第5話 「花葬壺」壺ノ封印①

 どこかで鴉が哭いている

壺から腕が一本伸びてくる。

白く細く美しい女性の腕、しかしその手には○○が無かった。

それが俺の部屋まで伸びてきている。その手がそっと俺の頬に振れる。

その途端に沢山の感情が流れ込んできた。

無念、憎悪、怒り、悲しみ、後悔。

そして声が聞こえた。

「ごめんなさい」


 目が覚めると朝だった。

窓から朝日が差し込み部屋を照らしている。

なにか、夢を見ていた気がする。

どんな夢だったが思い出せない。

恐ろしいような、切ないような夢。

泣いていたのだろうか、頬に涙の伝った跡があることに気づき手で頬に触れる。

何かを思い出しそうな感覚があったが夢の記憶は再生されなかった。

朝食を済ませて玄関に向かう。

壺は昨夜と変わらずそこにあった。

この恐ろしい壺ともやっと今日でサヨナラだ。

そう思うと安堵感が込み上げてくるが、その一方で心の隅になにか引っ掛かっているような感じがしてきている。この壺に対して恐怖以外に何か別の感情を抱いている自分に戸惑っていた。

いや、今日この壺はあの少女に引き取ってもらう。

封印したあとどうするのかはわからないが俺には知ったことではない。これ以上あんな恐ろしい体験はしたくない。もう関わらない、それでいい。

「それでいいんだ。」

最後は自分に言い聞かせる様に口に出して、俺は少女を迎えに【雪の雫】へ向かう準備を始めた。

 【雪の雫】へ到着すると少女は既に店の前で待っていた。道中モヤモヤした気分を紛らわせようと爆音で聴いていたカーオーディオの音量を絞って少女を車へ乗せる。

「あの壺のこと、何かわかっ、、」

「白井さん!?」

さっそく壺について聞こうと話しかけようとしたが突然少女に制止されてしまった。真剣な顔でこちらを見つめてくる。

また何かヤバいことになっているのかと焦るが、

少女はキラキラした瞳で話しかけてきた。

「この曲、Sou Cuteのデビュー曲の『肉じゃがバディLOVE』じゃない!?僕もファンなんだよ!」

どうやら俺が車内で流していた曲に喰い付いてきたようだ。

Sou Cuteは地元密着型の二人組アイドルで地道に活動を続けて来た結果ついにメジャーデビューを果した。デビュー後も地域密着スタイルは変えずにいる為に根強いファンが多い。

その地元というのがウチの県なこともあり、俺もかなり古参のファンなのだった。

「なんだ、お前もファンだったのか。俺も定期配信は必ずチェックしてるし、限定グッズも買ってるぞ。」

そう言って車のキーに付けたアクリルキーホルダーを見せると少女もバッグから同じ物を取り出した。

「僕もこの前の退魔師組合の会合の時にもらったから持ってるよ。ひかりちゃんもきゅうとちゃんも可愛いよね〜。」

少女の発言に脳ミソがフリーズする。

「退魔師組合の会合?で、もらった?え?は?」

「実は彼女達も退魔師だよ。担当地域は隣の市だけど同じ県で活動してるんだ。」

少女によると二人は退魔師「蒼宮」としても活動していてひかりちゃんは霊視と結界が得意、きゅうとちゃんは声を媒介とした特殊能力で退魔を行うらしくチームとしてもその界隈では実力者として有名らしい。芸能方面が地域密着スタイルなのも退魔師活動との兼合いの為でもあるからだとか。

「まさかあの2人がそんなこともやってたなんて知らなかった、、、」

確かにプロフィールに霊感があると二人共書いてあったなと考えながらもうひとつの質問をしてみる。

「退魔師組合ってのはなんなんだ?」

そんな謎な組織の名前など聞いたこともなかった。

「退魔師といってもスタイルや得意不得意がそれぞれあるからね。依頼内容によって助け合ったり大がかりな除霊をする時に協力しやすいように組合があるんだ。あとは今回の壺みたいな危険な曰く憑きのモノの保管や封印する場所の提供なんかもしてくれるよ。」

なるほど退魔師にも互助組織があるらしい。

大好きなアイドルが退魔師だった混乱で殆ど話の内容は入ってきていなかったがそれだけ理解した。

結局車中では壺の話は出来ないまま終わった。


「よし、これでOKだよ。」

壺は蓋をされ台座に安置されている。

さらに壺の周りをぐるりと注連縄のようなもので囲ってある。

「もうすぐ壺を保管してくれる神社の人が来てくれるから、その人と一緒に壺に溜まった怨念を浄化しきったら完了だよ。縄の結界は浄化の時に漏れないようにする為に張ってあるから入らないでね。」

少女が汗を拭う仕草をしている。

「浄化しきるってどーゆーことだ?こういうのって良く聞く話だと寺とか神社とかで時間をかけて少しずつやったりするもんじゃないのか?」

俺が疑問をぶつけると少女は少し神妙な顔になって答えた。

「昨日調べてわかったんだけどね。この壺には仕掛けがあって怨念を封印するけど増幅もしちゃうんだ。だから一度浄化しきっておかないといつか封印を破って溢れてきちゃう。」

そしてそうなる程の怨念になってしまえば手がつけられなくなる。と少女は続けた。

「でもこの壺は見た感じかなり昔からありそうだぞ?すでにかなりヤバいんじゃないのか?」

俺が焦って言うと少女は言い難くそうに答えた。

「大丈夫だよ。怨念の大元がもう無いからね。今壺の中にあるのは怨念の残り香が増幅されたものなんだよ。それでも危険はあるから浄化するんだ。」

愕然とした、それはつまり、、、

少女はこちらの言いたいこと察して頷く。

「そう、恐らく封印が壊れるギリギリまでこの壺で増幅された怨念の核は誰かが持ち出して別の所にあるんだ。」

言葉が出なかった。

この壺だけでも恐ろしい体験をした、実際に自分を含めた家族にまで影響が出ていた。

これで残り香ならいったい本体はどれだけヤバいのだろう?

そして持ち出した誰かの目的はなんだというのか?

思考がぐるぐるする中で家の中に音が響いた。

ピンポーン

急に鳴ったインターホンにビビって振り向くと、

玄関に一人の女性が立っていた。


続く

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