【28曲目】ハートのエースが出てこない

<intro>

 平成11年10月9日土曜日

 

 「ひまだねえ、今日。お店大丈夫?」

 野間はコーストのカウンターに頬杖をついて、煙草をくゆらせた。バーテンの森部も煙草をくゆらせながら、グラスを磨いている。

 「まあ浅い時間はこんなもんだよ」

 「だって週末だよ? 客が俺一人だけってある?」

 「あるよ。あのな、こういう店はみんな、仕事帰りとか2軒目以降に使うんだよ。お前みたいに休日に1軒目から来る方が珍しいんだよ」

 「へえ、そういうもんなんだ・・・迷惑?」

 「いや、退屈しなくていい」

 「でしょ?」

 野間はショットグラスのウイスキーをクイっと飲み干すと、空いたグラスを突きつけ森部におかわりを要求した。森部はジェームソンのキャップを開けて、突きつけられたグラスに注ぎながら野間に尋ねた。

 「時親さんはさ、彼女とか作んないの?」

 「作んないんじゃなくて、出来ないの」

 「好きな人は?」

 「今はいない。出会いを求めて毎夜毎夜この店に来るが、今日も今日とて一人ぼっち」

 「もっと遅い深夜の時間帯に来なよ。そしたらキャバ嬢のとか仕事終わりで来たりするし・・・」

 「それはもはや深夜ではなく早朝だろ? だいたい、彼女らが俺にホレるわけないだろうよ。なにより、せっかく仕事終わりで飲みに来たのに俺の相手させたら悪いだろ」

 「時親さんは優しいよね、そういうところ。この優しさが女どもにはわからないのかね?」

 「まあ、背が高いわけでもないし顔がカッコいいわけでもないから、引きが弱いんだろうね・・・第一印象の」

 「出た、という名の自己分析。時親さん、そういう卑屈なの止めたほうがいいよ。そういうネガティブ感って女子嫌うから」

 「勉強になります」

 「時親さんは頭イイんだから、もっと女心をさ・・・」

 「女心を?」

 「うーん、いや、俺なんかよりもたくさん知ってるよね・・・お前?」

 「そうなんだよねえ。数も質も聴いては来たんだけど・・・まあ、経験は彼女が出来てから活きるんだと思うよ」

 「なるほど、じゃあ早く彼女作らないと」

 「だから作らないんじゃなくて、出来ないんだよ」

 「あっ、ふりだしに戻った」

 会話がループしかけたことに気づいて二人がカウンターを叩きながら大笑いしていると、店の扉が音をたててゆっくり開いた。森部が姿勢を正し接客モードに切り替えると、野間は2本目の煙草に火をつける。開いた扉から店内をのぞきこむように恐る恐る上半身だけ入店させる女性と目が合うと、森部は本日2人目のお客様に声をかけて店内に迎え入れる。

 「いらっしゃいませ。何名様?」

 声をかけられて多少は安堵した様子の若い女性は、相変わらず上半身だけ入店させたまま森部の問いに答えた。

 「1人だけですけど、いいですか?」

 「もちろん。カウンターとテーブルあるけど?」

 その質問を聞いてやっと全身を入店させると森部に聞き返す。

 「あのー、このお店に占い師さんがいるって聞いたんですけど、店長さんがやるんですか?」

 森部は野間をチラッと見てから質問に答えた。

 「俺はやんないよ。でも、お客さんラッキー。ちょうど今日いるんすよ、ここに」

 森部がお客さんに向けて野間を指さすと、野間はやれやれといった表情で椅子をくるっと反転させる。

 (ほら、女心の勉強のお時間だよ)

 (はいはい、いつかできる彼女のために頑張りましょうかね)

 「いらっしゃいませお嬢さん。タロット占いですけど、よろしいですか?」


<side-A>

 図書室の入り口はギルドマスターの執務室内にあり、マリカ以外の者が立ち入りできないように鍵がかかっていた。

 結局またここに戻ってきたな。

 「なんでこんなに厳重なの?」

 「そりゃ、あたしのコレクションルームだからね」

 「つまりここにある資料はマリカの私物ってこと?」

 「そうよ」

 マリカはあっけらかんと言い放つ。

 特別室といい図書室といい、もはやギルドを私物化しとるな。

 鍵を開けマリカが先に図書室に入ると、中からガタンとなにかが崩れる音がしたのでノーマンは慌てて入室した。

 「大丈夫か?って、なんじゃこりゃあ」

 本がきちんとジャンル分けされた学校の図書室を想像していたノーマンの目の前には、縦積みされた本がまるで廃墟ビル群のように立ち並び、ゴーストタウンのような景色が広がっている。

 こんな古本屋が近所にあったよ・・・。

 ノーマンが呆れるのをよそに、マリカは崩れた本をこりもせずしながら尋ねた。

 「それで、何を調べたいんだっけ?」

 「えっと、まずは戦譜スコアの取り扱いかな?」

 マリカは一瞬きょとんとしたが、ノーマンの表情を見てある事に気づく。

 「ノーマン。あんた、自分の戦譜スコアあんまりチェックしてないだろ?」

 へっ?なんでわかるの?

 「うん。どして?」

 マリカはやれやれという表情を浮かべながら溜息をつくと、両手を腰に添えて馬鹿にするように言った。

 「あのね、戦譜スコアってのは中身をまめに確認してれば、取り扱いは自然と身につくように出来てるんだよ。魔法マジック技能スキル職能アビリティもちゃんとチェックしていれば正しく有効に活用できるようになる。っていうかなんで中身をちゃんと確認しないわけ?」

 「えっと・・・なんか自分の能力を知ってしまうと、それに甘えて緊張感がなくなりそうで・・・」

 「ああ、そうだそうだ。勇者クリストフも同じような理由で戦譜スコアをろくにチェックしてなかったって言ってたわ。あれなの? 職業ジョブ希少レアでレベルが高いと、そういう考え方するもんなの?」

 「いやそういうわけでは・・・」

 さすがに勇者クリストフの事情までは知らんけど。でも確かに、圧倒的に強いというおごりと言われればそうなのかもしれない。っていうか、コイツも勇者クリストフと面識があるのか。

 するとマリカはノーマンを指さし、強めの口調で命令した。

 「まあいいわ。明日までに一人で戦譜スコアと向かい合いなさい」

 「ん?」

 「多分、あんたが戦譜スコアについて知りたいことは、全部それきっかけで解決に向かうはずだよ。もし、それでもまだわからないことがあったら・・・」

 「あったら?」

 「そん時は言いなよ。知ってることなら教えるし、知らないことなら調べるのを手伝ってやるよ」

 こいつは天然のツンデレだな。厳しいのか優しいのか・・・。

 「了解しました」

 そう言って敬礼したノーマンを見て、マリカは言い方がきつかったかもと反省した。

 「じゃあ、戦譜スコアについては宿題だね。あとは、何を調べる?」 

 「そしたら、消失ロスト職業ジョブについて・・・」 

 「吟遊詩人バードのこと?だったら無駄だよ。消失ロスト職業ジョブについて触れている資料でも、吟遊詩人バードなんて見た事も聞いた事もないから」

 「でも、所持者ホルダーとしてじゃなく、一般的には吟遊詩人っているんでしょ?」

 「ええ、もちろん。でも、戦譜スコア職業ジョブっていうのは・・・」

 そりゃまあ、一般的な職業と戦譜スコア職業ジョブは普通は別物だよな。ん、ちょっと待てよ。

 「マリカ先生、質問があります」

 元気よく右手をあげる。

 「なによ?」

 「あのね、魔獣操者モンスターテイマーについて書かれている資料ってあるのか?」

 「魔獣操者モンスターテイマーって童話の?」

 「そうそう、それそれ」

 「戦譜スコア関連の資料では、見た事ないわね」

 「でも、童話には登場するんでしょ?」

 「ええ、いくつかの物語で描かれているわ。それがどうしたの?」

 「これはマジで内緒でお願いしたいんだけど・・・」

 「だから、なによ?」

 「実はカトリヤ村に滞在中の僕の弟子が、魔獣操者モンスターテイマーなんだ」

 「えっ、童話あれって作り話じゃないの?実在するの?」

 マリカは少しだけ驚きの表情を浮かべたが、この事実もわりと冷静に受け止めた。

 「うん、いる」

 マリカが何かを思い出そうと少し考え込むと、ニヤリと笑いながらノーマンも考え事をはじめる。そして、その場がしばらく沈黙状態に陥いると、マリカがパチンと手を叩き先に沈黙を破る。

 「あたしが資料や文献で見たことのある消失ロスト職業ジョブは、『竜騎士ドラゴンナイト』に『暗黒騎士ダークナイト』、それに『武闘家グラップラー』でしょ。あとは『『召喚士サモナー』と『占術師フォアキャスター』と『サムライ』。他には、えーっと・・・ねえ、ちょっと聞いてるの? ノーマン?」

 マリカは知りうる限りの消失ロスト職業ジョブを絞りだして伝えたが、マリカの言葉は考え中のノーマンの耳には届いていなかった。そして、突然なにかに閃いたノーマンが自分の思いついた仮説をマリカに伝える。

 「あのさ、童話には登場する魔獣操者モンスターテイマーは、消失ロスト職業ジョブの資料がないのに実在する。ってことはだ・・・資料がない他の消失ロスト職業ジョブ希少レア職業ジョブも童話には登場してんじゃね?」

 このノーマンの仮説にマリカは不意を突かれた。

 そっか、あたしなんで・・・いや、これまでいた多くの研究者たちもこのがなかったんだろ? たしかにそのは高い。

 「ノーマン。あんた凄いよ」

 「そう?」

 「ええ、なんでそんな事に思いつかなかったんだろ・・・」

 そんなの決まってるだろ。

 「そりゃ、魔獣操者モンスターテイマーが実在しなかったからだろ?」

 今のところ、童話と戦譜スコアを結びつける存在は魔獣操者モンスターテイマーしかいないのだから、思いつかなくても当然だ。

 「まあ、そっか。そうよね」

 「とにかくだ、冒険者の職業ジョブとしてじゃなくても、吟遊詩人バードが登場する童話を調べれば、僕についてのヒントくらいにはなりそうだな」

 そして、マリカは少し考えてからノーマンに提案した。

 「ねえ、ノーマン。この件は一旦あたしに預けてもらえない?」

 「ん?どうゆうこと」

 「この図書室には古い童話や民話が書かれた資料や文献が結構あるんだけど、多分あんたじゃ見つけられないと思うの」

 「そういうのジャンル分けとかしてないの?」

 「ない。というか、あたしの頭の中では整理ついてる」

 そう言って自分の頭を指でツンツンする。

 ああ、そういうタイプの人ね。はたから見たら散らかってても、本人はちゃんとどこに何があるかわかってるやつだ。わかるわかる。俺もそうだった。

 「だから、心当たりを片っ端から調べてまとめてみるわ」

 「んー、じゃあお任せしても?」

 「ええ、これから早速とりかかるわ。夜にバルドの店で会いましょう」

 えっ、今夜も来るの? こいつ、除去薬リムーバルに味をめて、また大酒飲む気だな。深酒と夜更かしはオジサンにはきついんだよな・・・。

 「う、うん。僕の住処だから、そりゃまあ来たら会うことにはなるけど・・・」

 「これとは別件で、あんたにはちょっと相談があったし、ちょうど良かったわ」

 「相談?」

 「うん、まあそれは夜に改めて。さあさあ、二日酔いも治ったし、面白くなってきた」

 知的好奇心の強いマリカがテンションを上げて早速作業にはいると、やることのないノーマンはその場に居場所を失ってしまった。

 「じゃあ・・・僕、帰るね。あと、よろしく」

 「後でねえ」

 ノーマンは図書室を後ろ歩きで退室しようとしたが、どうしても気になる事があって立ち止まる。

 「ねえ、マリカ」

 マリカは作業を止めずに背を向けたまま応答する。

 「なに?」

 「ちなみに魔獣操者モンスターテイマーってさ」

 「うん」

 「童話の中じゃ、どういう風に描かれてるの?」

 「うーん、色んな童話に出てくるんだけどお」

 「うん」

 「それぞれ描かれ方は違うんだけどね」

 「うん」

 「なんとなく、あたしの中で共通して感じるのは」

 「うん」

 「『人間と魔獣モンスターに調和をもたらす者』って感じ?」

 「・・・なるほどね。ありがと。じゃあ童話探しがんばってね」

 「はあい」

 静かに退室してドアを閉めると、執務室から職人ギルドを出るまでの道中、ノーマンの胸はざわついていた。

 『人間と魔獣モンスターに調和をもたらす者』って・・・なんだよ、その主役臭しゅやくしゅうがプンプンするキャラ設定。たしかに、レオがすべて魔獣モンスター従魔サーヴァントにしてしまえば、間違いなく人間と魔獣モンスターは共存できるだろうさ。それはリアルにわかるよ。職業ジョブでこそ勇者ではないけど、役割としては勇者そのものじゃね? 

 ん、待てよ。そもそも、この世界における勇者の定義と、俺の思い込んでる勇者像ってものに、微妙な違いがあるのかもしれないな。

 たとえば、この世界において勇者が・・・そう、『魔王を狩る者』としての役割りなのだとしたら、魔王を狩ったあとに世界が平和になろうとどうなろうと、職業ジョブとしてはあまり関係ないのかもしれない・・・いやいやいや、どうした俺?

 そんなこと考えても仕方あるまい。いかんいかん、こちらの世界に来て2週間ほどだが、すっかりこちらの事情に興味津々ではないか。

 とにかく、俺は自分が死なないために出来ることをするんだ。余計な事に首を突っ込むな。生きて元の世界に帰還して、嫁と娘と平和に暮らすんだ。それが最優先だ。

 ノーマンは大きな深呼吸を1回だけして気持ちを落ち着けると、煙草を取り出し火をつけた。

 とりあえず、消失ロスト職業ジョブの事はマリカに任せたことだし・・・。

 吸っている煙草に目が留まる。

 そうだ、定住先も決まったわけだし、そろそろ、煙草作りでもはじめるかな。

 

 職人ギルドの敷地から出たノーマンは、振り返り職人ギルドを見つめながら少し考えた。

 マリカのってなんだろう? 面倒くさい話じゃないといいな。っていうか、さっきマリカがなんかとてつもなく重要なことを言っていたような・・・。

 大きく煙を吐き出す。

 「まいっか、夜に会ったら思い出すだろう・・・しかし、お前全然気づかれないね? なんか技能スキルでも使ってるの? コー四郎」

 ノーマンが左腕に巻き付けたコーザに話しかけると、コーザは顔だけ動かしてノーマンに答えた。

 「コー(つかってます)」

 「へえ、なんて技能スキル?」

 「コー(『隠密カヴァート』)」

 「いつ覚えたの?」

 「コー(きのうです)」

 なるほど、レオのやつ地味に習熟度あげて★増やしてんな。

 「人間と魔獣モンスターに調和をもたらす者か・・・ホントになっちまうかもな」

 


<side-B>

 タバコの葉をまず乾燥させる場所が欲しいな。乾燥させたあとに蒸らしてから、葉肉と葉脈を分ける屋内の作業場も必要だ。

 そのあとで貯蔵・熟成する湿度管理できる倉庫もるし、熟成した葉を細かく刻んで再度乾燥させる作業場もる。

 仕上げに紙に巻く工程とフィルターについては、最悪省略しても構わない。とにかく、吸えるところまで持っていくには、まず場所作りからはじめなくてはならないな。

 「マレディ山かリオウ山脈の伏魔殿パンデモニウム・・・」

 「いやダメだ。リオウ山脈のはレオに譲ったし、どちらもまめに手入れするには遠すぎる」

 「フィリトンの外の農家さんたちに協力を仰ぐか?」

 「それもダメだ。これは俺だけが吸う用の煙草だから、外部の者に知られて欲しがられても困るし」

 「広くて、秘匿性が高く、ここから近い場所か・・・やっぱり、マリカに頼んで職人ギルドの倉庫の一角に、マリカの特別室みたいなやつ作ってもらうかな」

 ノーマンは自室のベッドに横たわりながら、肉を貪るコーザに話しかけるていで煙草製造計画を考えていた。

 「そういえば、戦譜スコアと向かい合う宿題があるんだったな」

 「でもなあ、すぐに終わる作業だとは到底思えないし、宿題の途中でマリカが来たら中断になるし・・・」

 「後ろに約束がある状態で、時間の読めない作業するの、嫌なんだよなあ」


 ―1階・店舗―

 「ねえ、バルド。ノーマンさんは誰と話してるのかしら?」

 「独り言じゃないかな? ノーマンさん以外の人の気配もしないし」

 時折り聞こえてくるノーマンの大きな独り言は、開店準備中のエリーザを少し不安にさせたが、バルドはそれほど気にはしていなかった。

 「独り言ってあんなに普通に大きな声でしゃべるものなの?」

 夫のバルドが普段おとなしいせいなのか、エリーザは気になって仕方ない。それに気づいたバルドはもっともらしい理由で、エリーザを不安を取り除こうと試みる。

 「ははは、それは人それぞれだよ。多分、昼から飲んで楽しい気分なのか、歌の練習でもしているんじゃないかな?」

 すると、エリーザは納得したようにニコリと笑った。

 「そうね。あのね、ほらノーマンさんって、奥様と娘さんと離れて暮らしているでしょ? それで寂しさのあまりに精神的に大丈夫かな?なんて気にかけるようにしているの。でも、お酒にしろお歌にしろ、楽しんでくれているなら良かったわ」 

 バルドはエリーザの優しさに惚れ直したが、表情には出さずに黙って開店準備を続ける。


―2階・ノーマン寝室―

 エリーザは優しいねえ・・・っていうか、人の話題でイチャイチャしてんじゃねえよ・・・40過ぎのオッサンがラブラブかよ。

 盗み聞きをしたわけではないが2人の会話を音波探知ソナーでうっかり聞いてしまったノーマンは、少しだけ罪悪感を感じると同時に少し嫉妬した。そんな自分を恥ずかしいと思ったノーマンは、夜が来るまで不貞寝ふてねを決め込むことにする。

 「おい、コー四郎。僕は寝るから、マリカが来たら起こしてくれ・・・噛みつくのは無しだぞ」

 独り言で心配されないように最小音量でコーザに命令すると、コーザもそれに付き合って小さな声で返答した。

 「コー(りょうかいです)コー(おやすみなさい)」


 ドンドンドン

 「ねえ、ノーマン。いるんでしょ?」

 ん、うるさいな。人が気持ちよく寝てるというのに・・・ん? コー四郎くん?

 ノーマンはベッドに横たわったまま、寝ぼけまなこで室内を見渡したがコーザの姿が見えない。音感探知ソナーを使ってコーザを探すと、どうやらベッドの下で隠密カヴァートを使い隠れている様子だった。

 人が来たから隠れてんのか。俺を起こすよりも、そっちを優先したんだ。まあ、正解かもな。

 ドンドンドン

 「ノーマン。入るわよ」

 マリカがドアを叩く音が強くなってきたのを感じ、少し怖くなってノーマンはベッドから起き上がった。

 「入らなくていい。すぐに行くから、下で待っててくれ」

 「もう。いるなら、すぐに返事くらいしなさいよ。まったく・・・」

 マリカがブチブチ言いながら階段を下りると、少し遅れてノーマンも1階の酒場に姿を現す。

 「いらっしゃい、ノーマンさん」

 エリーザはお客様扱いでノーマンを迎えたが、カウンター席にマリカの姿はなかった。

 「あれ? マリカは?」

 「マリカちゃんなら、あそこよ」

 エリーザの指さす方に顔を向けると、カウンターから一番遠いテーブル席でマリカが手を振っている。

 なんで、わざわざ? ああ、バルドとエリーザに内緒の話があるのか・・・多分、バルドには筒抜けだろうけど。

 「おっす、昼間はいろいろ御指南いただきありがとな。で、例の件はまとまったかい?」

 「それがね、いろんな童話を改めて読み返してみると、吟遊詩人バードってやたらと登場するのよ」

 「ほう。でも、所持者ホルダーではないんだろ?」

 「うん、それが・・・」

 なんか、奥歯に物が挟まったような様子だな。

 「それが?」

 「あのね・・・もう少し時間もらっていい?」

 「何か気になることでも?」

 「・・・量が多すぎる」

 「は?」

 「調べてみたら、所持者ホルダーの登場する童話だけじゃなく、文学的な叙事詩とかにも、とにかく出てくるのよ・・・吟遊詩人バード

 ってことは、途中経過の報告に来たのか? いや、ははーん。こいつの本命はの方で、吟遊詩人バードの話はついでってことだな。

 「うん、わかった。そしたら、その話はまた明日にでも改めてギルドに行くよ」

 俺の方もを伝えなくてはならんからな。

 「じゃあ、こっからは、ってやつを伺おうかな」

 相談について切り出しにくかったのか、マリカの顔から笑みがこぼれた。

 「いいの?」

 「いいよ」

 「バルドやエリーザには聞かれたくない話なんだろ?」

 「あんたって、鋭いよね」

 「で、なんだよ?」

 「あのね・・・」

 「うん」

 「うんと・・・」

 なんだよ、こっちの話も奥歯に物が挟まってんのかよ。

 ノーマンの困った雰囲気を察したのか、マリカが意を決して切り出す。

 「ノーマンって妻子持ちじゃない? どうしたら、結婚できるの?」

 「はあ? そんなの、オッサンの僕じゃなくて歳の近いエリーザにでも聞けばよかろうに」

 「いやよ」

 「なんで?」

 「恥ずかしいじゃない」

 恥ずかしい? 男に振られて荒れてたのは恥ずかしくなかったのか?

 「あたしはさ、こう見えてギルドマスターなわけよ。それが、なんか、婚期を焦ってるみたいに思われたくないわけ」

 うん。お前に近しい奴らはみんな知ってるけどな・・・まあ、改めて相談するとなると、恥ずかしいってのも一理あるか。

 「僕はいいのか?」

 「あんたは、悪い意味じゃなく余所者よそものだし、その点気楽だわ」

 「あはは、そかそか・・・結婚ねえ」

 そうは言われても、俺自身かなりの晩婚だし、できちゃった結婚だったからなあ。こういう時はだな。

 「なあ、マリカ。占ってやろうか?」

 「え? そんなの出来るの?」

 「ああ。クロノス先生って言ったら、地元じゃ結構評判よかったんだぞ」

 「へえ。あんた、いろいろ出来るのね」

 「よく言われる」

 ノーマンは戦譜スコア所持品アイテムから緑色のバンダナで包んだタロットを取り出し、テーブルの上にあったものを端に寄せスペースを作るとタロットカードをテーブルに広げる。

 「そのカードで占うの?」

 「ああ、タロット占いっていうんだ。マリカ、差し支えなければお前のフルネームと生年月日を教えてくれ」

 ノーマンは卓上に伏せた22枚の大アルカナを時計回りにシャッフルしはじめた。

 「えっ、ああ。マリカ・コベイア、大陸歴1991年10月21日・・・よ」

 「サンキュー」

 ちょっとは演出を足してみるか。

 「時間神クロノスの名において、タロットたちに命ずる。この者の未来を指し示せ」

 マリカが真剣な表情でゴクッと音を立ててつばを飲むと、ノーマンは無言でカードを一つにまとめ左の手の平にのせる。

 上から6枚を伏せたまま端に置いて、7枚目をめくって右下に置く。

 次から6枚をまた伏せたまま端の山に置くと、7枚目をめくって左下に置く。

 さらに次から6枚をまた伏せたまま山に置き、7枚目をめくり真ん中の上に置き3枚のカードで三角形を作る。

 そして、最後に残った1枚をめくり三角形の左上に置くと、ノーマンは丁寧にそえぞれの配置の意味を説明した。

 右下の1枚目を指さし「過去、『戦車』の逆位置」、左下の2枚目を指さし「現在、『死』の正位置」、頂点の3枚目を指さし「未来、『悪魔』の正位置」、左上の4枚目を指さし「助言、『節制』の正位置」。

 卓上に釘付けになったマリカの目線は、4枚のカードを行ったり来たりしている。

 「で、なんて出てるの?」

 「1つづつ説明するよ」

 「えぇ、お願いするわ」

 ノーマンは過去の位置にある戦車のカードをつまんで、絵をマリカに向けて見せた。

 「まずは過去。これは『戦車』ってカードで、『猪突猛進』を表しているんだ。正位置の時は目的に向かって突き進み勝利を手にするカード。ところが、これは逆位置。『暴走』を表していて、目がハートになっちゃうと、誰の制止にも助言にも耳を貸さず突っ走って、木っ端みじん」

 マリカは痛いところを突かれたように押し黙る。

 「過去のカードってのは、そいつの本質・性根を指す事もあるんだ。一途なのは認めるよ、でも、ちょっと自分の気持ちを押し付けすぎて、相手に引かれるタイプかもな」

 マリカの眉間にしわがよる。

 「そんで、次に現在。これは『死』ってカードの正位置で、『突然の喪失』を表すんだ。当たり前のようにあったモノが目の前から突然消えていく・・・まさにまんま今のお前だな」

 マリカの表情が険しくなる。

 「そんで、これが未来の『悪魔』。『誘惑と堕落』のカード。わかりやすく言うと、悪い男に騙される未来が見える」 

 そして、とうとう堪忍袋の緒が切れる。

 「なによそれ」

 マリカがテーブルを両手で激しく叩きつけ怒りの声をあげると、ノーマンは動じずに話をつづけた。

 「お前、自分を何点の女だと思ってる?」

 「?」

 「もし、お前が自分自身を50点だと思ってるなら、50点の男としか釣り合わない。もし、理想通りの100点の男と付き合いたいなら、まず、自分が100点の女にならなきゃダメだ」

 そこまで話したところでマリカは立ち上がり、左手でノーマンの胸倉をつかみあげる。

 「なんでアンタにそこまで言われなきゃいけないのよ?」

 「いやいや、助言のカードがそういう意味なんだよ。『節制』・・・大きな希望を手に入れるためには、日々の研鑚けんさんと感情の抑制が大切ってね」

 ノーマンは胸倉をつかまれていることも気にせず、ヘラヘラしながら平然とマリカに伝えた。

 マリカはワナワナと震えながら怒りが収まらず乱暴にノーマンを突き放すと、銅貨を5枚テーブルに叩きつけエライ剣幕で出口へと向かう。

 「おーい、帰るのか?また明日よろしくね」

 ノーマンがあっけらかんとマリカに声をかけると、マリカは振り返りノーマンに向かって叫んだ。

 「知らないわよ、アンタなんか。顔も見たくないから、会いになんか来ないで」

 「マリカちゃん、どうしたの?」

 ただならぬ状況にエリーザがマリカに声をかけると、マリカはフンっときびすを返して店のドアを開ける。

 「マリカ。にゃ気を付けろよ」

 「うるさい。バーカ。死ね」

 マリカが捨て台詞を吐いてドアをバンっと乱暴に閉めて店を出ると、エリーザは残されたノーマンに駆け寄り尋ねる。

 「何があったの? ノーマンさん」

 「いやあ、サービスしたつもりが、怒らせちゃった。てへっ」

 おどけて見せるノーマンを見て、カウンター越しのバルドが小声でつぶやいた。

 (やっちゃいましたね)

 ノーマンは音感探知ソナーでその声を拾うと、頭の後ろに手を組んでバルドに微弱な超音波ソニックで返答する。

 (明日には向こうから謝りに来るさ)

 バルドはクスっと笑い、酒を造りながらつぶやいた。

 (自信があるんですね)

 ノーマンはニヤリと笑った。

 (俺の占いは当たるから) 




※【29曲目】は2022年9月27日に公開です。

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