実験室

「私は実験室ラボに帰りたいんです」

 エンドは言った。

 俺たちは比較的広い建物の中にいた。机や椅子が並んでおり、会議室だったのではないかと思われる。そこで俺は携帯食を食べ、エンドは緑色の水を飲んでいる。なんでも水分さえ採ればいいらしいのだが、「味に飽きる」らしく、色々なものを混ぜてみるという。

「実験室?」

「私はそこで生まれたらしいです。そういう知識があります」

「そうなのか」

「それは本来の生物であれば『親』のようなものだと思います」

 エンドは「生物」を知識でしか知らない。初めて見た実例が俺なのである。

「それはどこにあるんだ」

「わかりません。そういう知識はないんです」

「ふうむ」

 ほかの星の例からして、何かの生物を実験する知識があり、文明が失われた後も稼働していた、という感じだろうか。

「手がかりもなくて。もう、二年は探しています」

「二年! それはつらかったなあ。何か手伝ってあげられればいいけれど」

「本当ですか!? サトルはきっと、私にない技能を持っています。力を貸してもらえるとありがたいです」

「そうだなあ。とりあえず車があるから移動は早くなる。うん、一緒に実験室を探そう」

「ええっ、そんなことまで!」

 もちろん優しさから、ではない。実験室が何か気になるし、生命を生み出す施設があるとすれば報告書の価値も上がる。なにより、生まれる前の生命に与える知識を選べる技能があるとすれば、人類にとっては初めての発見になるはずだ。俺が何らかの権利を有することができれば、一生働かないでいられるだけの利益を得られるかもしれない。

「俺はこの星の調査に来たからね。俺もエンドに助けてもらえると思うよ」

「なんと幸運なことでしょう!」

 エンドは大きく手を振っている。

「それは俺もだよ。この星では誰にも会えないかと思っていた」

「サトルはいろいろな星に行っているのですか」

「まあね。星に行くのが仕事」

「仕事とは何ですか」

「それは知らないのか。生きていくためにしなきゃいけないことだよ」

「なるほど。私にはない機能があるようですね」

 俺とエンドは、色々なことを話した。エンドが知っているこの星のことを、俺の端末に入力していく。大まかな地形などはもともと把握していたが、細部はまたまだ知らないことが多かった。エンドはいろいろなことを元々知っていたし、自分で調べたことも多かった。全ての情報を合わせると、「悲の星」のことがかなりわかってきた。

 この星にはエンド以外の生物はいない可能性が高い。元々多くの生物がいて、文明も発達していたはずだが何らかの理由で絶滅してしまった。俺の前にも調査員が来た痕跡はあるようで、この星由来でない物質でできた廃棄物をエンドは見つけたことがあるらしい。

 ただ、「実験室」が生命を生み出すものだとすると、そこにはエンドと同様の生物がいるのではないか。エンドの兄弟が大地のどこかにいる、ということも考えられる。

 この星の海は、地表の約六割だ。大陸と呼べるものは三つある。ちなみにエンドは泳ぐことができないらしく、船も持っていない。この大陸しか調査はできていないという。

 エンド自身が水を渡れないならば、それを生み出した実験室もこの大陸にあると考えていいのではないか。

 まだエンドが行っていない場所、俺が捜索していない地域をタブレットに書き込んでいき、それ以外の調べるべき場所を洗い出していく。

「すごい、色々とできるんですね」

「これが文明というものだよ」

 俺がいろいろ発明したわけではないが、なんか誇らしかった。

「そうですか。この星のものは何も残っていなさそうです」

「確かに」

 ここまですっからかんというのも、なかなか珍しい。まるでこの星の痕跡を消し去るかのように、あらゆるものがなくなっている。それでいて、楽器屋だけはそのまま残っていた。

「実験室には、いろいろ残っている気がするんです」

「そうだろうなあ。とりあえず、明日から探しに出かけよう」



 俺たちの旅は、とても長くなった。

 衛星写真から、ある程度「ない場所」はわかっていた。ただ、実験室が何らかの計画に基づいて作られているならそもそも見つかりにくいところにあるはずで、目星を付けることは困難だった。

 幸いにも生命が滅んでいるので、森林に視界を遮られるということはない。土に砂、石に岩の光景が続く。殺風景にも思えるが、ところどころ面白いものもある。

「あっ、エンド。見てみろ」

「どうしたんですか」

「化石だ。なんかの貝が入ってる」

「おお! 生物の変化したものですね」

「ここ、昔は水の中だったのかな。陸生の貝という可能性もあるか」

 この星にどのような生態系があったのかはわからない。専門家ならば喜ぶかもしれないので、いくつか化石を採取した。

「私の仲間の化石も見つかるでしょうか」

「どうだろう。そもそもエンドは進化が生み出したのかな?」

 どの星の生物にも、エンドに似たものはいない。実験室が親と言うことからも、「創り出されたもの」の可能性が高いと考えている。

 それがエンドにとって悲しいことなのかどうかはわからない。

「ちょっと待て。この地層、おかしくないか?」

 化石の見やすい断層だと思っていたが、あまりにも断面がきれいなのが気になった。自然にできないかどうかはわからないが、人工的なものの可能性が高い気がする。

「ここを切り拓いたのか……。奥に行くために?」

 この先には、何かがあるような気がする。

「サトル、発見しましたか?」

「わからない。今日はここで一泊して、明日調査するとしよう」

「はい」


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