【29曲目】決戦は金曜日

<intro>

 まったく、なんなのよアイツ。歳上としうえで妻子持ちで、女心のわかる優しいヤツだと思ったからはじを忍んで相談したってのに・・・。

 ノーマンと揉めた翌朝になってもマリカの怒りは収まらず、プリプリしながら職人ギルドへの通勤路を歩いていた。

 だいたい何よ、あの占い。あたしの本質が相手に引かれるタイプ? 未来に男に騙される? 失礼にもほどがあるっての。何が50点よ。何が100点を目指して自分磨きしろよ。あんなカードで何が分かるってのよ、☆7の所持者ホルダーだからって調子に乗ってんじゃないわよ。誰が協力なんてしてやるもんか。

 すれ違う人が怯えるほど怒りをあらわにするマリカは、考えれば考えるほど怒りがヒートアップする負のループに入っている。すると、そんなデンジャラスな状態のマリカに、怖いもの知らずが後ろから声をかけた。

 「すいません。そこのお嬢さん?」

 マリカは怒りの表情のまま振り返る。

 「は? なによ?」

 マリカの表情を見た怖いもの知らずの青年は、自分に何か粗相があったのだと勘違いし、慌てて頭を深く下げた。

 「失礼いたしました。僕、何かやっちゃいましたか?」

 それを見てマリカも慌てて言い訳を口にする。

 「あっ、あなたは何も悪くないの。アタシの方こそごめんなさい。昨日少し嫌なことがあってね。ささっ、頭を上げて」

 「良かったあ、僕って無意識に人を怒らせてしまう所があるようなので・・・」

 そう言って頭を上げたおそらく同年代の青年の顔立ちは美しく、はにかんだ笑顔がマリカにはまぶしく見えた。

 やだ・・・イケメン。それに、いい子っぽい。

 マリカはイケメン青年に少しめいたモノを感じ顔を赤らめたが、青年の方もマリカの美しい顔をの当たりにして少し照れているように見えた。

 「あ、それで、何か御用かしら?」

 「あ、あの。道を尋ねようかと」

 「道?」

 「ええ。そのぉ、フィリトンには初めて来たのですが、僕はその・・・田舎者いなかものでして。目的地の場所もわからず・・・」

 「あら、それは大変ね。どこに行きたいの?」

 「できれば、職人ギルドの場所を教えてくださると助かります」

 やだ・・・もしかして運命?

 「ああ、それなら、あたしもこれから行くところだから、一緒に来るといいわ」

 青年は思わずマリカの両手を掴んで喜んだ。

 「それは素晴らしい。天のおぼしに違いない」

 青年の顔が急接近して驚いたマリカは、慌てて青年の手をはらいクルっと背を向ける。

 「あっすいません。初対面なのに馴れ馴れしかったですね・・・おこりました?」

 マリカは真っ赤になった顔を片手で覆いながら、もう一方の手でジェスチャーする。

 「違う違う、ぜんっぜん怒ってないわ。少しビックリしただけ。さあ、職人ギルドに案内するわ」

 「はい。ありがとうございます。こんなに美しい人に優しくされるなんて、嬉しいなあ。今日はついてるな」

 のはアタシの方よ。ノーマンみたいな性格の悪いオッサンのことはもう考えなくて済みそう。

 マリカの胸は青年の一挙手一投足にキュンキュンしていた。


<side-A>

 「あ、まだ名乗っていませんでしたね。僕はハンスといいます」

 「ハンス・・・あっ、あたしはマリカ。よろしくね」

 「マリカさんかあ、素敵なお名前ですね」

 「あっ、ありがとう」

 緊張でぎこちなくなりながらも職人ギルドへと向かう道中、マリカはハンスとの会話を楽しんだ。

 ハンスはフィリトンの西にあるパレス湖周辺のヨーカ村から2週間もかけてやって来たらしい。一応は所持者ホルダーで冒険者を目指したこともあったそうだけど、今はヨーカ村で装飾品の職人をやっているみたい。なんでも、幼い頃にご両親を亡くして祖父母に育ててもらったらしく、恩返しになればと冒険者は引退して職人だったお爺様の元で修行して家業を継いだんだって。そんで今日は、出来上がった装飾品を鑑定してもらいにフィリトンに来たそうだけど・・・

 (祖父母に恩返しなんて・・・優しい人ね。あたしが力になってあげなきゃ)

 すでに目がハートマークへと変わりすっかり浮かれたマリカを現実に引き戻すように、前方に見慣れた大男が出現しマリカに声をかけながら近づいて来る。

 「おーい、マリカ」

 満面の笑みで現れたブルーノの声は大きかった。

 「聞いたぞ。昨晩、ノーマンと揉めたらしいじゃねえか。えらい剣幕で出て行ったって、エリーザが心配してたぞ」

 「ちょっと、やめてよ」

 そう言ってブルーノの腕を引っ張り、ハンスに聞こえぬように文句を言う。

 (声が大きいわよ。あのね、朝からあんな男の話やめてくれる? それに、見てわからないの? 今いい感じなんだから、ハッキリ言って邪魔なのよ)

 (邪魔?)

 ブルーノがマリカの横にいたハンスを見ると、心なしかハンスはソワソワしている様子だった。それを怪しんだわけではないが、ブルーノはハンスに近づき顔をまじまじと見つめる。そして、強面の大男の視線を感じながら、ハンスは不自然に顔をそむけた。

 「ちょっと、ブルーノ。やめなさいよ。ハンスが困っているでしょ」

 「ん?そうか? それは悪かったな兄さん。俺は冒険者ギルドのマスターをやっているブルーノだ、よろしくな」

 ハンスは額に汗をかいて顔をひきつらせたが、それを誤魔化すようにポンと手を叩く。

 「あっ、そうだ。マリカさん。急用を思い出したので、僕はちょっと失礼いたします」

 そう言ってハンスは慌ててその場を去ろうとした。

 「えっ、ちょっと、そっちは職人ギルドとは反対方向よ」

 マリカは慌てて呼び止めたが、ハンスはそれを無視するかのように足早にその場を去ろうとする。

 「あーっ、あいつ」

 ブルーノが何かを突然思い出し声をあげると、それに反応してハンスは駆け足になった。ブルーノはハンスを追いかけようとするが、それより先にハンスの向こう側にいる憲兵が視界に入る。

 「おい、そこの憲兵。その男を捕まえろ」

 ブルーノがハンスを指さし憲兵に大声で命令すると、憲兵は少し驚きながらもすり抜けようとするハンスの腕と肩をつかむ。すると、ハンスは腕を振りほどこうとして悪あがきを試みたが、速攻で追いついたブルーノに全身をガッツリ押さえつけられ無駄な抵抗をやめた。

 「ちょっと、どういうことよ?」

 だった男との時間を邪魔された怒りと事態を飲み込めない動揺とで、複雑な感情になったマリカが駆け寄ってくる。

 「マリカ。こいつは、王都ロカーナで指名手配されている犯罪者だ」

 「は・・・犯罪者?」

 「ああ、恋愛ロマンス詐欺の常習犯だよ」

 「ろ、ろ、恋愛ロマンス詐欺?」

 マリカはその場に膝から崩れ落ち、口をパクパクさせて言葉を失った。お縄になって憲兵に連行されていくハンスを見送りながら、崩れ落ちたまま意気消沈しているマリカにブルーノは優しく声をかけた。

 「大丈夫か?」

 「・・・」

 「あいつは王都ロカーナで、貴族や金持ちのご婦人相手にロマンスを仕掛けては貢がせてた小悪党でな。最近、手配書が回ってきた」

 「・・・」

 「まあなんだ。しっかり罰してやるから、そう落ち込むな」

 マリカはうなだれたまま、失意の中で声を絞りだす。

 「・・・あのね、違うの」

 「違う?」

 「・・・別に怒ってるんじゃないのよ。ただね」

 「ただ?」

 「・・・もう自分が情けなくて、自己嫌悪よ」

 「情けない?自己嫌悪?」

 「ちょっと顔がイイ男に簡単にときめく自分。あと・・・」

 「あと?」

 「信じるべき相手を見定められない自分・・・」

 「信じるべき相手? まあなんかよくはわからんが、とにかくお前が詐欺の被害にあわなくてよかったよ・・・今日は仕事できそうか?」

 鈍感なブルーノも流石に気づいたようで、精神的なダメージを受けたマリカに優しく声をかけた。

 「・・・やるわよ」

 自分に対する憤りを抑えながら、マリカは立ち上がり膝の汚れをはらう。

 「まあ、なんだ。何かやっちまった時は『ごめんなさい』でいいんじゃないか? 相手もそれほど気にしてないかもしれないし」

 マリカはその言葉で少し勇気づけられたのか、少し表情が柔らかくなった。

 「ブルーノ。あんたって、相変わらずだね」

 「そうか?」

 「うん。助けてもらったから、今夜一杯おごるよ」

 マリカは右手で拳を作り、ブルーノの肩を小突く。

 「お、おう。じゃあ夜に」

 ブルーノがマリカの背をポンと叩くと、二人はその場で別れそれぞれの職場へと出勤していった。


 マリカは自分の執務室に到着し着席すると、とりあえず自分の行うべき業務を粛々とこなしていった。朝のについて気を紛らわせたかったのか、集中力が増したマリカは午前中にその日の業務を終わらせてしまう。

 ノーマンになんて謝ろうかな?っていうかアイツ怒ってるのかな?

 マリカは窓から見える空を見上げながら紅茶をすすり考え事をしていると、執務室のドアを誰かがノックした。 

 (ノーマン?)

 来訪者はマリカの了解も得ずに勝手にドアを開けて、顔だけ入室させて室内をのぞき込む。

 「マーリーカーちゃん。いる?」

 来訪者がノーマンでなかったことに、マリカは半分安堵して半分がっかりした。

 「いるわよ。いらっしゃい、ミランダ」

 「あはっ、よかった」

 そう言ってミランダはヒョイっと入室して、笑顔でマリカに歩み寄る。

 「今日は何?」

 「お昼ご飯持ってきたから、一緒に食べましょう」

 昨晩の揉め事から今朝のにいたるまで、なんとなく気疲れしていたマリカは少しホッして表情が緩んだ。

 「ええ、いいわね」



 「えーっ、そんな事があったの?」

 「うん・・・」

 「マリカちゃんも災難だったね」

 「うん・・・」 

 「でも、ブルーノさんが通りがかってラッキーだったね」

 「うん・・・」

 テンション高く話すミランダに合わせることなく、心ここにあらずとばかりに相槌を打つマリカ。それに気づいたミランダは、マリカが心配になった。

 「大丈夫・・・?」

 「ん?え?ああ、大丈夫よ。多分ね・・・あたしに関してはもう結構どうでもよくてね」

 「はい?」

 「実はね・・・」

 マリカは昨晩のノーマンとのについて、なんとも歯切れの悪い口調で告白した。

 「えっ、じゃあ結局、そのノーマンさんの占いって当たってたって事?」

 「うん。でも、あの時は酷い事言われたって思っちゃって・・・」 

 「言いにくい事をハッキリ言ってくれたのは、ノーマンさんのだよ」

 「そうかなあ?」

 「あのねマリカちゃん。そのカードの意味がわからないマリカちゃんに、をつく事は簡単なことなんだよ。でもノーマンさんはちゃんとを伝えてくれた。酷い事ってわかっててもをつかなかった」

 「・・・うん」

 マリカが少し反省しているように項垂うなだれると、ミランダはマリカの両手を掴み顔を突然近づける。

 「マリカちゃん。仲直りしなきゃダメだよ」

 「え、うん」

 マリカが少しバツ悪そうに目線をそらすと、ミランダは強引に今度はマリカの顔を両手でおさえた。

 「ちゃんと謝って、ちゃんとお礼を言って、仲直りして・・・」

 「うん」

 「それで・・・私の事も占ってもらって」

 「へっ?」

 「私も占って欲しい」

 この女・・・それが目的かい。でも、仲直りするにはいいきっかけかもしれないかな。

 「でも、怒ってないかな?」

 「マリカちゃんはノーマンさんに頼まれ事があるんだよね?」

 「うん」

 「じゃあ、それを手土産てみやげにすればノーマンさんだって許してくれるよ」

 「でも、結構な量が・・・」

 「私も手伝うから」

 「えっ?」

 「午後は暇だし、マリカちゃんもお仕事終わってるんでしょ?」

 「うん」

 「夜までに二人で一気に終わらせて、今夜会いに行こう」

 まあ、吟遊詩人バード消失ロスト職業ジョブについては、アタシ自身ももっと知るべきだし知りたい。何より、ノーマンとの仲直りはギルドマスターとしてもしなきゃダメだ。ここはミランダの策に乗るしかない。

 「わかったわ。じゃあ、早速いきましょう」

 「どこへ?」

 「街の図書館よ。どうせ渡すなら最高の手土産よ」

 「そうこなくっちゃ」

 こうして二人は昼食の片付けもしないまま職人ギルドを飛び出し、図書館へと向かっていった。



<side-B>

 「あれ? 今日は二人とも早いね」

 ノーマンが外出から店へ戻ると、バルドとエリーザがいつもよりも早く出勤していた。

 「おかえりなさい、ノーマンさん。週末はお店が混むから、いつもよりも早く準備するんです」

 「なるほど。そしたら、僕もなにか手伝うよ」

 バルドとエリーザは準備の手を止めて、それぞれノーマンにできることを思い浮かべる。そして、しばらくすると同時に何かが思いつき、顔を見合わせて同時に声に出してみた。

 『歌』

 答えが一致すると二人はニコリと笑い、エリーザはノーマンにお願いする。

 「もしよろしかったら、私たちの準備中にお歌を聴かせてくださいな」

 「歌?」

 「ええ。ノーマンさんのお歌を聴きながらだったら、開店準備も楽しくできるもの」

 知り合いの飲食店の手伝いの経験もあったノーマンからすると、腕の見せ所ではあったのだが、家主からのお願いは居候には絶対だった。

 「そしたら、ノリのいい曲を適当に選んで・・・」

 「一昨晩おとといの素敵な曲もお願いしていい?」

 「もちろん」

 「やったあ。楽しく準備できるわ」

 バルドはもう会話はすべてエリーザに任せてんだな。そして、エリーザは本当にいいだ。《さとこ》にはこういう娘に育ってもらいたい。間違ってもマリカのように、いくら優秀でも気性の荒い娘にはなってもらいたいくないものだ。


 エリーザは1曲終わるごとに律儀にノーマンに拍手をおくり、5曲ほど歌い終わったところで飲み物を差し入れる。

 「お疲れ様です。休憩しながら、無理しないでいいですからね」

 「うん、ありがと」

 「あのね、ノーマンさん」

 「なに? なんかリクエスト?」

 「ううん、違うの。マリカちゃんのことなんだけど・・・」

 ああ。エリーザは多分、マリカの昨晩の態度で俺が不快になっていると心配してるんだな。

 「大丈夫だよ、エリーザ。は今夜、ケロッとした顔で謝りにくるから」

 「えっ?」

 「そんでね、店が混むってのに申し訳ないんだけど、あの席を予約席にしてもらえないかな?」

 そう言ってノーマンは昨晩マリカと座っていたテーブル席を指さした。

 「それはもちろん大丈夫だけど・・・ノーマンさんは怒ってない?」

 「僕? 怒ってない怒ってない。あれくらいで怒るわけないじゃない。それにね、が優しいイイなのは、ちゃんとわかってるから」

 ノーマンが珍しくニコリと優しい笑顔を見せると、エリーザも安堵したようにニコリと笑い返した。

 「良かった。それじゃマリカちゃんの事、よろしくお願いしますね」

 エリーザは深々とお辞儀をして見せ、その後ろではなぜかバルドがサムアップしている。

 うーん。そんなつもりはないだろうが、なんか俺がマリカと付き合わなくてはならないような口調だな。もしかして、こいつら二人は俺とマリカを引っ付けようとでもしているのか? それはいかに家主の願いといえど聞けない話だ。俺には愛する嫁と娘がいるのだから。

 

 準備を終えまもなく開店という時間になると、ノーマンは予約しておいた席について煙草に火をつけた。開店前の無人の店内はとても静かだ。

 「ブルースだねえ」

 グラスの酒を一口飲んで目を閉じると、ノーマンは音感探知ソナーで街の様子を探る。

 ほら来た。ん?一人じゃないな。お連れは女性かな? 3・2・1・

 ガチャ

 開店と同時に店のドアがあくと、バルドとエリーザが客を迎え入れた。

 「いらっしゃいませ。あっ、マリカちゃん。今日はミランダちゃんも一緒なのね」

 「ノーマンはいる?」

 「あ・・・」

 マリカがエリーザの返答を待たず気配のする方に振り向くと、ノーマンはまるで待ち合わせをしていたかのようにテーブル席で手を振っている。マリカはミランダを置いてスタスタとノーマンの所までいき、テーブルに強く両手をついて深々と頭を下げた。

 「昨夜はゴメン」

 ノーマンは立ち上がり腕組みをしてふんぞり返り、マリカに対し偉そうな態度で応じる。

 「許す」

 マリカが頭を上げてノーマンと目が合うと、二人はお互いの真顔に耐え切れなくなり同時に吹き出した。エリーザやミランダの心配をよそに、二人はテーブルを叩く勢いで大笑いするが、マリカの方は少し安堵したようで笑い泣きしていた。

 「そんで、お連れのお嬢さんは?」

 「あっ、ちょっとまって。ミランダ、あなたもこっちいらっしゃい」

 ミランダは二人に駆け寄り、ノーマンに向かい丁寧に頭をさげる。

 「はじめまして、ノーマンさん。ミランダ・ベルと申します」

 あら、ずいぶん礼儀正しいだな。マリカとの初遭遇はつそうぐうとは大違いだ。

 「あのね、ノーマン。ミランダが占ってもらいたいみたいなんだけど・・・いい?」

 「もちろん。そしたら、まずは何か飲み物を注文しておいで。準備するから」

 二人がカウンターのバルドに注文に行く間に、ノーマンは手際よく占いの準備を済ませる。酒を持って戻った二人にノーマンが着席をうながすと、着席するより早くミランダの方から要件を話しはじめた。

 「あのね、ノーマンさん。私、今の恋人と結婚したいと思っているの」

 「うんうん、わかったからとりあえず、座ろう」

 「うん。それでね、相手もそのつもりかどうか占って欲しいです」

 「これは、マリカが同席したままでもいいの?」

 「はい。むしろ横で証人になってもらいます」

 証人って、何の証明だよ。

 「じゃあ、はじめようか。二人の名前と生年月日を教えてよ・・・」


 そこからは昨晩と同様にタロットを時計回りにかき混ぜ、慣れた手順でカードを4枚ならべ解説をはじめる。

 「一応、彼の方を基準に並べてみた。

 過去、『魔術師』逆位置

 現在、『世界』正位置

 未来、『塔』正位置

 助言、『戦車』正位置・・・」

 「あっ、このカードアタシのにも出た」

 そう言ってマリカがカードに触ろうとしたので、ノーマンはその手をはじいた。

 「ていっ、カードには触れるな」

 「あっ、ごめんなさい」

 「続けるよ。まず過去、『魔術師』逆は消極性の象徴なんだ。多分この恋愛も彼じゃなくて君の主導で始まったんじゃない?」

 「はい。彼、すっごく奥手で、昔からずっと好きではいてくれたみたいだけど、私から言わなかったら付き合ってませんでした」

 「そかそか。そんで現在、『世界』は安定や大団円といった・・・今の環境の居心地の良さを表しているんだけど。そうだなあ、彼はこのままがいいみたいよ」

 「結婚したくないってことですか?」

 「いや。したくってわけじゃなくて、そうだなあ、変化を望まないと言った方がいいかな? 君と過ごせる毎日を望んでいるけど、何かを変えて悪化することを恐れている」

 「・・・」

 「そして未来。『塔』のカードカード。徐々に悪化しながらもズルズルとやめられない。つまり」

 「つまり?」

 「このままの関係で、結婚も別れもしないままズルズルと不幸な関係になっていくって事・・・このままだと」

 ここまで聞いてミランダは完全に落ち込んで下を向いてしまったが、ノーマンは右手で指を鳴らし左手のカードに注目させる。

 「いいかいミランダ。悪いカードが未来に出てるからこそ、この助言に意味があるんだ」

 「え?」

 「占いってのは未来のカンニングみたいなものでね、いい未来だったらそのまま受け入れればいい。でもね」

 「でも?」

 「気に入らない未来だったら、変えちまえばいいのさ。この『戦車』はミランダ、君への助言だ」

 「私への助言?」

 「彼の本質は消極性にある。でも『戦車』は真逆の超積極性のカード・・・ってことは」

 「ことは?」

 「付き合った時と同じ、君が強引に主導権を握ればいいのさ。彼に任せてたらジリ貧になるだけ。君が動くんだ」

 この言葉でミランダのハートに火が付いたのか、瞳に強い光がやどり全身から闘志がみなぎる。

 「ノーマンさん、いや、クロノス先生」

 「なんだい?」

 「いつ、動いたらいいですか?」

 「『戦車』は速攻のカード、早ければ早いほどイイ。行けっ」

 「ありがとうございます」

 そう言って席を立つと、ミランダは速攻で店の外へと飛び出して行った。

 すでに姿のないミランダに笑顔で手をふるノーマンを見ながら、マリカは自分のグラスに口をつける。

 「何か言いたそうなだ、マリカ」

 「えっ、うん。アンタの占い信じてないわけじゃないのよ・・・ホントに。でも、ミランダは大丈夫なの?」

 「見たろ? 彼女、戦車みたいだった・・・だから大丈夫」

 「ふーん」

 そう言ってマリカはグラスの酒を一気に飲み干した。

 「で、お前の用事は?」

 「あっ、そうだった。その前にお酒頼んでいい?」

 「どうぞどうぞ」


 あ・・・頭が痛い。二日酔いだわ。ノーマンに貰った除去薬リムーバル・・・

 マリカは二日酔いで揺れる意識のまま上半身を起こすと、戦譜スコアから除去薬リムーバルを取り出し一口飲んで体内のアルコールを一気に抜いた。そして、自分の部屋ではないベッドの上で昨日の服のまま座っているのを自覚すると、慌てて室内を観察し壁にもたれかかったまま眠っているノーマンを見つける。声をかけるべきかマリカが迷っていると、マリカの起床に気づいたのかノーマンが起きて目と目が合う。

 「おはよ」

 「お・・・おはよう。あの、アタシ何かした?」

 「別に何もしてないよ。ミランダが帰ったあと、吟遊詩人バードの調査資料を出して説明してたけど、途中で二人とも酒が進んで、難しい話するテンションじゃなくなって・・・」

 「そこらへんまでは覚えてる」

 「そのあとブルーノが来て」

 「えっ?あいつ来たの?」

 「そんで恋愛ロマンス詐欺師の話になって、お前が切れたり感謝したり情緒不安定になって・・・」

 「・・・まじ?」

 「まじ。そんで、僕は眠たくなったから部屋に帰ろうとしたら『帰るのが面倒だからノーマンの部屋に泊まる』ってお前が言い出して」

 「・・・」

 「部屋についたら速攻でお前がベッドを占領して・・・こんな感じです」

 「なんか・・・ごめん」

 「許す」

 二人が顔を見合わせて笑っていると階段を駆け上がる激しい足音が鳴り、その足音はノーマンの部屋の前で立ち止まりノックもなくドアが開いた。

 「ノーマンさん。いや、クロノス先生」

 ミランダが部屋に突如現れ、室内のマリカと目が合った。

 「お、おはよう」

 「なんで、マリカちゃん?」

 「えっと・・・」

 「おはよ、ミランダ」

 横から聞こえた挨拶にミランダが反応する。

 「せんせーい」

 ミランダは瞬時にノーマンとマリカの間に割って入り、マリカに背を向けノーマンの方を向いて正座をした。

 「マリカちゃんはどうでもいいの。おはようございます、クロノス先生・・・占いありがとうございました」

 深々と頭を下げるミランダに、ノーマンはペコリと会釈した。

 「私たち・・・無事に結婚することになりました」

 「うそっ」

 「あはは、そりゃめでたいねえ。占ったかいがあるよ」

 「とにかく早く報告したくて。それじゃ、失礼します」

 改めて深く頭をさげてから、ミランダは足早に去っていった。

 「忙しいやつだな」

 「ノーマン・・・あんたの占い、すごいじゃん」

 「まあな」

 



※【30曲目】は2022年10月11日に公開です。

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