夢
夢を見ている。
地球を出てから、夢の中で夢と気づけるようになった。体質が変わったのかもしれない。
とてもいい人と出会っている。全く人生で出会ったことのないタイプの。けれども、そんな人はいないことも知っている。夢だから。
宇宙探査は、そもそも人間と合わない孤独な仕事だ。人恋しさが、こういう夢を見させるのだろう。
手をつないでいる。ともに進んでいく。僕は鼻歌を歌っている。
目を開ける。
今日もすべきことは変わらない。実験室を探さなければ。
「あれ?」
何かがおかしかった。俺たちはいよいよ実験室に乗り込もうとしていたはずだ。しかしここは、見たことのあるような部屋だ。
「エンド? エンド、いるか」
返事がなかった。
建物の外に出てみる。やはり、あの街だ。俺はまだ夢を見ているのか?
楽器屋に駆け込む。ピアノの前に座り、アッテルベリのピアノ協奏曲変ロ短調を弾き始める。別の曲でもいいのだろうけれど、これでないといけない気もした。
演奏が終わり、外に出る。しばらく待っていると、ピンク色のポールのようなあいつが現れた。
「どうも!」
「やあ! 初めまして。エイリアンの悟です」
「私はエンドと言います」
知っているよ、と言う言葉は飲み込んだ。このエンドは、僕を初めて見たエンドなのだ。悲しいが、ここまで来ると確信せざるを得ない。時間が、巻き戻っている。
そしておそらくそれは、実験室の仕業だ。俺たちは実験室の場所を突き止め、いよいよ乗り込もうとしたところだった。そこで意識が途切れ、気付けば夢の中だったのだ。
次は、失敗しない。
二度目の旅は、すんなりと目的地に着けた。何せすでに一回を発見しているのだ。
前回と同じでは、また時間が戻ってしまうだろう。前回は扉をこじ開けて入ったが、そこで何らかのセキュリティが発動してしまったのかもしれない。
「正面からはやめよう」
「どうするんですか?」
「天井から穴を開けて入ろう」
見張りがいるとか、そういう感じではない。上に登って、時間をかければ穴を開けることはできるだろう。何となくだが、そっちの方が上手くいく気がする。
「よし、行こう」
夢を見ている。
地球を出てから、夢の中で夢と気づけるようになった。体質が変わったのかもしれない。
とてもいい人と出会っている。全く人生で出会ったことのないタイプの。けれども、そんな人はいないことも知っている。夢だから。
いやいや、この夢みたわ!
目を開ける。やっぱり戻っている。
作戦を考える。どうやら、施設に入った瞬間こうして時間が戻されてしまうようだった。明らかにこれは実験室の「意志」だ。自らが生み出したものが、帰ってきたら時間ごと巻き戻してしまうというのはどういうことだろう。もしくは――俺がいるからいけないのか? 侵入者だけに反応しているのだろうか。しかし、エンドも戻ってきている。いや、もしかして元の世界のエンドは戻っていない? それを確かめるすべはない。
何かを変えなければならない。何を? 一生懸命考える。せっかくここまで来たのだから、手ぶらで帰るわけにはいかない。何よりエンドを、実験室に入れてやりたい。
「よし、これで行こう」
考えをまとめた俺は、意を決して楽器屋に向かった。
「精神ケーブル?」
エンドは両手を挙げた。
「ああ。元々は言語が通じない宇宙人同士が意思疎通するために開発されたんだ。ほら」
俺は右の後ろ髪をかき上げて、耳の後ろにある端子を見せた。
「おお」
「ここにケーブルを指して、相手とつなぐ。すると直接記憶や気持ちをやり取りすることができる」
「すごいです! でも今なんでそんなことを?」
「画期的な技術だけど、思わぬ副作用もあった。長くつないでいると、お互いの意識が混濁してしまうんだ。ついには、別の一つの人格になってしまうことがある」
「はー」
「そして、今回はそれが狙いだ」
「え?」
「エンドが信じるかはわからないけど、俺はすでに君と二度、実験室に行っている」
「え? え?」
「そのたびに出会う直前の世界に戻されているんだ。実験室の場所、すぐに分かっただろ? それが証拠さ」
「すぐには信じられませんが……」
「まあ、そうだろうけど。とにかく俺か君か、どちらかがいると時間が巻き戻されてしまうと思うんだ。だから、新しい人格になって乗り込むしかない」
「なるほど」
「嫌だったら当然拒否してくれ。安全は全く保障できない」
エンドはしばらく、うろうろと歩き回った。そして俺の目の前に立つと、両手を前に突き出した。
「わかりました。やりましょう!」
「いいのか」
「はい」
「元の自分ではなくなるかもしれないんだぞ」
「それでも大丈夫です。サトルは優しいから」
俺は、エンドの両手を握った。
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