永遠エイリアン

清水らくは

ピアノ

 「悲の星」という呼び名は伊達ではなかった。

 調査を始めて一週間。めぼしいものは何も見つかっていない。町の痕跡は見つけたものの、すでに価値のあるものは盗まれてしまったのか、何も残っていなかった。歴史を知ることができるものも、売って金になるものも全くなかった。

 本来ならば、わざわざこのようなところには来ない。儲からないからだ。しかし今回はすでに依頼金をもらって、そのうえで調査に来ている。「成果がなかった」という報告も一つの成果になる状態である。

 屋根のある所を選んで、今日の宿泊場所とした。

 まだ外は明るいが、眠ることにする。この星は、夜がとても短い。地球の感覚でいると全く寝るタイミングがつかめない。



 夢を見ている。

 地球を出てから、夢の中で夢と気づけるようになった。体質が変わったのかもしれない。

 とてもいい人と出会っている。全く人生で出会ったことのないタイプの。けれども、そんな人はいないことも知っている。夢だから。

 宇宙探査は、そもそも人間と合わない孤独な仕事だ。人恋しさが、こういう夢を見させるのだろう。

 手をつないでいる。ともに進んでいく。僕は鼻歌を歌っている。



 目を開ける。

 今日もすべきことは変わらない。とりあえず、街の中を歩いてみる。

「おっ」

 そんな中、目についたものがあった。ガラス窓の向こうに、多くの楽器が見えたのだ。扉は壊れていて、簡単に中に入ることができた。

 見たことのない弦楽器や管楽器が置かれていた。この星で作られた楽器だろう。そんな中、黒くて大きなピアノが一台、ことさら存在感を放っていた。これは見たことがある。「スターウェイ」と呼ばれる、全宇宙的にヒットした一台である。

 宇宙との交流が始まったころ、ある宇宙人が地球のピアノを見て驚愕したのが始まりだった。その人の星には、ピアノのような楽器がなかったのだそうだ。そこで地球から百台ほど買い取り星に持って帰ったところ話題になり、地球に大量の注文が届いた。「これはいける」と踏んだ地球側は、ピアノを重要な輸出物と考えるようになったのである。

 以後、地球製のピアノは様々な星で売られることとなった。この星とは貿易関係にはなかったので、別の星から持ち込まれたものだろう。ひょっとしたら、地球外で作られた模造品という可能性もある。

 椅子に座ってみる。崩れたりはしなかった。

 蓋を開けると、白と黒の鍵盤が姿を現した。指を落としてみる。「ド」の音が響いた。右へと指を滑らせていく。かなり音が狂っていたが、音階として間違っている、というほどではなかった。

 一局、弾いてみる。アッテルベリのピアノ協奏曲変ロ短調。みんなと違う曲が弾きたくて、子供の頃はよく練習していた。とにかくかっこいい曲だが、結局どこでもお披露目する機会はなかった。それを今、遠い遠い星で弾いている。

 観衆はいないが、文句を言ってくる隣人もいない。とても気持ちのいい時間だ。

 とりあえず記録を取り、建物を後にする。面白そうなものは、なかなか見つからない。

 この街もそろそろ終わりか、と思っていたところ、道の先に変なものが見えた。ピンク色のポールに見えたが、どうもおかしい。道の真ん中に立っているし、何より、動いている。下の方には細い四本の棒が見え、どうやらそれが足として機能しているようだった。

「ロボット? 生物?」

 今まで見たことのないタイプのものだった。とりあえず映像記録を撮って、慎重に近づいていく。

 上半身にも二本の棒が見える。腕として機能するのだろうか。何か持っている様子はない。荷物もない。

「どうも!」

 声を出したのでびっくりして後ずさってしまった。しかもわかる言葉、宇宙共通語スペスラントだった。

「お、おう。俺が見えるのか?」

「はい! あなたは宇宙人ですか?」

 しっかりとした、少し高い声だった。よく見ると、上部にいくつかの小さな穴があった。どれかが目で、どれかが口なのだろう。

「まあ、ここではそうなるな」

「私の名前はエンド! あなたは?」

「俺は悟」

「サトル! 私が初めて会った生命体です」

 エンドは二本の腕をひらひらと舞わせた。何かを表すジェスチャーなのだろう。

「そうか。生命体……はこの星にいないのか?」

「いるはずですが、出会えていません。多分、どこかに私の同胞が。そして、親が」

「エンドは親と会ったことがないのか」

「わかりません。気が付けば一人でした」

 親が育てるタイプの生物ではないらしい。

「一人なのに、すごく流暢にしゃべれるんだな。知識もあるっぽい」

「知識は生まれた時からありました」

 知識が遺伝するタイプかもしれない。便利だ。

「なかなか珍しい星なのだろうか」

「サトルさんはどこから来たんですか?」

「ああ、俺は地球」

「地球! あのスターウェイを作った!」

「知っているのか」

「知ってるも何も、その音を聞いて駆け付けたんだから」

 なんと、先ほどの演奏が宇宙人を引き寄せたらしい。なんでもやってみるものである。

「この星でも音楽が流行っていたのかな? 楽器屋のようなものはあったけれど」

「わかりません。この星の文明時代の知識はなくて」

「調べたりもできない?」

「今のところ。いろいろ探してはいるんだけど。そんな中サトルがいたからすごくびっくりしました」

「ふうむ。とりあえずもう一日この街にいることにするよ。いろいろな話を聞かせてくれないか」

「喜んで」

 こうして俺は、宇宙人とのコンタクトに成功したのであった。

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