
呆然としながら、とりあえず宿屋に行った。
一瞬でも寄る辺になる場所が欲しかった。
荷を解いてベッドの上に寝転がり、ボーッと天井を見る。
どうしよう、これから。
一応、貯金はある。
今まで忙しくてあまりお金を使ってなかったし、曲がりなりにもBランクのパーティーで数年間依頼をこなしていたから、しばらく食う分には困らない。
宿に泊まり続けるのは割高だから、どこか探さないと。
ぼんやりと試算してみる。
うん、物件を見つけて食費を抑えれば半年は暮らせそうかな。それまでになんとか安定した収入源を得られれば生きていけそう。
でも、俺に何かできることはあるんだろうか。
Dランクパーティー相当くらいの依頼なら
俺ならEランク相当がいいところかもしれない。
「あぁ、死にたい」
いつからこれが口癖になっただろうか。
人前では出したことはないと思うが、一人のときは一分に一回は言っている気がする。
*
凹み方がよくわからなくて、とりあえずこういうときどうするのか、どこかで誰かがやっていたようなわかりやすいポーズを取ろうと思った。
要は一人で飲みに来たわけだ。
裏通りの隠れ家居酒屋『泊まり枝』。行きつけってほどでもないけど、ときどき来ている店だ。
「いらっしゃ~い、おっ、ヴィムさん!」
看板娘のグレーテさんが迎えてくれた。ニコニコ笑顔が眩しい。
「聞きましたよ! 【
あぁ、まあ、そうなるよな。もう広まってるのか。
黙ってカウンター席に座る。
店内に人はあまりいなかったけど、グレーテさんの声を聞いた人たちの目が一斉に俺に集まる。
「おめでとう!」「よっ世界一!」「今日はヴィムの奢りか!?」と囃し立てられる。
「これでAランク昇格ですね! あっ、今日はそのお祝いですか?」
そういえば嬉しいことがあったときにしか来てなかったな、ここ。
それこそランク昇格の一人祝いみたいなとき。
「ああ、いや、実は、その、そんなお祝い事とかじゃなくて、へへ」
「そうなんですか?」
「とりあえず、あの、一杯お願いします。あといつもの
「……はいよ!」
『泊まり枝』の名物料理、腕くらいの太さの羊の
単品料理だがなかなかのボリュームだ。力仕事をする男性でないと食べきれないだろう。
切り分けることなくフォークでぶっさして、
また貪り、飲む。
口周りが気持ち悪くなったら冷たい手拭いで口を拭く。そして貪る。
「……へへへ」
味がよくわからない。
美味い、気がする。
店内全体が俺がお祝いなどという雰囲気ではないことを察したらしく、さっきの盛り上がりは落ち着いて、各々のテーブルの話題に戻っている。
グレーテさんも見守ってくれている。
沈黙が優しい。
「……ひひっ」
いけない。笑い出しそうになる。
ときどき、みんなでお祝いしたな。
基本は呼ばれなかったから、本当に数回くらいのときどきだったけど。俺は人の輪に入るのが得意じゃないし話すのも下手だから、ははは……としか反応できなかったかな、確か。
でも楽しかったなぁ。
楽しかったなぁ。
あ、やべ、目が潤んできた。
カラン、と扉が鳴った。
「ヴィム!」
狭まった視界の外からはっきりと、聞き覚えのある声がした。
扉の方を向いて見えたは無遠慮に揺れる
朱の混じった濃い金髪は、この国の人間としては普通の域を出ないはずなのにやたら際立っている。
きっとそれは存在感ゆえだ。
悪目立ちすることを
「いらっしゃい! ……あら、ストーカーのスーちゃんじゃないですか」
「うるさい牛娘、じゃなくてだね」
ハイデマリーとグレーテさんは顔を合わせるたび憎まれ口を叩きあっている。
まあでも本気で言っているのか言っていないのかって感じだから険悪ではないんだろう、つまり仲が良いってことだ。
小柄なハイデマリーと、大人っぽいグレーテさんで凹凸コンビみたいにも見える。
「ヴィム! えっと、その、なんというか、大丈夫かい」
この様子だと、俺がクビになったことを知ってるのか。
「……もう広まってるの」
「あ、私だけだね。知ってるのは。にしたって信じがたい、あの野郎」
「いや、なぜ知ってるの」
「ヴィムのことはなんでも知ってるからね」
真顔で言うな冗談に聞こえない。
……そうか、もう広まってるのかぁ。
「どうしたんです、スーちゃん。ヴィムさんに何か」
グレーテさんの質問にハイデマリーは気まずそうな顔をする。
根は優しい彼女だ、俺の失態を口にするのが噂に加担しているようで嫌なんだろう。
まあ、こういうのは本人が言うべきか。
「いやぁ、実は、【
「え」
店内が静まり返った。
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