【30曲目】秘密の花園

<intro>

 「ノーマン・・・あのね」

 「うん。わかってる」

 マリカは顔を少しポリポリと掻きながら、恥ずかしそうにノーマンに話しかける。

 「やっぱり、このお店で真剣な話はやめるべきよね」

 「うん、だからわかってるって。僕たちはお酒の誘惑には勝てない」

 「情けないけど、同意するわ。で、あんたは何してるの?」

 マリカがテーブル席から姿の見えないノーマンに問いかけた。

 「朝食作ってるんだよ。ちゃんとマリカの分も作ってるから安心して」

 「ふーん。何でも出来るのね」

 マリカはテーブルに頬杖をついて溜息混じりに嫌味っぽく吐き捨てる。

 「なんか言ったか?」

 「なんでもないわよ!」

 「あっそう」

 しばらくすると、ノーマンは何かが盛られている皿を2つ両手に持ってキッチンから現れ、浮かない表情のマリカのいるテーブルににその皿を置いて自分も座る。

 「あら、いい匂い。何これ?」

 「朝食」

 「だから何て料理?」

 「チャーハン」

 「チャーハン?」

 「僕の故郷くにの人気メニュー。とりあえず食べよ」

 そう言ってスプーンでパクパクと食べ始めるノーマンを見て、マリカもスプーンで一すくいして初見の料理を渋々口にした。そして、驚きの表情を見せたあと勢いよくとチャーハンを搔っ込んでいく。

 「そんなに慌てて食わんでも・・・」

 「これ、すごく美味しい。どうやって作ったの?」

 「ああ、熱したフライパンに溶き卵を入れて、固まり切らないうちにライスとネギと肉を入れて、塩コショウしながら肉に火が通るまで炒め続けるだけだよ」

 「この肉は何の肉? 食べたことない肉だわ」

 「ああ、アルセルク」

 それを聞いてマリカは口に含んだチャーハンを吹き出しそうになった。

 「アルセルク? あの魔獣モンスターの?」

 「うん。あれ? もしかして食べたことない?」

 マリカは立ち上がって抗議する。

 「当たり前でしょ。魔獣モンスターの肉を食べるなんて、聞いたことないわ」

 えっ? だって、ディオさん普通に出してたし、レオだって所持者ホルダーじゃなかったら死ぬって言ってたから、てっきり所持者ホルダーなら食うものかと。

 「所持者ホルダーなら大丈夫って聞いたけど」

 「どこでよ?」

 「ええっと、レウラ村。でも、美味おいしくない?」

 マリカは少し考えてから着席すると、アルセルクの肉を味見するように一口食べる。

 「うん・・・美味しい」

 それを見てノーマンはニコリと笑う。

 田舎と都会の食習慣が違うのは良くあることだ。カエルや昆虫なんてのも地域によっては当たり前のように食べるし、国が違えばさらにありえないモノを食べることもある。

 「でもさ、この街で非常識なら、にした方がいいかもな」

 「何を?」

 「魔獣モンスターの肉を食べたなんて」

 「うーん、それは確かにそうね。でも、なんでこんな美味い肉、食べる習慣がないんだろ?」

 ノーマンは少し呆れながら、簡単な理由をマリカに伝えた。

 「そりゃ、みんな魔獣モンスターを倒したら、アイテム化しちゃうからだろ?」

 「あ・・・」 



<side-A>

 朝食を終えて片付けが終わり一息つくと、紅茶を運んできたノーマンが話の本題に入る。

 「で? 吟遊詩人バードの情報はどんな感じだったのかしら?」

 「それね。ほとんどの作品では一般職としての吟遊詩人バードの範囲を越えない役どころで、特別なちからだとか活躍は見せないわね」

 「ってことは、見せてるやつもあるわけだ」

 「ええ。主に2パターン」

 「拝聴しましょ」

 「一つは、『語り部』」

 「語り部?」

 「これは、吟遊詩人バードの目線を通して物語が描かれているタイプ」

 まあそれが、本来の吟遊詩人バードのお仕事って感じだな。

 「二つ目は?」

 「トリックスター」

 「トリックスター?」

 「ええ。問題を起こして物語を混乱させたり、登場人物たちをミスリードさせたり、とにかく引っ掻き回すのよ」

 ああ、聞いたことがある。

 「その中には、酷いモノだと戦争が起きるきっかけを作ったり、主人公が破滅したり死んじゃうきっかけを作ったり、みんなの幸せや平和をぶち壊すモノもあるわ。魔王や魔人マイトの手先ってのもあった」

 「なんか、胸が痛いんだけど・・・」

 「でしょ? なんだろう。物語を調べるほど、なんか、吟遊詩人バードを貶めるような印象を受けるモノばかりで」

 「ええっと・・・嫌われ者なの?僕」

 「そういうわけじゃないの。ただね・・・少し変なのよ」

 「変?」

 「うん。だって、ただの吟遊詩人バードにそんなちからあるわけないじゃない・・・普通」

 「つまり、それこそが消失ロスト職業ジョブである証拠ってことかもね」

 「そう、それ。仮に所持者ホルダー職業ジョブなんだとしたら、少なくとも魔獣モンスターと戦う側なはずでしょ? それなのに側の描写がないなんて不自然だわ」

 「なるほどね。そかそか・・・なんとなく見えてきたよ」

 「なにが?」

 「多分ね、過去に存在していた吟遊詩人バードたちは、危険な存在だったんだと思う」

 「危険?」

 「ヤバいちからを持った存在ってことさ。それも魔獣モンスターに対してではなくに対してね」

 「?」

 「だって魔獣モンスターに対して危険な存在だったら、マリカの言う通り、善側の物語があってもおかしくないだろ?」

 「ええ・・・まあ」

 「それがない上に、嫌われる役回りが多いってのは・・・きっと何かやらかしたんだよ」

 「何を?」

 「知らん。でもきっと、その時代ときの権力者だったり為政者だったりを中心に、人間に対して迷惑な存在だったんだと思うよ」

 「・・・」

 「僕のいた故郷くにでも、音楽家ミュージシャンってやつは政治や権力に噛みついてみたり、上手くいくはずのない恋愛を後押ししてみたり、叶うはずのない夢を応援して勘違いさせてみたり、悲しまなきゃならない人の涙を止めて反省と後悔の機会を奪ったりね」

 「それって、いいことじゃないの?」

 「いいこと? とんでもない。人は泣くべき時にはしっかり泣いて、後悔すべき時にはしっかり後悔すべきなんだよ。マリカ」

 ノーマンは煙草に火をつけくゆらせた。

 「その人心じんしんを惑わせる吟遊詩人バード戦譜スコアちからが乗っかって、えらい迷惑かけたんだろうな」

 「そうなのかな?」

 「うーん・・・吟遊詩人バードの調査はもういいや」

 「もういいやって、どういうことよ」

 「なんか、掘り返せば掘り返すほど、面倒臭いことになりそうな気がしてきた。ってことで、終了~」

 「わからないままで、気持ち悪くないの?」

 「わからない気持ち悪さよりも、面倒臭い方が嫌なんだ。それに、『知らぬが仏』ってね」

 「なにそれ?」

 あはは、日本の慣用句は通じないのね。

 「僕の故郷くに

 「へえ。じゃあ、とりあえずこの話は終了ね」

 「マリカ・・・助かったよ。ありがとう」

 ノーマンが真顔で礼を述べると、マリカは少し照れた。


 まずは、迷惑に思っている連中ってのが誰なのかってことだな。


 消失ロスト職業ジョブの件を終え、マリカはノーマンを店の外へ連れ出し朝の街を歩いている。

 「で、マリカよ。僕たちはどこへ向かっているんだね?」

 「ミランダの店よ」

 「今朝、会ったじゃん」

 「だからよ。ちゃんと誤解は解いておかないと」

 ああ、寝室に二人でいたら関係性を疑われてるかも?ってことね。多分、ミランダは疑ってないと思うけどなあ。

 「ミランダって、何屋さんだっけ?」

 「装飾品屋よ。『ベル』ってお店」

 「ベルかあ、彼女の苗字みょうじだね」

 「老舗しにせなのよ。先祖代々、腕の立つ職人さんでね」

 「なるほど。じゃあ、欲しい装飾品は彼女にお願いしたらいいの?」

 「まあ、だいたいは作ってくれるんじゃない」

 これはいい情報だ。そして、ミランダに恩を売ったのはデカい。

 中央に噴水のあるちょっとした広場に出ると、何やら高級そうな馬車が一台止まっている。

 「あの馬車が止まっているところがミランダのお店よ」

 マリカが指をさしてノーマンに知らせると、店のドアから貴婦人が現れそれをあとから出てきたミランダが見送っている。そして、貴婦人を乗せた馬車がその場を離れると、ミランダは店の中に戻っていった。

 「なんか、ずいぶんとお金持ちそうなお客さんだね」

 「ええ、ライラック伯爵夫人ね。いつも高級な宝飾品を注文してくれる上客だって言ってたわ」

 「それはそれは羽振りの良いことで」

 二人はベルのドアを開け店内に入る。

 「いらっしゃいませ。あっ、マリカちゃん。それにも」

 もうミランダにとっては、俺は占い師の先生になってしまったようだ。

 「今日はどんな御用?」

 「あのねミランダ・・・アタシとノーマンは別に・・・」

 「なんでもないんでしょ?」

 「へ?」

 「疑うわけないじゃない。どうせ酔って帰るのが面倒くさくなって、先生のお部屋で寝てただけでしょ?」

 「う、うん」

 ははあん、多分常習犯だな。おそらく俺が住む前からあの部屋で何度か寝てるな、コイツ。

 「それに、先生はそういう事する人じゃないわ。ね?先生」

 このは、何を根拠にそう思うんだろう?

 「う、うん」

 「今もライラック伯夫人に凄い占い師さんがいるって、宣伝しちゃったんだから」

 なに? それはまずい。吟遊詩人パフォーマーとして有名になるのは仕方ないが、それ以外で目立つのは困る。

 「あのう、ミランダ」

 「なんですか?」

 「結構細かく説明しちゃった?・・・占い師について」

 「えっと、マリカちゃんの紹介で、エリーザのお店にいたクロノスって占い師さんに相談して、すぐに結婚が決まったってことだけは・・・まずかったですか?」

 「については?」

 「やだあ、先生。わたし先生と昨晩はじめて会っただけなのに、細かく説明できるわけないじゃないですか」

 セーフ。

 「じゃじゃじゃあ、ライラック夫人の中では、クロノス先生とノーマンは別人ってことで通るかな?」

 「なんですかそれ? でも、夫人はたぶんノーマンさんの事は知らないと思うし、大丈夫だと思いますよ」

 これもセーフ。

 「よかったあ。あのねミランダ。僕はあまり占い師であることをおおやけにしたくないんだ」

 元の世界でも、一部の人間以外には内緒でやってたんだから。

 「えっ、そうなんですか? でも、ライラック夫人も占って欲しいって」

 「うーん、どうしようじゃあ、こうしよう。占いの依頼は引き受ける。ただバルドの店じゃなく他の場所でやる。あと、仮面を作ってもらいたい」

 「仮面?」

 「顔は隠して占いする。それでいいだろう?」

 「うーん。そうしたら、そのは、わたしからプレゼントしますね」

 「なんで?」

 「結婚のお礼です」

 そう言えば確かに報酬をいただいていなかったな。

 「なるほど、じゃあありがたく」

 「いつなら占ってもらえます? ライラック伯爵夫人」

 「そうだなあ・・・それなら、次の五曜日にしよう。というか、占いは五曜日の夜にしかやらないってことにする」

 「なんで五曜日なんですか?」

 「ミランダの占いがいい方向に進んだからね、ゲン担ぎだよ」

 ミランダは嬉しそうな表情を浮かべた。

 「素敵。で、場所はどうしますか?」

 「それは、少し待ってくれ。とりあえず来週の五曜日の夜にライラック伯爵夫人の占いはやる。それでいいか?」

 「ええ、もちろん。ありがとうございます、先生」

 ふう、うっかり余計な仕事を増やしてしまった。でも、貴族や色んな人の内情を知ることはけっして無駄ではないはずだ。いろんなアプローチで情報収集するのはいいかも。

 「じゃあ、仮面はどんなデザインにします?」

 「何か書くものある?」

 ノーマンは紙と鉛筆をミランダから渡されると、その場で簡単なデザインを書き上げる。

 「基本は鼻と口が出るモノがいいな。口隠すと喋りづらいから。そんで、色は右が黒一色、左が白一色だ。あとは任せる」

 「あんた、ホントなんでもやるのね」

 ノーマンの描いたデザイン画を見ながら、二人の会話を黙って聞いていたマリカが口を挟んだ。

 「マリカちゃんだって、ギルドマスターしたりアイテム研究したり冒険者したり、なんでもできるじゃない」

 「そういう事じゃなくて・・・まあいいわ」

 「とりあえず場所が決まったら、また来る。仮面よろしくね、ミランダ」

 「まかせておいて、先生。素敵なの作って待ってます」

 そう約束して2人はミランダの店を出る。

 「誤解されてなくて、よかったね」

 「ええ・・・複雑な心境だけど」

 だよな。信頼と実績の酒癖の悪さって。

 「そうだ、アタシも泊めてもらったお礼しなきゃね」

 「えっ、いいよ。消失ロスト職業ジョブの事調べてもらったし」

 「じゃあ、占いのお礼しなきゃ」

 「だからいいって、そっちもあまり役にはたたなかっただろう?」

 「そんな事ない。それに占い自体はしてもらったんだから。何かアタシに出来る事ある?」

 おっ、これはお願いするチャンスかも。

 「まあ、お礼ってわけじゃないんだけど、実は・・・ご相談がありまして・・・」



<side-B>

 「そんなのダメに決まってるでしょ。ギルドの倉庫なんだと思ってんのよ」

 マリカが路上でノーマンの度を越したに言い返すと、周囲の視線が

2人に集まってしまう。それに気づいたマリカはここでは話づらいと、ノーマンを職人ギルド倉庫まで連れていった。

 

 「あのね、ここはこの街の・・・いいえ、このの重要施設なの。言ったら悪いけど余所者よそもんのアンタが自由に出入りしていい場所ではないのよ」

 そりゃそうよね。あまりにもマリカが私用で使っているから、うっかりしていた。思えばも偉いんだった。

 「そっかあ・・・それはすまなかったね。近場で人目に付かず作業するには丁度良かったんだけどなあ・・・そういう事なら仕方ない」

 素直に頭を下げたノーマンの姿を見て、マリカも少し申し訳ない気持ちになる。

 「そりゃ、アタシもたいがい私用で好き勝手やってるところもあるから、偉そうなことは言えないんだけど・・・で、あんたはなんの作業をしたいわけ?」

 「いやあ、煙草を作ろうかと」

 「煙草?」

 「うん、あっ、煙草だけじゃないんだけど」

 煙草には興味を示さなかったマリカは、煙草以外のに興味を示す。

 「他には?」

 「えっ、他には、回復薬エナジア治療薬スピナ解毒薬ヴェレノに・・・」

 「待って待って、回復薬エナジア治療薬スピナ解毒薬ヴェレノ?」

 「うん、他にも色々と試作したいモノもあるし、出来ればここみたいに広くて人目に付かない所で、こっそりやりたかったんだけど」

 「もしかして、あんた、エナジア草やスピナ草を持っているってこと?」

 そういや、ディオさんも貴重品と言っていたような。

 「うん、見る?」

 そう言ってノーマンはラーガ森林で採取した薬草類の一部を、戦譜スコアから取り出してマリカに披露した。

 「なにこれ?」

 「へっ?これがエナジア草で、これがスピナ草で・・・」

 ノーマンは説明をしながらマリカの表情がおかしなことになっていることに気づく。

 「えっ? 違うの?」

 「あのね、確かに形は似ているのよ。でも、アタシらが知ってるエナジア草もスピナ草も、こんなにデカくてたくましい植物じゃないのよ」

 「どういうこと?」

 「いい、薬草類ってのは繊細で育ちにくいの。だから、技術力の高い一部の農家にしか生産できない代物しろものなのよ」

 「ほう」

 「だのに、あんたの持ってるこれは何? どっから持ってきたのよ」

 「ラーガ森林で自生してたよ」

 「魔物モンスターの生息地で自生? あり得ないわ」

 「ありえない?」

 「エナジア草もスピナ草も、魔物モンスター魔気オーラに耐えられるわけがないもの。農家が生産管理にどれだけ苦労していると思ってるの? どの国も薬品ポーションの製造が重要な課題だっていうのに・・・」

 正直、そんなこの世界の事情は知らん。俺はディオさんに教えてもらった事を基準に生きているわけで、この薬草類の話なんて初歩中の初歩だったはずだ。

 「そうは言われても、実際に採集してきたわけだし、これで薬品ポーションを作ったこともあるわけで・・・」

 「作った? 今、持ってるの?」

 「ああ、持ってるよ。コレ」

 そう言って戦譜スコアから回復薬エナジア治療薬スピナを出してみせると、マリカは薬瓶を恐る恐る手にとった。

 「ねえノーマン、これ鑑定アプレイズしてもいい?」

 「鑑定アプレイズ? それはもちろん構わんけど、どうやんの?」

 「鑑定アプレイズ技能スキルで、アイテムの性能を調べるだけよ」

 そんな便利な技能スキルがあるんかい。いちいち戦譜スコアに収納して名前を確認していたのが馬鹿みたいじゃないか・・・是非とも欲しいな。取得条件をあとでご教授願おう。

 マリカは回復薬エナジアから鑑定アプレイズして表情を険しくすると、そのまま続けて治療薬スピナ鑑定アプレイズする。そして、深くため息をつくと、薬瓶をノーマンに突き出し語気を強める。

 「あんた、これがどんな代物しろものかわかってんの?」

 「さあ? 知人に教えてもらった通りに作っただけだから・・・」

 「あのね、薬品ポーションってのは、効果によって等級ランク分けされているの」

 「等級ランクねえ」

 「おも特級メガ上級ハイ標準ノーマルの三等級に分類されるのよ。でも、実際に流通しているのはほとんど標準ノーマルなわけ。一般的な冒険者なんてほとんど標準ノーマルしか持ってないわ」

 だーかーら、冒険者の事情とかは知らんって。

 「で、僕の作った薬品ポーションはどの等級ランクなわけ?」

 「・・・どこにも当てはまらない」

 「は?」

 「特級メガの何十倍、いや何百倍の薬効がある・・・もはや『霊液イーコール』と言っていいレベルだわ・・・」

 また知らん単語だよ。それに聞いてないよ、ディオさん。ラーガ森林の件と言い、古代種だとか、魔獣モンスターの食肉とか・・・。薄々感じてはいたのだが、もう今となってはあの爺さんの教えてくれたやらという概念も、そうとう怪しくなってきたよ。

 「そんなに凄いんだ」

 「ええ。でも、ということは、その薬草は間違いなく本物ってことね。でも、どうして魔気オーラを浴びても平気・・・というかこんなに大きくなる?」

 「こういうことではないかな? 何らかの事情でラーガ森林に薬草の種子が飛び散った。そこで魔獣モンスター魔気オーラにたまたま負けずに生き残った品種が、人に採集されることもなくスクスク・ノビノビと野生化して繁殖・自生した結果・・・もしくは、元々こっちが原種オリジナルで、人間が栽培するようになってしゅとして弱体化していった。ってのは、どうだろう?」

 マリカはあごに手をやって少し考えたが、ノーマンの仮説に勝る答えが見つからなかった。

 「事実としてがある以上、アンタの言うどちらかなのかもね・・・でも、これって大発見じゃない? 世界の常識がくつがえるかもしれないわ。浄化結晶といい、ウルズ泉水といい、ラーガ森林はまさに素材の宝庫ね」

 なっちゃいますよねえ。てっきり冒険者に見向きもされない程度の辺境地だと思い込んでいたが、《そう》なってくるとこっちの事情も違ってくるな。

 「それなんだけどさ、マリカ」

 「なに?」

 「後でもちろんブルにも言うつもりだけど、僕たちだけのにしないか?」

 「は? なんでよ? 独占したいとでも言うつもり?」

 「違うよ。そもそも、大公陛下の領地を僕が独占する権利なんてないだろ?」

 「まあ、そうね」

 「あのさ、そんなトンデモ素材マテリアルやらトンデモ道具アイテムがあるって世界に知れたら・・・戦争の火種になりゃしないかい?」

 「あ・・・」

 「一般に流通しない特級メガ薬品ポーション上回る特上エクストラ薬品ポーション類が量産できるなんて、どの国にとっても魅力的な話だし、逆にそれをロカーナ王国が独占できるなんて脅威でしかないだろ?」

 「・・・」

 「しかも、フィリトン大公の私有地ってことは、場合によっては国王や他の貴族たちにとっても脅威になりかねない。それどころか、魔王軍にそういう事情が知られてでもみろ、次は最初に狙われるぞ・・・ラーガ森林」

 お前らは知らんだろうが、レウラ半島には伏魔殿パンデモニウムが、僕が見っけただけで2つもあった。魔王軍がいう事情は知らないまでも、間違いなく土地勘だけはある。

 ・・・なんて言うのは、実は建前たてまえでしかない。俺の本音としては、ラーガ森林は元々カー助の縄張りだ。住処すみかをぶっ壊してしまったり仲間を殺してしまった負い目もあるが、今となっては可愛い弟子の大切な友だちのモノ。人間にも魔王軍にも荒らさせてたまるか。それに、あそこは俺とレオたちの思い出の園なのだよ。

 「でも・・・」

 マリカは何かを言いかけたが、それを無視してノーマンが続ける。

 「僕は、必要になものは、ラーガ森林でまた勝手に採集してくるし、薬品ポーションも作る。でも、それは独占とかそういう事のためじゃなく、『生きて故郷くにに帰って、嫁と娘と暮らす』っていう、絶対的な目的のためだ」

 「・・・」

 「もちろん、お前やブルーノがイイヤツなのは、この短い付き合いの中でも、それはちゃんとわかっているし、信用もしてる。だから、マリカのアイテム研究のために協力は惜しまないし、冒険者ギルドの連中やフィリトンの領民のためなら、僕は躊躇なくこれらのアイテムを使うだろうよ。でも、オープンにするのはってのは、さすがにわかるだろ?」

 「ギルドマスターとして、秘密にするのは承服できないと言ったら?」

 ノーマンは少し困った表情を浮かべながら、右手で髪をグシャグシャっとした。

 「前に僕を拾ってくれた爺さんにも言ったんだけど・・・僕のゴールは故郷くにに帰って嫁と娘と暮らすこと。邪魔する奴はもれなく敵だし、協力してくれるなら味方だ。仮にこの世界の全人類と全魔物を敵になっても、僕は僕のゴールは変えない」

 マリカは少し頭の整理をしながら、重い口を開く。

 「あんたってさ・・・ホント、嫌なやつだよね」

 「?」

 「あんたの言ってることは、多分、いつでも正しいんだろうさ。でも、みんながみんなアンタみたいには生きられない」

 まあ、そうだろうね。知らん世界に突然放り込まれでもしなきゃ、こんな生き方はできんだろうさ。

 「でも、そこまで言われたら協力しないわけにはいかないわね」

 ん?

 「わかった。色々と思うところはあるけど、アンタの言ってる事は正しい。たしかに、わざわざ他所よそともめる原因作る必要ないわね。職人ギルドのマスターとしては失格なのかもしれないけど、今はアンタの案に乗っかる。もし、ブルーノが文句言ったら、アタシがボコボコにしてやるよ」

 マリカはニコッと微笑みながら、右腕の力瘤ちからこぶをノーマンに見せつけた。

 「心強いねえ・・・ありがとう」

 ノーマンも穏やかな微笑みを浮かべる。

 「ねえ、そしたらさ」

 「なに?」

 「東の港に職人ギルド所有の使ってない倉庫があるんだけど。そこなら提供できるよ」

 港の倉庫?・・・素敵じゃないか。

 「使って大丈夫なの?」

 「うん、中身は空っぽだし、しばらくは使う予定もないから」

 「・・・」

 「じゃあ決まり。そこを、あんたのにしなよ」

 強引だなあ。それにって、なんか・・・そりゃ人目に隠れて色々やりたいけどね、別に悪事を働きたいわけじゃないのよ。でも、作業場を手に入れるのは大きい。試したい事は山ほどあるし、ここは素直に受け入れよう。

 「でわ、その、お借りします」

 「うん」


 ガチャ

 マリカがカギを開けて真っ暗な倉庫の中に入っていくと、ノーマンが後に続いて倉庫の中に入っていく。

 「閉め切ってて、暗いわね。灯りつけるわ」

 まあ灯りがなくても、俺にはあまり関係ないんだけどね。

 マリカが何箇所かに灯りをつけて回ると、ノーマンは灯りのついた倉庫内の全体像をの方で確認した。

 うんうん、いい広さだ。米軍基地にあった補給品の倉庫くらい広いぞ。

 「いいねえ、とても広い。でも、なんで使ってないの?」

 マリカが浮かない顔をする。

 「ここ数年、船便の貿易量が減ってしまったの」

 「理由は?」

 「明確な理由があるわけじゃないんだけど。ほら、魔王軍が退いたあとっていつも、国同士の戦争がはじまることが多いじゃない?」

 知らないけど。

 「各国とも物資の流通に慎重になっちゃってるのよ」

 なるほど。

 「そりゃ災難だね」

 「だから、ここはあんたの好きに使ったらいいよ」

 「そしたらさ、このメモにあるものを、揃えたいんだけど・・・どこで入手したらいいかな?」

 「かまど金網かなあみなべに作業台? 結構色々あるのね・・・まあいいわ、全部揃えて持ってきてあげる」

 「ありがとう。お代は?」

 「馬鹿だねえ。あんたが回収した冒険者の装備品がどんだけの値段になると思ってるの? そこから差っ引いとくよ」

  まあ、約千体分の装備品だものね。結構な値段がつくのは想像していたけど。しばらくはには手を出さずに済みそうだな。

 「あっ、そうだ」

 「何?」

 「丸いテーブルも、あと椅子を2~3脚頼む」

 「作業台とは別に?」

 「うん。占いもここでやる」

 「ここに人を入れるの? そうしたら、アンタが作ってるものが・・・」

 「そりゃ隠せばいいだろ。何のための戦譜スコアだよ。ここなら、バルドにも迷惑かからないし、僕も正体を隠せるからちょうどいい」

 「まあ、好きに使ったらいいわ」

 「うん、ありがと。さてと、じゃあ行きますか?」

 「どこによ?」

 「ブルーノにもをお願いするって言ったろ?」

 「今から?」

 「『善は急げ』ってね」

 「なにそれ?」

 「僕の故郷くに

 

 サトコ。パパに秘密基地ができました。そっちに戻ったら、一緒に秘密基地ごっこして遊びたいな。



※【31曲目】は2022年10月25日に公開です。

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