【31曲目】君は何かができる

<intro>

 平成28年8月29日 日曜日


 カキーン

 野間が恋人のサユリのスイングを眺めていると、3つ隣の『球速140km/h・直球』のレーンから甲高い金属音が鳴り響く。

 (野球経験者かな? いい当たりばかりだ)

 ズバン

 一方、サユリのバットにはなかなかボールが当たらない。

 (『球速90km/h・直球』でも初心者には厳しいか・・・)


 そもそも二人の馴れ初めは同じプロ野球チームのファン同士で、横浜スタジアムでの野球観戦仲間だった。共通の話題があるせいか一緒に過ごす時間が増えるにつれお互い居心地の良さを感じ、2014年シーズンのグリエル選手のホームランの際にハグした事をきっかけに付き合うようになった。以降、週末になると横浜で一人暮らしをしているサユリの部屋で過ごすようになる。もちろん、この時点で二人はのちに結婚することになるとは想像もしていなかったし、ただただ毎日をお気楽に過ごせれば良いと考えて付き合っていた。

 そして、この日二人は近所のバッティングセンター、略してバッセンに開店時間の午前11時からやってきた。

 (昨晩、急にバッセンに行きたいと言い出したのは、先週終了した全国高校野球選手権大会の影響だろうな。プロ野球を見ていてもバッセンに行きたいなどと言い出した事はなかったもん。ちょっと前にみた中学野球を舞台にしたアニメからの流れで、高校野球を見たあたりから、『やってみたい雰囲気オーラ』が溢れ出していたから・・・)

 バッセンに入り専用コインの販売機でコインを5枚手にいれ貸出の軍手を手に取ると、二人は1番遅い球速のレーンに向かった。草野球の経験があった野間は初体験のサユリに手本を見せようと先にレーンに入ると、バットを選びベンダーにコインを投入して左打席に立つ。それなりになのでミートを心掛ければ空振りはしない。1コインで20球が終了すると野間はサユリをレーンに招き入れ、バットを持たせてかるくスイングのレクチャーをする。元々野球に詳しいサユリは飲み込みが早く、野間よりも身長が高いせいかスイングする姿は野間よりもサマになっている。

 「イイ感じじゃん。頑張って」

 野間がレーンの外からサムアップで声援を送ると、サユリは意を決したようにベンダーにコインを入れ左打席に立った。


 5枚のコインを使い切り二人はそれなりに疲れた様子でバッセンを退出し、寄り道しながら昼食を買ってサユリの部屋へ帰る。結局、サユリの初挑戦の結果は60球中60球空振りの惨敗だったが、サユリの中では納得の結果らしく早くも翌週の再戦リベンジが決定しているらしい。一方で、野間は40球中40球ミートに徹し空振りはしなかったが、その分両手にダメージを受けていた。

 「トキチカさん大丈夫?」

 「サユリちゃんも打てるようになったらわかる事だけど、空振りよりも打つ方がダメージ大きいのよ」

 

<side-A>

 「でも、ブルーノがどこにいるかわかるの? アイツ、六曜日は休みでギルドにいないわよ」

 「ん? ちょっと待ってね」

 ノーマンが特定集音ピック・アップでブルーノの居場所を探ると、ブルーノはどうやら冒険者ギルドにいるらしく、しかも息を荒げているように聞こえた。

 「アイツ、冒険者ギルドにいるみたいよ」

 「なんでわかるのよ」

 「吟遊詩人バード技能スキル

 マリカは少し考えてから、この技能スキルの感想を述べる。

 「・・・キモッ。どんな技能スキルよ」

 「簡単に言うと音を聞き分ける技能スキルだよ」

 「じゃあ、アタシの居場所とかも特定できちゃうわけ?」

 「意識すればね」

 「・・・アタシに使うのは禁止だから」

 (面倒くさい女だなあ。でも、確かに勝手に自分の居場所を特定されるのは、気持ちのいいものじゃないな。他の人に気持ち悪がられるのも嫌だし)

 「じゃあ、使わないないでやるからこの技能スキルの事は口外するなよ」

 「・・・わかった。でも、アイツなんで冒険者ギルドにいるのかしら?」

 「さあね、まあ本人に直接聞いてみるといいよ」

 「それもそうね」


 冒険者ギルドの前に到着すると、ノーマンは建物の中に入ろうとはしなかった。

 「どうしたの?」

 「建物の中にはいない。多分、裏手の修練場ってところにいるみたい」

 「じゃあこっちね」

 マリカの案内でギルドの裏手へ向かうと、それは立派な闘技場のような修練場がある、通用口を抜けると中央の広場を囲む観戦席に出る。そして、中央の広場でブルーノが一人で剣を振るっているのが見えると、マリカは何を思ったのか戦譜スコアを開きブルーノに向けて攻撃魔法を放った。

 「氷針ニードル

 (っておい、なぜ攻撃する?)

 ブルーノは背後から飛来した氷針ニードルを剣で撃ち落とすと、魔法マジックが放たれた方を睨みつけた。そして、そこではじめて2人の来訪に気づいたブルーノは、表情を緩め少し恥ずかしそうに剣を鞘に納め2人の方に歩いていく。

 「おいおい、いきなり魔法攻撃はないだろう? マリカ」

 「サービスだよ。剣を振ってるだけじゃ、練習にならないだろ?」

 「ふっ、違いない」

 ノーマンは二人のやり取りを見ながら煙草に火をつけた。

 「ギルドマスターってのは、お休みの日も修行してんのか?」

 「いやいや、旦那にやられてから俺自身もっと上を目指してみようかなと。ガラにもなくね・・・」

 やっぱり、それなりに悔しかったのかも知れんな。レベルも頭打ちと聞いているし、ブルーノのために何かできる事があればいいのだが。

 「それで、今日はおでかけか?」

 「なんですっ・・・」

 マリカがブルーノのやかしに少しイラっとして何かを言おうとしたが、ノーマンはそれを制して観戦席からヒョイと広場に飛び降りた。

 「何か用事か?」

 「まあねえ」

 ノーマンは頭をクシャクシャとしながら、その問いに少し照れ臭そうに答える。

 「あのさ・・・もう一回、やらない?」

 「なにを?」

 「だから、こないだの再戦リベンジをさ」

 「いやいや、旦那は武器も持たず圧勝したじゃねえか」

 「そりゃお前、こないだは加速アクセルくらいしか使ってなかったろ? 今度は職能アビリティ技能スキルも全部使って、手加減なしで来いよ」

 すると、前回の戦いの成り行きを知らないマリカが声を荒げた。

 「ちょっと、ノーマン。いくらあんたが☆7だからって、ブルーノが本気出したら、かすり傷じゃ済まないわよ」

 「いいんだよ。大怪我おおけがしたって死ななきゃ。薬品ポーションで治しゃいいんだから」

 そう言って治療薬スピナの瓶をマリカの方へ放り投げる。

 「それに、お前もモヤモヤしてるから、こうやって休日返上してまで一人で剣を振ってたんだろ?」

 「しかし・・・」

 「よし、わかった。賭けをしよう」

 「賭け?」

 「一太刀ひとたちだ。僕に一太刀ひとたちでも浴びせたら、お前の勝ちでいい。お前が勝ったらなんでも言う事聞いてやる。たまには自分より強いヤツ相手に全力で挑んでみろよ、ブル」

 ブルーノはその提案を聞きキョトンとした表情を浮かべたが、しばらくして自分のアゴをさすりながらノーマンのの意図を考えた。

 (たしかに、俺たち冒険者は基本自分より強い敵とで戦う機会は少ない。俺自身、自分のレベルに限界を感じているのは、そういう事も影響しているのか? 自分より強い相手と全力でぶつかれば、何かきっかけになるかもしれない。そして、なにより・・・)

 「ギルドマスターとして、このまま舐められっぱなしってわけにはいかんな」

 ブルーノが迷いが晴れたような表情でノーマンを見つめると、ノーマンは優しい微笑みを返した。

 「よしわかった、旦那。全力で行かせてもらう。こないだのようにはいかんぞ」

 (よし、ノッてくれた。正直、前回はしろと言われて、素直に圧倒してしまったから、この賭けにはノッてこないのではと思っていた。待てよ、裏を返せば全力だったら一太刀浴びせる自信があるってことか?)

 「じゃあ、賭けは成立だ。マリカ、どっちかが一撃食らったら、すぐにで治療してくれよ」

 この時、ノーマンと手合わせした経験のあるブルーノと、それを知らないマリカの間には認識のギャップがあった。ブルーノが今度こそは何とかノーマンに一撃をくれてやるという挑戦者の気持ちでいたのに対し、マリカはノーマンがロカーナ王国内において最強クラスのブルーノを舐めきって油断していると思っていたのである。それゆえに、マリカはやれやれという表情を浮かべ、ノーマンの頼みを仕方なしに受け入れた。

 「はいはい、わかりました。どうなっても知らないからね」


 ブルーノとノーマンは修練場広場の真ん中で向かい合う。ブルーノが前回と同様に半身になって片刃の大剣を右肩口に構えると、ノーマンも前回と同様に腕組みしたまま仁王立ちで正対して構えた。

 「おい、旦那。さすがに素手ってのは舐めすぎじゃないか?」

 「こないだ手を抜いてたのはお前だけじゃないからね」

 「?」

 「悔しかったら、僕に武器を持たせてごらんよ」

 「死んでも知らねえぞ」

 「殺す気で来ないと当たらないから」

 両者がニヤリと不敵な笑みを浮かべると、マリカが戦闘開始の合図をする。

 「はじめっ」

 「『刃波スラッシュ』」

 マリカの合図と同時にブルーノが体をじり反動をつけて大剣を横に振ると、剣圧が作り出した空気の刃がノーマンを襲う。ノーマンはをしゃがんで回避したが、ブルーノは間髪入れずかえす剣の反動に加速アクセルを重ね、しゃがんだノーマンに斬りかかった。

 (くっ、前より速い)

 ノーマンは慌てて後方に下がって距離を取ろうとしたが、ブルーノは再びかえす剣の反動に加速アクセルを重ね、すかさず距離を詰め追撃する。そして、自身の奇襲攻撃が成功したとブルーノが思った瞬間、ブルーノの視界からノーマンの姿は消えてしまった。

 (刃波スラッシュ、ヤバッ。風刃エッジ鎌鼬かまいたちとはわけが違うぞ。まあ、それでも遠距離攻撃はあると思ってたからこれは想定内。だけど、筋力+攻撃力を速度スピードに変換して加速アクセルに上乗せするってのは想定を超えてきたな)

 ノーマンの行方を見失ったブルーノの後方からノーマンが声をかける。

 「さすがはギルドマスター、こないだとは段違い。これなら僕もを持つ意味があるね」

 ブルーノが声の方向に振り向くと戦譜スコアを手にしたノーマンが使い慣れたを取り出す。

 「ん、それ山刀マチェットか?」

 山刀マチェットとは本来、山林での作業に用いられる道具であって、造りもどちらかといえば農具や調理器具などの方が近い。ノーマンがディオから譲り受けたこの2本の山刀マチェットも、ごくありふれた山刀マチェットでしかなく、おおよそ武器と呼ぶことはできないほど、明らかに粗末な道具だった。

 「ちょっと、ノーマン。それで戦う気?」

 「旦那、いくらなんでも俺の攻撃を受けたら、じゃもたんぞ」

 ギルドマスターはノーマンの無謀に見える行動を理解できていない。

 (おやまあ、まさかとは思うが皆さんご存じない?

 そもそも、レオが特訓で槍を壊しかけた事や、悪鬼之槍ゴブリンランスでレオの槍をへし折った事を考えれば、武器は壊れるって認識してなきゃいけなかったんだよね。

 ところが俺ときたら山刀マチェットが一向に壊れないものだから、をうっかり見過ごしてて、何も考えずに戦闘を繰り返していたわけだ。

 いくらディオさんがくれた槍が初心者向けだったとしてもだ、道具の性質上、武器として作られた槍が俺の山刀マチェットより強度も攻撃力も下ってことはあり得んのだよ。

 レオと乱取らんどりしてた時も巨岩兵士ストーン・ゴーレムと戦った時も、ずっと違和感を感じて・・・なかったんだよな、これが。正直な話、山刀マチェットが実際に壊れでもしない限り、この件について考えることはずっとなかったと思う。

 それを気づかせてくれたのは、カトリヤ村で食らったパイアお姉さまの一撃だった。山刀マチェットでしっかり防御した時、俺は血を吐くほどのダメージを受けているのに山刀マチェットがまったく無傷で、そこでやっと疑問に思ったんだ。

 そのあと、バジリスクの洞窟で硫酸に触れた服が溶けなかった事で、自分の能力が装備品に影響するのを体感した。

 そんで、レオの悪鬼之槍ゴブリン・ランス親父骸骨おやじがいこつ一角獣之槍ユニコーン・ランスがかち合った時に色々腑に落ちた。

 あの戦いのあとにレオたちが寝てから、俺はひそかに試してみたわけさ。やり方は最初に槍をへし折った時のように、マレディの宝物庫にあった強そうな武器をいくつか選んで、山刀マチェットで粉砕してやった。高値が付きそうだったからもったいなかったけど。

 でも、おかげでほぼほぼ確信した。それは、装備品だけじゃなく武器もどうやら使用者のレベルや能力が反映するっぽいということ。つまり、この山刀マチェットは☆7の俺が使う限り、めっちゃ強いってわけ。

 でも、ギルドマスターともあろう者たちがを示すということは、この世界では一般的には認識されていないのかもしれない。この世界の常識を知らん俺だから気づいたのかもな)

 ノーマンは久しぶりに手にした山刀マチェットの感触を確かめながら軽く素振りをする。

 「まあ、そう言ってくれるなよ。僕の大事な相棒なんだから」

 両手の山刀マチェットの峰を両肩に乗せノーマンがニヤリと笑うと、ブルーノは何かを予感したのか気合いを入れ再び右肩口に剣を構えなおす。

 「その相棒が壊れても文句言うなよ、旦那」

 「壊さないと、一太刀ひとたちは無理だぜ」

 その刹那、ノーマンは一気に距離を詰めて、上段からブルーノの両肩めがけて2本の山刀マチェットを振り下ろす。ブルーノは間一髪で両方の攻撃を剣で受け止めたが、ノーマンの制圧ホールドに押され片膝を地面につけると、左手を柄から刀身の峰に移し両手で剣を支えた。

 (お前が攻撃力を速度スピードに乗せたのと反対に、俺は速度スピードを攻撃力に変換させてもらったよ)

 ノーマンの2本の山刀マチェットとブルーノの剣の互いのやいばが、カチカチと音を立てながらせめぎ合う。

 (うん。とりあえず、ブルの剣が相手でも山刀マチェットは簡単に壊れそうにないな。パイアお姉さまの攻撃にも耐えたんだから、まあ当然と言えば当然か)

 そして、ギルドマスターであり『爆刃バン・ブレイド』のふたつ名を持つ剣豪ブルーノが、小柄な優男やさおとこにねじ伏せられている光景を目の当たりにしたマリカは軽い衝撃を受けていた。

 (ウソでしょ?いくらノーマンが☆7だからって、あのブルーノが力負ちからまけするなんて・・・☆の差ってこんなにハッキリとでるわけ?)

 「どうよ、僕の?」

 「また色々とを改めなければならんようだな。あとでご教授願えるか?」

 「もちろん。というか、が知らんことの方が問題だ」

 「そうかもな・・・とりあえず、その件は後回しってことでっ」

 ブルーノが全身の瞬発力を総動員してノーマンを一気に押し返すと、ノーマンはそのちからを利用して後方に大きくさがり両手の山刀マチェットを中段に開いて構えた。

 「体の割りにエライ重たいじゃないか、旦那」

 「制圧ホールドって技能スキルを使わせてもらった」

 「そりゃまた、初耳の技能スキルだな。俺も使えるようになるか?」

 「ブルなら覚えられそうかも・・・僕の修行について来られたらね」

 「へっ、旦那と付き合ってたら、まだまだ強くなれそうな気がしてきたよ」

 ブルーノは言い終わる前に攻勢へ転じ、最初と同じ戦法で再びノーマンへ斬りこんでいく。


<side-B>

 (この刃波スラッシュという技能スキルは非常に厄介やっかいだ。遠距離からの範囲攻撃。おそらく威力も範囲も使用者の攻撃力に比例すると見ていい。ブル並みの攻撃力ともなると、物理攻撃や魔法攻撃によって範囲や威力を削ることはできるが、削りきれなかった分の威力はそのまま襲ってくる。攻撃範囲外に完全に回避するか、盾のたぐいの防具でしっかり受けきるかしないとダメージは避けられない・・・んだよね、多分、普通、きっと。じゃあ、俺の範囲攻撃をぶつけたらどうなるかな?)

 ノーマンが右の山刀マチェット音波衝撃ソニックブームを繰り出すと、その範囲内に侵入した空気のやいばを跡形もなく消滅させてしまった。もちろんブルーノにとっては想定外の事態だったが、すでに二の太刀を繰り出すための動作モーションは止められない。

 (チッ、回避よけ防御うけもなしで刃波あれを止めるのかよ。だが、ここからは攻撃を止める方が難しい)

 覚悟を決めノーマンの懐に飛び込んだブルーノは、ノーマンの右胴に向かってスピードの乗った斬撃を放つ。

 (回避されるか?)

 ノーマンのスピードを体験済みのブルーノは少し諦めかけたが、予想は外れノーマンは回避せずに右の山刀マチェットで斬撃を受け止めた。

 「うそ、片手で止めるの?」

 ブルーノの攻撃はマリカから見ても武器ごと相手を破壊するほどの重たい一撃であったはずだったが、なぜか攻撃した側のブルーノの両手にズンッという衝撃が走りブルーノの動きが止まる。

 「?」

 ノーマンは思わずニヤリと笑った。

 「けないから、どんどん攻めてきな」

 「ありがたいな」

 ブルーノは後方に飛び一旦距離をとると、刀身を後方に隠すように半身で構え、低い姿勢をとって足にちからを溜める。

 (なんなんだ、あの衝撃は?ほんの少しだが、まだ手が痺れている。ただ防御ガードしてるだけってわけじゃなさそうだ。でも、いくらなんでも俺の攻撃を片手でさばくかね。攻撃力だけで言えば俺の方が強いのは間違いなさそうだが)

 ブルーノは上半身を少しねじり反動をつけると、足に溜めたちからを一気に開放しノーマンに突進した。自分でも会心と思えるほどのタイミングで飛び出せたブルーノは、そのスピードに乗せて横一文字に強力な一撃を繰り出す。ところが、刀身はノーマンの左の山刀マチェットにあっさりと止められ、ブルーノの剣は振り抜かれることなく再び両手に衝撃を伝えた。

 しかし、ブルーノに動揺はなかった。こと戦闘にかけては超一流のセンスを持っているブルーノは、すでにノーマンとの力量の差は悟っていた。この戦いの目的はもはや自身の腕試しとの勝利でしかない。

 どんなにふせがれようとめ続ける覚悟を決めたブルーノは、両手の痺れにはかまわずノーマンの防御ガードの反動を使って反転し一撃目とは反対側を切りつける。当然のようにあっさり防御ガードされると、さらに反転し太刀筋たちすじに角度をつけて袈裟切りを試みた。そして、それも防御ガードされるとさらに反転し斜め下から斬り上げようとしたが、ノーマンは2本の山刀マチェット交差クロスして制圧ホールドでブルーノの剣を押さえつける。

 (くっ、剣が持ち上がらない。さっきの制圧ホールドってやつか。いったい、どんな技能スキルだよ?)

 「・・・あのよ、旦那」

 「なあに?」

 「一太刀ひとたち浴びせたら俺の勝ちだとして、どうなったら旦那の勝ちなんだ?」

 「そういえば決めてなかったね。うーん、お前があきらめたらってのはどう?」

 (舐めやがって)

 「終わらないぞ?」

 「そうでもないさ」

 そう言ってからノーマンが『ブルーノの首を掻っ切る』という意思を込めて殺気キルフリーズを放つと、その恐怖に襲われたブルーノは反射的に剣を捨て慌てて後方に転がりながら回避した。

 「さっすがギルドマスター、ナイス判断。安心しろ、少し威嚇しただけだ」

 顔面蒼白のブルーノは片膝をつきながら、ノーマンを警戒しつつひたいの冷や汗をぬぐう。

 (えっ? 今なにが起きたの?)

 マリカはきょとんとして、事態を把握できていない。

 「それも技能スキルなのか?」

 「詳細は知らんが多分ね」

 ノーマンがブルーノの剣を山刀マチェットで器用にすくい放り投げると、ブルーノの目の前の地面にグサッとつきささる。

 「それよか、凄くイイ連続攻撃だったよ、ブル。まだこんなもんじゃないだろ?

?」

 「ああ、まだまだここからだ」

 ブルーノは少し笑って剣を地面から引き抜くと再びノーマンに斬りかかり、先ほどと同様にノーマンの防御ガードの反動を利用した連続攻撃を繰り返す。

 (こいつ、俺が反撃しないと確信したな。平気で背中見せながらクルクルとちからまかせに・・・しかし、こないだはけてばかりだったから気にならなかったが、こうやって実際に攻撃を受けてみると、やっぱり凄い攻撃力だな・・・攻撃力だけなら俺よりも間違いなく上だわ。巨岩兵士ゴーレム以上、パイヤお姉さま未満? 一週間前だったら、もっと追い込まれてたかも知れない)

 繰り返されるブルーノの攻撃を淡々と迎撃カウンターで受け続けるノーマン。

 (そう考えると、巨岩兵士ゴーレムの直撃をわざと受けてみたのも、パイアお姉さまとの戦いで消撃アブソーブを身に付けたのも、いい経験だったかも)

 攻撃を繰り返すたびにブルーノの両手・両腕には迎撃カウンターのダメージが蓄積されていく。

 (単騎戦タイマンってのは無理だけど、ブル並みの攻撃陣アタッカーがもう1人いて、回復役が1人いて、遠距離攻撃の手練れがいて、その4人で小隊パーティーを組んだら、パイアお姉さまとはイイ勝負になったかも知れない)

 ノーマンはブルーノの猛攻をうけながら、なんとなく大猪魔将パイアの猛攻を思い出していた。

 (確かにレベルとスピードは旦那が上だ。だが、攻撃力は俺の方が高いはず。にもかかわらず、ここまで簡単に俺の斬撃が止められるのは、すべて旦那の技能スキルちからってことか。これは、俺の体力HPと旦那の気力SPのどっちが先に尽きるかの勝負だな)

 消耗戦の覚悟を決めたブルーノは、自身の限界が近い事を悟りつつも必死で攻撃を繰り返す。

 (なんだよ、こいつ。急に攻め方が変わったな。威力よりも手数を増やして来やがった。まるで俺のを削るような戦いっぷりだ)

 しかし、はたからみれば圧倒的に押しているようなブルーノの連続攻撃は、ノーマンの迎撃カウンターによって徐々にブルーノ自身を追い詰めていった。

 (まずいな、攻撃をするたびに握力が奪われていく・・・それでも、止めるわけにはいかない。旦那の気力SP切れまではなんとか・・・)

 徐々に苦しい表情へと変わっていくブルーノを見ながら、ノーマンはもはや同情に近い感情をいだきながらも、容赦なく迎撃カウンターでブルーノの斬撃を撃墜していた。

 (わかる、わかるよ。空振りよりも方が辛いんだよ。十回の空振りより一回のミートの方がダメージなのよ。バッセンでなまじ絶好調だったりするとさ、終わった後に箸も使えなくなったりね。指にも手首にも肘にも蓄積すんだよね・・・ダメージ)

 「なんで、押してるブルーノの方が辛そうなのかわからないけど、そろそろ終わりそうね」

 マリカが頬杖をつきため息交じりにそうつぶやくと、その声を拾ったノーマンはブルーノの剣を押出プッシュバックはじき、いったん距離を置いて間をとる。

 「ブルくん、ブルくん。そろそろ限界っしょ?」

 「うるへー。俺の体力なめんじゃねえぞ」

 (もう肩で息しちゃってるじゃん。そろそろ俺も飽きてきたし)

 「わかった。じゃあ体力が余っているうちに、最後の一撃打って来いよ」

 「はっ?」

 「もう、一太刀ひとたち浴びせろとは言わん、せめて僕の山刀マチェットに傷をつけるなり弾き飛ばすなりして見せなさいよ。そしたらお前の勝ちでいいから。ラストチャーンス」

 (コイツ、俺のの技を誘ってやがるな。いいだろうよ、見せてやるよ。初見でさばけると思うなよ)

 「後悔すんなよ・・・旦那」

 ブルーノは呼吸を整え気合を入れなおすと、剣を頭上に真っ直ぐ持ち上げ、姿勢良く上段で構えた。それを見たノーマンは肩のちからを抜き、2本の山刀マチェットをダランと下段で構えニヤリと笑い鼻歌を歌う。

 (チッ、余裕見せすぎだろ。いや、ダメだ。集中しろブルーノ。旦那の山刀マチェットに少しでもダメージを与えるんだ)

 二人が目を合わせ相撲の仕切りのように互いの呼吸を探り合うと、その異様な緊張感が伝わったマリカは息を止めた。しかし、マリカの息は長くは続かず勢いよく息を吐き出すと、それを合図にしたようにブルーノは剣を力強く振り下ろす。

 縦一文字たていちもんじに放たれた刃波スラッシュはこれまでのよりも威力があり、ブルーノは剣を振り下ろしたエネルギーをそのまま足に溜め身をかがめると、その反動に加速アクセルを重ね自ら放った刃波スラッシュを追うようにノーマンに向かって一直線に突進した。

 ノーマンは山刀マチェットを使わず体の動きで音波衝撃ソニックブームを放ち刃波スラッシュを打ち消すと、ブルーノの接近に備え両手を前方に突きだし構える。

 「くらえ、必殺・爆刃バン・ブレイド打突ストライクだあっ」

 自ら放った刃波スラッシュの後方を追うことでスリップストリームの効果を得たブルーノは、打ち消された刃波スラッシュの後方から『反動+加速+α』の速度でノーマンの体の中心めがけて渾身の打突を放った。

 「素晴らしい」

 そう呟いて微笑んだノーマンを見て、ブルーノは一瞬だけを確信した。しかし、次の瞬間ノーマンがニヤリと笑うのが視界に入ると、その直後にブルーノの両手・両腕はとてつもない衝撃と激痛に襲われる。

 山刀マチェットに届きかけたブルーノの剣の先端は何を傷つけることも何に触れる事もなく、ノーマンの両手の山刀マチェットから放たれた刃幕シールドによって無残にも粉々に打ち砕かれていくのだった。


 (ブル。お前はまだまだ頭打ちなんかじゃないと思うよ・・・多分だけどお前もマリカも、もっとやれるよ)



※【32曲目】は2022年11月8日に公開です。

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