【31曲目】君は何かができる
<intro>
平成28年8月29日 日曜日
カキーン
野間が恋人のサユリのスイングを眺めていると、3つ隣の『球速140km/h・直球』のレーンから甲高い金属音が鳴り響く。
(野球経験者かな? いい当たりばかりだ)
ズバン
一方、サユリのバットにはなかなかボールが当たらない。
(『球速90km/h・直球』でも初心者には厳しいか・・・)
そもそも二人の馴れ初めは同じプロ野球チームのファン同士で、横浜スタジアムでの野球観戦仲間だった。共通の話題があるせいか一緒に過ごす時間が増えるにつれお互い居心地の良さを感じ、2014年シーズンのグリエル選手のホームランの際にハグした事をきっかけに付き合うようになった。以降、週末になると横浜で一人暮らしをしているサユリの部屋で過ごすようになる。もちろん、この時点で二人はのちに結婚することになるとは想像もしていなかったし、ただただ毎日をお気楽に過ごせれば良いと考えて付き合っていた。
そして、この日二人は近所のバッティングセンター、略してバッセンに開店時間の午前11時からやってきた。
(昨晩、急にバッセンに行きたいと言い出したのは、先週終了した全国高校野球選手権大会の影響だろうな。プロ野球を見ていてもバッセンに行きたいなどと言い出した事はなかったもん。ちょっと前にみた中学野球を舞台にしたアニメからの流れで、高校野球を見たあたりから、『やってみたい
バッセンに入り専用コインの販売機でコインを5枚手にいれ貸出の軍手を手に取ると、二人は1番遅い球速のレーンに向かった。草野球の経験があった野間は初体験のサユリに手本を見せようと先にレーンに入ると、バットを選びベンダーにコインを投入して左打席に立つ。それなりに器用なのでミートを心掛ければ空振りはしない。1コインで20球が終了すると野間はサユリをレーンに招き入れ、バットを持たせてかるくスイングのレクチャーをする。元々野球に詳しいサユリは飲み込みが早く、野間よりも身長が高いせいかスイングする姿は野間よりも
「イイ感じじゃん。頑張って」
野間がレーンの外からサムアップで声援を送ると、サユリは意を決したようにベンダーにコインを入れ左打席に立った。
5枚のコインを使い切り二人はそれなりに疲れた様子でバッセンを退出し、寄り道しながら昼食を買ってサユリの部屋へ帰る。結局、サユリの初挑戦の結果は60球中60球空振りの惨敗だったが、サユリの中では納得の結果らしく早くも翌週の
「トキチカさん大丈夫?」
「サユリちゃんも打てるようになったらわかる事だけど、空振りよりも打つ方がダメージ大きいのよ」
<side-A>
「でも、ブルーノがどこにいるかわかるの? アイツ、六曜日は休みでギルドにいないわよ」
「ん? ちょっと待ってね」
ノーマンが
「アイツ、冒険者ギルドにいるみたいよ」
「なんでわかるのよ」
「
マリカは少し考えてから、この
「・・・キモッ。どんな
「簡単に言うと音を聞き分ける
「じゃあ、アタシの居場所とかも特定できちゃうわけ?」
「意識すればね」
「・・・アタシに使うのは禁止だから」
(面倒くさい女だなあ。でも、確かに勝手に自分の居場所を特定されるのは、気持ちのいいものじゃないな。他の人に気持ち悪がられるのも嫌だし)
「じゃあ、使わないないでやるからこの
「・・・わかった。でも、アイツなんで冒険者ギルドにいるのかしら?」
「さあね、まあ本人に直接聞いてみるといいよ」
「それもそうね」
冒険者ギルドの前に到着すると、ノーマンは建物の中に入ろうとはしなかった。
「どうしたの?」
「建物の中にはいない。多分、裏手の修練場ってところにいるみたい」
「じゃあこっちね」
マリカの案内でギルドの裏手へ向かうと、それは立派な闘技場のような修練場がある、通用口を抜けると中央の広場を囲む観戦席に出る。そして、中央の広場でブルーノが一人で剣を振るっているのが見えると、マリカは何を思ったのか
「
(っておい、なぜ攻撃する?)
ブルーノは背後から飛来した
「おいおい、いきなり魔法攻撃はないだろう? マリカ」
「サービスだよ。剣を振ってるだけじゃ、練習にならないだろ?」
「ふっ、違いない」
ノーマンは二人のやり取りを見ながら煙草に火をつけた。
「ギルドマスターってのは、お休みの日も修行してんのか?」
「いやいや、旦那にやられてから俺自身もっと上を目指してみようかなと。
やっぱり、それなりに悔しかったのかも知れんな。レベルも頭打ちと聞いているし、ブルーノのために何かできる事があればいいのだが。
「それで、今日は二人で仲良くおでかけか?」
「なんですっ・・・」
マリカがブルーノの
「何か用事か?」
「まあねえ」
ノーマンは頭をクシャクシャとしながら、その問いに少し照れ臭そうに答える。
「あのさ・・・もう一回、やらない?」
「なにを?」
「だから、こないだの
「いやいや、旦那は武器も持たず圧勝したじゃねえか」
「そりゃお前、こないだは
すると、前回の戦いの成り行きを知らないマリカが声を荒げた。
「ちょっと、ノーマン。いくらあんたが☆7だからって、ブルーノが本気出したら、かすり傷じゃ済まないわよ」
「いいんだよ。
そう言って
「それに、お前もモヤモヤしてるから、こうやって休日返上してまで一人で剣を振ってたんだろ?」
「しかし・・・」
「よし、わかった。賭けをしよう」
「賭け?」
「
ブルーノはその提案を聞きキョトンとした表情を浮かべたが、しばらくして自分のアゴをさすりながらノーマンの言葉の意図を考えた。
(たしかに、俺たち冒険者は基本自分より強い敵とサシで戦う機会は少ない。俺自身、自分のレベルに限界を感じているのは、そういう事も影響しているのか? 自分より強い相手と全力でぶつかれば、何か掴むきっかけになるかもしれない。そして、なにより・・・)
「ギルドマスターとして、このまま舐められっぱなしってわけにはいかんな」
ブルーノが迷いが晴れたような表情でノーマンを見つめると、ノーマンは優しい微笑みを返した。
「よしわかった、旦那。全力で行かせてもらう。こないだのようにはいかんぞ」
(よし、ノッてくれた。正直、前回は圧倒しろと言われて、素直に圧倒してしまったから、この賭けにはノッてこないのではと思っていた。待てよ、裏を返せば全力だったら一太刀浴びせる自信があるってことか?)
「じゃあ、賭けは成立だ。マリカ、どっちかが一撃食らったら、すぐにそれで治療してくれよ」
この時、ノーマンと手合わせした経験のあるブルーノと、それを知らないマリカの間には認識のギャップがあった。ブルーノが今度こそは何とかノーマンに一撃をくれてやるという挑戦者の気持ちでいたのに対し、マリカはノーマンがロカーナ王国内において最強クラスのブルーノを舐めきって油断していると思っていたのである。それゆえに、マリカはやれやれという表情を浮かべ、ノーマンの頼みを仕方なしに受け入れた。
「はいはい、わかりました。どうなっても知らないからね」
ブルーノとノーマンは修練場広場の真ん中で向かい合う。ブルーノが前回と同様に半身になって片刃の大剣を右肩口に構えると、ノーマンも前回と同様に腕組みしたまま仁王立ちで正対して構えた。
「おい、旦那。さすがに素手ってのは舐めすぎじゃないか?」
「こないだ手を抜いてたのはお前だけじゃないからね」
「?」
「悔しかったら、僕に武器を持たせてごらんよ」
「死んでも知らねえぞ」
「殺す気で来ないと当たらないから」
両者がニヤリと不敵な笑みを浮かべると、マリカが戦闘開始の合図をする。
「はじめっ」
「『
マリカの合図と同時にブルーノが体を
(くっ、前より速い)
ノーマンは慌てて後方に下がって距離を取ろうとしたが、ブルーノは再び
(
ノーマンの行方を見失ったブルーノの後方からノーマンが声をかける。
「さすがはギルドマスター、こないだとは段違い。これなら僕も武器を持つ意味があるね」
ブルーノが声の方向に振り向くと
「ん、それ
「ちょっと、ノーマン。それで戦う気?」
「旦那、いくらなんでも俺の攻撃を受けたら、それじゃもたんぞ」
ギルドマスターたちはノーマンの無謀に見える行動を理解できていない。
(おやまあ、まさかとは思うが皆さんご存じない?
そもそも、レオが特訓で槍を壊しかけた事や、
ところが俺ときたら
いくらディオさんがくれた槍が初心者向けだったとしてもだ、道具の性質上、武器として作られた槍が俺の
レオと
それを気づかせてくれたのは、カトリヤ村で食らったパイアお姉さまの一撃だった。
そのあと、バジリスクの洞窟で硫酸に触れた服が溶けなかった事で、自分の能力が装備品に影響するのを体感した。
そんで、レオの
あの戦いの
でも、おかげでほぼほぼ確信した。それは、装備品だけじゃなく武器もどうやら使用者のレベルや能力が反映するっぽいということ。つまり、この
でも、ギルドマスターともあろう者たちがそういう反応を示すということは、この世界では一般的には認識されていないのかもしれない。この世界の常識を知らん俺だから気づいたのかもな)
ノーマンは久しぶりに手にした
「まあ、そう言ってくれるなよ。僕の大事な相棒なんだから」
両手の
「その相棒が壊れても文句言うなよ、旦那」
「壊さないと、
その刹那、ノーマンは一気に距離を詰めて、上段からブルーノの両肩めがけて2本の
(お前が攻撃力を
ノーマンの2本の
(うん。とりあえず、ブルの剣が相手でも
そして、ギルドマスターであり『
(ウソでしょ?いくらノーマンが☆7だからって、あのブルーノが
「どうよ、僕の相棒?」
「また色々と常識を改めなければならんようだな。あとでご教授願えるか?」
「もちろん。というか、お前たちが知らんことの方が問題だ」
「そうかもな・・・とりあえず、その件は後回しってことでっ」
ブルーノが全身の瞬発力を総動員してノーマンを一気に押し返すと、ノーマンはその
「体の割りにエライ重たいじゃないか、旦那」
「
「そりゃまた、初耳の
「ブルなら覚えられそうかも・・・僕の修行について来られたらね」
「へっ、旦那と付き合ってたら、まだまだ強くなれそうな気がしてきたよ」
ブルーノは言い終わる前に攻勢へ転じ、最初と同じ戦法で再びノーマンへ斬りこんでいく。
<side-B>
(この
ノーマンが右の
(チッ、
覚悟を決めノーマンの懐に飛び込んだブルーノは、ノーマンの右胴に向かってスピードの乗った斬撃を放つ。
(回避されるか?)
ノーマンのスピードを体験済みのブルーノは少し諦めかけたが、予想は外れノーマンは回避せずに右の
「うそ、片手で止めるの?」
ブルーノの攻撃はマリカから見ても武器ごと相手を破壊するほどの重たい一撃であったはずだったが、なぜか攻撃した側のブルーノの両手にズンッという衝撃が走りブルーノの動きが止まる。
「?」
ノーマンは思わずニヤリと笑った。
「
「ありがたいな」
ブルーノは後方に飛び一旦距離をとると、刀身を後方に隠すように半身で構え、低い姿勢をとって足に
(なんなんだ、あの衝撃は?ほんの少しだが、まだ手が痺れている。ただ
ブルーノは上半身を少し
しかし、ブルーノに動揺はなかった。こと戦闘にかけては超一流のセンスを持っているブルーノは、すでにノーマンとの力量の差は悟っていた。この戦いの目的はもはや自身の腕試しと賭けの勝利でしかない。
どんなに
(くっ、剣が持ち上がらない。さっきの
「・・・あのよ、旦那」
「なあに?」
「
「そういえば決めてなかったね。うーん、お前が
(舐めやがって)
「終わらないぞ?」
「そうでもないさ」
そう言ってからノーマンが『ブルーノの首を掻っ切る』という意思を込めて
「さっすがギルドマスター、ナイス判断。安心しろ、少し威嚇しただけだ」
顔面蒼白のブルーノは片膝をつきながら、ノーマンを警戒しつつ
(えっ? 今なにが起きたの?)
マリカはきょとんとして、事態を把握できていない。
「それも
「詳細は知らんが多分ね」
ノーマンがブルーノの剣を
「それよか、凄くイイ連続攻撃だったよ、ブル。まだこんなもんじゃないだろ?
?」
「ああ、まだまだここからだ」
ブルーノは少し笑って剣を地面から引き抜くと再びノーマンに斬りかかり、先ほどと同様にノーマンの
(こいつ、俺が反撃しないと確信したな。平気で背中見せながらクルクルと
繰り返されるブルーノの攻撃を淡々と
(そう考えると、
攻撃を繰り返すたびにブルーノの両手・両腕には
(
ノーマンはブルーノの猛攻をうけながら、なんとなく
(確かにレベルとスピードは旦那が上だ。だが、攻撃力は俺の方が高いはず。にもかかわらず、ここまで簡単に俺の斬撃が止められるのは、すべて旦那の
消耗戦の覚悟を決めたブルーノは、自身の限界が近い事を悟りつつも必死で攻撃を繰り返す。
(なんだよ、こいつ。急に攻め方が変わったな。威力よりも手数を増やして来やがった。まるで俺の何かを削るような戦いっぷりだ)
しかし、はたからみれば圧倒的に押しているようなブルーノの連続攻撃は、ノーマンの
(まずいな、攻撃をするたびに握力が奪われていく・・・それでも、止めるわけにはいかない。旦那の
徐々に苦しい表情へと変わっていくブルーノを見ながら、ノーマンはもはや同情に近い感情を
(わかる、わかるよ。空振りよりも当たる方が辛いんだよ。十回の空振りより一回のミートの方がダメージなのよ。バッセンでなまじ絶好調だったりするとさ、終わった後に箸も使えなくなったりね。指にも手首にも肘にも蓄積すんだよね・・・ダメージ)
「なんで、押してるブルーノの方が辛そうなのかわからないけど、そろそろ終わりそうね」
マリカが頬杖をつきため息交じりにそうつぶやくと、その声を拾ったノーマンはブルーノの剣を
「ブルくん、ブルくん。そろそろ限界っしょ?」
「うるへー。俺の体力なめんじゃねえぞ」
(もう肩で息しちゃってるじゃん。そろそろ俺も飽きてきたし)
「わかった。じゃあ体力が余っているうちに、最後の一撃打って来いよ」
「はっ?」
「もう、
(コイツ、俺の最強の技を誘ってやがるな。いいだろうよ、見せてやるよ。初見でさばけると思うなよ)
「後悔すんなよ・・・旦那」
ブルーノは呼吸を整え気合を入れなおすと、剣を頭上に真っ直ぐ持ち上げ、姿勢良く上段で構えた。それを見たノーマンは肩の
(チッ、余裕見せすぎだろ。いや、ダメだ。集中しろブルーノ。旦那の
二人が目を合わせ相撲の仕切りのように互いの呼吸を探り合うと、その異様な緊張感が伝わったマリカは息を止めた。しかし、マリカの息は長くは続かず勢いよく息を吐き出すと、それを合図にしたようにブルーノは剣を力強く振り下ろす。
ノーマンは
「くらえ、必殺・
自ら放った
「素晴らしい」
そう呟いて微笑んだノーマンを見て、ブルーノは一瞬だけ勝利を確信した。しかし、次の瞬間ノーマンがニヤリと笑うのが視界に入ると、その直後にブルーノの両手・両腕はとてつもない衝撃と激痛に襲われる。
(ブル。お前はまだまだ頭打ちなんかじゃないと思うよ・・・多分だけどお前もマリカも、もっとやれるよ)
※【32曲目】は2022年11月8日に公開です。
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