第6話 「花葬壺」壺ノ封印②
「あ、ナナさん!」
玄関には巫女服を纏った女性を見て少女が声をあげる、どうやら知り合いらしい。
茶色がかった髪に琥珀色の瞳、そして手には酒瓶を持っている。
「やぁオカメちゃん久しぶりだねぇ、それが例の壺かい?」
酒瓶を傾けながらナナと呼ばれた女性が近づいてくる。甘い酒気があたりに漂う。
「な、なんだアンタは!?酒?飲んでるのか?」
狼狽えてまくし立てる俺に気づき、
女性がこちらを向く。
「アンタが依頼人さんかな?アタシは蟒蛇(うわばみ)ナナ、酒峰神社の清楚な巫女さんだよぉ。オカメちゃんとは退魔師仲間さ。よろしくねぇ。」
そう言って握手を求めてくる。一層強く酒の匂いが鼻孔をくすぐる。
「あぁ、コレはアタシの燃料みたいなもんさ。飲まないと霊力が上手く操作できないんだ。」
俺が胡散臭そうな顔をしているのに気づいた酒巫女が弁解している。
「ナナさんはこんなんだけど本職の巫女さんで、腕は確かなベテラン退魔師なんだよ!」
少女も慌ててフォローを入れてくる。
俺はため息をつきながらも握手に応じた。
「まぁ俺はもうアンタらを信じるしかないからな。よろしく頼むよ、清楚な巫女様。」
最後は皮肉のつもりだったが酒巫女は上機嫌に握手した腕をブンブンしていた。
「さてと、これが例の壺だね?」
酒巫女は壺を眺めながら眉をひそめる。
「こいつはやっかいそうだねぇ。浄化の得意なオカメちゃんがヘルプ要請してくるわけだ。」
酒巫女はこちらを向き不敵に微笑む。
「これは根こそぎ浄化しないとダメだねぇ。」
少女も頷く。
「まぁオカメちゃんと2人なら問題無いっしょ。こーゆーのは得意分野だ。秘蔵の酒もあるし、何よりアタシたちは清楚だからねぇ。」
この場合、清楚に意味があるのか疑問が浮かぶが気にしないことにした。
酒巫女はカバンから大きな朱塗りの盃を取り出すとお酒を注いだ。
呑みだすのかと止めようとしたが少女に「あれが彼女のやり方だから」と制止された。
そして清楚(?)な2人が壺に相対する。
先に動いたのは酒巫女だった。
壺の蓋を開けると一歩下がる。
「清め酒、、、祓い酒、、、流し酒、、、」
左手の盃に指先を浸け、滴る雫を壺に飛ばす。
壺の中に雫が入ると薄いが暗い靄の様なものが溢れ出てくる。
「出てきた出てきた。根こそぎ追い出してやる。」
妖艶な笑みを浮かべて酒巫女が呟く。
酒が入る度に黒い靄はその量と濃さを増していく。
「ボク達もいくよ、ると君!」
少女が印を結ぶとその身体から湯気の様に白い霧が立ち上り黒い靄と絡み合う。
白と黒がせめぎ合い混ざり合う、両者は拮抗しているように見えた。
「なかなかやるねぇ、アタシも加勢するよ。」
酒巫女が口元に盃を構える。
「舞酒、、、」チュッ
軽く盃に口づけをして息を吹きかけると琥珀色の輝きを纏った霞が吐息に乗って放出される。
それが白と黒の混沌に交わると拮抗は崩れ勢力図は次第に塗り変わっていった。
黒が徐々に減り、そして無くなっていった。
最後の黒が消える瞬間に俺の中でナニカが締め付けられた気がした。
無意識に頬に手が触れる。
一筋の涙が、流れていた。
白い霧が集まり白犬が姿を現した。
「お疲れ、ると君。ありがとう。」
少女は白犬を労うように頭を撫でている。
「よし!浄化完了!やっぱアタシの清楚に敵は無いねぇ。」
酒巫女がガッツポーズを決める。
このドヤ顔のどこに清楚があるのかわからないが
実際に浄化がされた実力は認めざるをえない。
俺のシリアスを返せと酒巫女を見つめていると、
ると君がトコトコとこちらに近寄ってきた。
その口には何か白いモノが咥えられている。
「なんだ?白い、、、羽根?」
それは白い羽根をあしらった羽根飾りだった。
手に乗せられるとまるで質量が無いかと思う程に軽いが、腹の底に沈み込む様な存在感があった。
「これは白井さんが持ってるべきだって、ると君が言ってる。どんな意味があるのかはわからないけど、私もそれがいいと思う。」
本来ならあんな壺に関わるモノは持っていたくはない。しかし、これは自分が持っていないと感じる。
理由はわからないが身体の奥底からそう感じてしまっているのだ。
「わかった、これは俺が預かるよ。」
覚悟を決める。
「いい男じゃないか。曰く憑きのモノを持っていると霊感が上がって変なモノが見える様になっちまう事もあるがアンタけっこう見えてたみたいだからそんな問題ないだろ?」
酒巫女の言葉に俺は驚きを隠せなかった。
「え?どーゆうこと?」
素っ頓狂な言葉を出した俺に少女が答える。
「確かに普通の人には見えない霊体状態のると君も見えてたみたいだしね、元々霊感がそれなりに強かったのか壺の影響で覚醒しちゃったのかはわからないけど。」
少女が苦笑いを浮かべる。
「まぁ基本は見えないフリしとけば大丈夫だし、なんかあったらボク達が相談乗るからさ。」
早くも覚悟が鈍りそうになりつつ、俺も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それじゃあ、壺はアタシんとこで預かるよ。アタシらがしっかり浄化したから多分もう封印しなくても無害だと思うけど、何があるかわからんのがこの業界だからねぇ。」
車に壺を積み込み終わった酒巫女が言う。
飲酒運転じゃないのかと不安になったが運転席には一人の男性が座っていたので安心した。
彼は酒峰神社の神主だが霊感はまったく無い為こういった仕事の時はいつもパシリの様に扱われているらしく、今回も邪魔だからとずっと車で待機させられていたのだと後から少女が教えてくれた。
「二人共またねぇ~」
窓から手をぶんぶん振りながら走り去ってゆく車を見送ってから、俺と少女は依頼人である祖母に報告を済ませた。
それから店に少女を送り届ける。
「今回は本当にありがとうな。」
少女と握手を交わす。
「これがボクの仕事だからね。無事に解決できてよかったよ。」
「あぁ、最初は子供扱いして疑って悪かったな。アンタは立派な退魔師だったよ。それじゃあまた。」
「うん。ありがと!白井さんも元気でね!」
少女と手を振って別れる。
自宅への帰路を走りながら考えを巡らせる。
「解決できてよかった、、、か。」
解決、その言葉にひっかかりを感じていた。
きっと本当の意味では解決はしていないのだろう。
壺の中身の行方、骨董屋に持ち込みをした人物、鴉の化物、目的、わからない事だらけだ。
でも俺にはそれをどうこうする事は出来ない。
俺は一般人だ、これ以上首を突っ込む度胸も無ければ力も無い。それがわかっているから少女も解決と言ったのだろう。「俺にとっては解決」なのだ。
明日から日常に戻る、それが最善なのだろう。
そんな事を考えていると、ふと前方に人影が視界に入った。
男だ、まだ昼過ぎの明るい日差しの中でその男のあたりだけが深い森の中であるかの様に暗く見えた。
男に近づくにつれてその容貌が見えてくる。
青みがかった黒の着流し、闇と同化している様な色の長髪を後ろで一纏めに結上げている。
見てはいけない。
そう思いながらも視線が固定されたかの様に外せなくなっていた。
すれ違い様に視線が交差する、全身に怖気が走ると同時に衝撃と轟音が全身を貫いた。
全身の痛みに顔をしかめながら前方を見ると、どうやら電柱に突っ込んでしまった様だった。
視線だけを動かしミラーを確認するが男の姿は確認できなかった。
朦朧としてくる意識の中でスマホを取り出し電話をかける。救急車では無い、【雪の雫】へだ。
これだけは伝えなければならないと感じていた。
祈る様にコール音を聞いていると、少女の声が聞こえた。
俺は呟く。
先程、男とすれ違った瞬間に思い出した記憶を。
「思い、出したんだ、、、」
(もしもし?、、、白井さん?)
「あ、、の壺の、、手は」
(白井さん!?何かあったの?ねぇ!)
「聞いてくれ、あの壺から出てきてた手、、、ずっと違和感、あったんだ。」
「全部、左手だった。そして全部、小指が、、、、、、無かったんだ。」
そこまで伝えて、俺は意識を手放した。
何処かで、鴉の鳴き声が聞こえた。
続く。
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